小説「守ってあげたい」
『恋』というタイトルのメールが送られてきた。なんのことだと思い発信元をみると相模さんだった。
『明日退院ですね。源くんの家族と須川くんに紛れて迎いに行きます!お節介だね。
と、それは報告のひとつです。もしかしたら源くんはもうかなり元気になってきて、私たちが一昨日までやっていた釧路旅行の話が気になって仕方なかったかもしれません。その結果、という訳ではないですけど……、いや、その結果か!(笑)かなりノンフィクションに近い小説ができました。タイトルは〔恋〕だけど副題は「守ってあげたい」かな、なんてね。小説はプロトタイプだけど、メールにWordのデータ添付しておきます。暇なら読んでね』
なんだこのウキウキ具合は!そんなことを思いながら、俺はまだしばらく時間があるので添付されたデータを開く。そこには、小説家相模舞愛の未発表小説のプロトタイプが載っていた。
〇〇〇
2030年春、私の勤める会社のオフィスが、東京から釧路に移転となった。数年前に世界を騒がせたコロナウイルスのパンデミックの際に、IT企業やサービス業ではかなりの業務をテレワークにしても十分だということがわかってからというものの、そんな会社が増えてきていた。そして私の会社もそうだった。脱東京をしたのだ。
そういうことで、私は釧路へ移動している。新幹線は釧路まで無いので、終点の札幌までやってきた。平成の終わりには道南の北斗市までしか繋がっていなかったものの、いつの間にか札幌まで一本になっていた。
新幹線札幌駅の改札を出る。昼頃だからかなり人がいた。それらを掻き分けて南口を出ると、そこにはビルがひっきりなしにそびえていた。振り返って駅ビルをみる。それは高さ245メートルもあるようだ。3大都市圏以外では一番の高さだという。思ったよりは都会だなあととても上から目線でその駅ビルをボーッと眺めていると、「あ、上北さん!」という声が聞こえた。私は振り返る。
「あ、十和田くん(この男のモデルが須川くん!)」
十和田くんは半年前、先に釧路にやって来て準備なんかをしてきた人だ。久しぶりに会った。私のひとつ下の23歳。入社一年目で釧路に送り出されたが本人はかなり満足していると聞いている。
「そこに車をスタンバっています。北海道に移動するに当たり、まずは道内を観光してもらおうという会社の方針なんで、まずは旭川に行きましょう」
「あ、札幌はスルーなんだ」そう言うと十和田くんは突然慌てたように言う。
「うわ、ヤバい札幌はどわすれしてました!どうします、計画変更しましょうか?」
「うん、十和田くん。まずは落ち着こう?」あまりにテンパってる十和田くんに私は言った。
「あ、すみません。いや、明後日朝までに住居に入ってもらえれば大丈夫なんで、まずは昼御飯に札幌の味噌ラーメンでも」
「だね。昼御飯もスルーされたら困るわ。私、別にダイエットしてる訳じゃないし」
「え、マジっすか!それにしてはナイスな身体ですね」
「うん、それちょっとセクハラ発言だと思うよ?」
少し嬉しかったが先輩の威厳を見せつけるべく敢えて冷めた目で睨んでみると彼はあわてふためく。
「あ、ごめんなさい!あ、手でひいてるキャリーバッグ、重いっすよね!僕が運びましょう」
「いや、いいよいいよ!あとそんな真剣に反省しないでよ」そう言うと彼はでも、と続けた。
「キャリーバッグを運ぶのは案内人の使命なんです。持たせてください!」
「う、うんそこまで言うならお願いしようかな」そう言うと彼はキャリーバッグをあろうことか担ぎ上げた。
「いや、キャリーバッグだから、転がしていって良いよ?」
すると十和田くんは自信に満ちた顔で「いいえ。傷ひとつ付けてはならないんです」と言い切った。それじゃあまるで私の下僕みたいだ。私は困った顔になりながら「……お願い。転がして」と呟いた。
「はい。了解しました」そう言うと彼は担ぎ上げたキャリーバッグを地面へ降ろそうとした。しかし指が滑ったようだ。勢い良く私のキャリーバッグを前へ落とした。それは丁度彼の爪先にヒットしたようだ。
「ギャー!」と彼は叫んだ。道行く人が怪訝な目で私たちを見る。
思わず座り込んでしまった彼の肩を、私はポンポンと叩いた。
「大丈夫?十和田くんを担いであげようか?」そう言うと彼はとても落ち込んだ顔で「それは結構です。ホント申し訳ありません」といって痛さを我慢するためしかめっ面を始めた。
仕方がない。旭川までは私が運転しよう。私は右手にキャリーバッグを持つと、もう片方の手で十和田くんの手を強制的に握る。
「取り敢えず、立ち上がろうよ。スタンダップ、スタンダップ」そう言ってグッと手を上に引くと彼はグイッと立ち上がった。
「ホントにごめんなさい」
「張り切りすぎよ。釧路辿り着く前に燃え尽きたりしないでよ?」そう言って彼の手から手を離す。それから肩をポンポンと叩いてやる。
「大丈夫です。上北さんより大丈夫です」
「えー、ちょっとそれはないよ」彼はナチュラルに人を見下すような物言いをする。悪気があるわけでは無いのだろうが……。
「そうっすね。上北さんよりだいじょばないです」
「バーカ」取り敢えず十和田くんを背中を叩きつつ歩かせる。彼は一体何故ここまで私にテンパるのだろうか?仕事はスムーズにこなすくせに、とても不思議だ。だが、そんな彼が少し可愛く見える私も、もしかしたら変わっているのかもしれない。
〇〇〇
俺は相模さんの小説を読みながらリアルな須川を想像する。全く人のことを言えないが確かにアイツ恋愛に不器用そうだからな。小説とは言えドギマギしながら、また次の文を読み進めていく。
………
俺は読み終えると静かにスマホをメールに切り替えた。そして、相模さんに思ったままの感想を書き込んだ。
『これじゃ、ただのイチャイチャ話でなんかぱっとしないよ?』
すると間もなく返答が来た。
『知ってる。書きながら私も薄々気がついていた。まあこれは発売されないよ。私の近況報告ってことでね、勘弁!』
好きになった人があまりにも美しすぎたのか? スミンズ @sakou
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