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 退院が決まった。一週間後の水曜日、一ヶ月の入院生活が終わる。個人病室でなにもしないというのはあまりにも辛かったので、ノーパソをいじったり、小説を読んだりしていた。


 それにも飽きて、俺は大事なことをするのを忘れていたのに気がつく。俺はようやく腹を括ったのだ。あすかさんのことだ。


 スマホでTwitterのダイレクトメッセージに、ありのままを書き込む。


 『あすかさんがこんなに俺を思ってくれていると知って、嬉しいと同時になんて俺なんか、と考えたりしました。そして、素直にいうと恋というものに悩んだりしていました。いまだかつて恋人なんてできたことがなかったので、これでいいのだろうかという気持ちでいたのも間違いありません。でも、今回こんなに心配してもらって、自分の気持ちももとより、あすかさんの気持ちも素直に受け入れたいと思いました。付き合うとしたら、きっとあすかさんの方が苦労すると思います。それでもいいなら…

 付き合ってください』


 するとすぐ返信が来た。


 『苦労だなんて。好きの壁にもなりません』


 それだけだった。俺はふっと笑いながらスマホを閉じる。ちょうどその時、病室に誰かが入ってきた。


 「須川か」


 「お、起きてるはっさん久々にみた。体調どうっすか?」


 「まあ、なんとなく良くなってきたよ。それより、ホントにありがとな。須川がいなきゃ俺は死んでた」


 「そんな大袈裟な」


 「大袈裟じゃないよ。マジで」俺は山盛りに積まれた見舞品のみかんを須川に渡す。


 「いただきます」


 「そ、そうだ」俺はとても気になっていたことを訊ねる。


 「相模さんとはどうなった?」


 「ああー、そういえばいってなかったっすね」そう言うと須川は笑った。


 「おお、その顔は成功か?」


 「順立てて説明しますよ。取り合えず、あの時釧路へ行くことは出来なかったんです。はっさんが入院したんで、相模さんは釧路からすっ飛んで帰ってきましたからね」


 「そうだったな、そう言えば。悪かったな」


 「いえいえ。実は相模さんは釧路を舞台にした恋愛小説を書くつもりだったそうです。でも恋したことがないからって、なら俺と疑似恋愛をしてみようと思ったようです」


 「疑似恋愛ねえ」


 「でもはっさんが倒れて、一旦こっちに帰ってきてから、路線を変えることにしたそうです。関東の若者の男女が訳あって釧路に行って、そこで切磋琢磨する話だそうです。今回ライバルを救ってくれたと言うことで、男のイケメン補正を更にガッツリいれる予定だそうです。なんで今度の土日で、一緒に釧路行って来ます」


 「良かったな」疑似恋愛。これを何とか本当の恋愛になるよう俺は祈るばかりだ。


 「それじゃあ、はっさん。また来るよ。そう言えば今、なんとか自分なりに曲を作ってるんです。心理試験ぽくは無いかもしれないっすけど出来たらSDカードに入れて持ってきますよ」


 「マジか。楽しみにしてるよ。俺も一応ノーパソでチマチマは書いているよ。退院したら総仕上げだな。楽しみだ」


 「了解っす。ちゃんと元気になって下さいよ」


 「ああ」そう言うと須川は去っていった。


 それからしばらくして、また誰かがやって来た。それは間違いなかった。


 あすかさんだ。


 俺は一度唾を飲む。snsで付き合うことになっていたが、俺が意識ある状態で二人になるのは本当に久々だった。


 「元気ですか?蓮磨さん」


 「まあね。ようやく活気が出てきたって感じで」


 そう言うとあすかさんはしみじみと言う「前会ったときは本当にピクリとも動いてなくて、とても不安でした。でも良かった。いつ頃退院できるんですか?」


 「ちょうど一週間後の来週水曜日です」


 「良かった。誰か向かいにでも来るんですか?」


 「ん、母親が仕事休んで来るって言ってた」


 「そうなんだ……」するとあすかさんは黙った。なにかを考えているらしい。


 「どうしたんですか?」


 「……それなら、来週の金曜日。蓮磨さんのアパートに行っても良いですか?」


 「お、俺の部屋に?」いきなりすぎる。俺は思わず手を振る。


 「カフェとかどうですか。いや、目立つか。なら、そうだどっかの山とか」


 「蓮磨さんはまだ病み上がりなんですよ?まずは、家でゆっくりするべきですよ。それとも、私が来るのはちょっと都合悪いですか?」


 「いや。そんなことは……。まだ心の準備が」


 そう言うと、あすかさんは人差し指を出すと、俺の唇をちょんと触った。とても柔らかくきれいな肌が、触れた。


 「音楽についての討論会でもしましょう」そう言って笑い掛けてきた。


 俺はその笑顔に笑い返す。そして、一番言わなければいけないことを、口に出した。


 「改めてですけど、好きです。迷惑かもしれないですけど、好きじゃないと偽ることは出来ませんでした。どうか、付き合ってください」


 そう言うと彼女は頷いた。


 「気にすることは無いですよ。私は、別にアイドルにしがみついている訳ではないですから」意味ありげに彼女はいった。


 「それはどういう……」そう言いかけると、彼女はまた人差し指を俺の口元に置いた。


 「私の好きだった音楽を生んだ人が、私の恋心を奪った。そのために私は、アイドルというものを奪われたとしても……。引き換えに君の恋心を奪えたら、イコールと言うことです」


 「それはイコールかな?」


 「それにどんなことになっても私は音楽を愛しています。それこそ、須川くんと同じです」


 「須川か……。調べたんだな……」


 「ええ。ですから、私が好きなら、私を見ていて欲しいんです。アイドルとしてじゃなくても良いです。歌を歌う私を、見ていて欲しいんです」


 そう言えば、初対面のとき、彼女はアイドルが好きなわけではなくて、バンドなんかが好きなのではと勘づいたのを思い出した。そういう覚悟が彼女に出来ているなら、俺は迷わず受け入れよう。


 「なら歌い続けてくれよ」


 「勿論です!」

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