好きなんです
岬さんが繋いでくれたインディーズレーベルは、大手メジャーレーベルも手掛ける有名なレコード会社だった。
年越しして盆明け早々、一枚目のアルバムを作ることになった。スタジオは東京、六本木の一角のものを岬さんが提供してくれた。
須川は少し名残惜しそうではあったが、コンビニのバイトは辞めて臨んだ。
レコーディングは思ったよりも順調に進んだ。『知らない』『exciting song』『今夜街路樹の下で』のアルバムバージョンの他、7曲を書き下ろした。そしてあっという間に3月となり、全国流通でいて初のフルアルバム『試験』がリリースされた。
そんな最中、ある雑誌にあすかさんのスクープが載ったらしい。ネットニュースでも取り上げられていた。
『昨年末、高輪明日香、通称ナワアスはラッキーカラーズのクリスマスライブをドタキャンした。その時にナワアスが向かった先が判明した。仙台である。その日仙台ではメジャーデビュー前の仙台出身アーティストが集結するライブがあった。なんとそこに一客としてナワアスが現れた。ナワアスに気がついた客席は一時大混乱となったそうだ。ナワアスは実はこのライブでオープニングを努めたアマチュアの二人組バンド〔心理試験〕のファンなのだ。関係者の間では随分と話題になっていたらしい。更に驚く無かれ、この〔心理試験〕というバンド、実は去年の9月まではソロアーティストとして活動していて、もう一人追加されたばかりのバンドだったのだ。そのもう一人というのがなんと元ジャッジメントの須川直泰だというのだ。彼はジャッジメント所属当時、絶大な人気を誇っていたが未成年飲酒、喫煙、女性関係などで批判を浴びフェードアウトしていた。そんな彼が久々の表舞台、更にいうならバンドとしては初のステージでもあったらしい。その勇姿を彼女は、クリスマスライブを蹴ってまで観に行ったのだ。果たして、ナワアスと須川の間には何かあるのだろうか?』
「滅茶苦茶だ!」俺は叫んだ。
仕事が一段落し、アルバムの初週売上が出るのを待っていたある日、俺たちは呑気にメジャーなカフェでコーヒーを啜っていた。そんななかその記事を読んだ俺は、まあなんというか頭を抱えてた。なにかが全て違うような記事に。
「しかし、ホントに有名人って大変だな」俺が他人事のように呟く。
「なにいってるんすか。Twitter見てますか?ホントにライブをちゃんと楽しみに来てくれた客からは『心理試験っていうバンドのボーカル、唄の力でゴチャついた会場を一気に歓声一杯に変えてしまった』とか、はっさんの話題で持ちきりっすよ」そう言って須川はスマホをいじる。
「それに、ほら、ナワアスがはっさんがソロでやっていた頃からのファンだっていうことを紐解いていた人たちによって、今は雑誌の記事が叩かれはじめていますよ」
「今時っぽいなあ」俺はため息をつく。
ナワアスはそもそも俺のファンだった。
須川が好きなのは相模舞愛先生だ。
……違う。そう言う話ではない。
「須川、まじでめんどいや。フュージョンしようぜ」
「出来たら楽なんすけどねえ」須川はぼうっと天井を見た。須川は今、どんなことを思っているのだろうか。何故か、この前のライブ後の相模さんとのやり取りから、俺の心はむず痒かった。
「はっさん、どうしたんすか、ボーッとして」
「いや、別に」俺は手元のコーヒーを啜った。いつもよりその味は苦かった。
ある日、心理試験のTwitterにあすかさんよりダイレクトメッセージが届いた。心理試験と名乗ってはいるが、実はまだ自分の個人Twitterである。プロフィール欄にただし書きで『源蓮磨Twitter』と書いてはいる。
それを見越してか、あすかさんは驚きのメッセージを送ってきた。
『お久しぶりです。前回のライブの際は本当にかっこ良かったです。私の存在を歌で揉み消してくれました。お陰で私は久しぶりに一観客としてライブをじっくり楽しめました。いいえ、お礼はそれだけではありません。その前に仙台であったときもあんなに紳士的に対応して貰えて本当に嬉しかったです。昔から心理試験というアーティストの楽曲たちに惚れていましたが、人として源蓮磨さんに惚れてしまったようです。まだ大して会ったこともない、なんなら面と向かって話したのは一度きりの私がそんなこと言うのは変かもしれませんが、それだけ私は蓮磨さんに救われているんです。もし、本当にもし良ければ個人的にどこかでお会いできませんか?勿論、アーティスト同士のよしみということにしておきます。私は別に恋愛禁止でもなんでもないですから。だから、蓮磨さんに私は『大好きです』と伝えておきます。きっと、蓮磨さんはなんのこっちゃと思うでしょう。でも、『救われる』って『好きになる理由』で間違っていないですよね?勿論、蓮磨さんが嫌だというなら構いません。これからも熱狂的なファンとして蓮磨さんを、心理試験を応援します』
俺は部屋で胸をグッと握りしめた。あすかさんが俺に告白をしてきた。予想外だった。アーティストとして俺が好きなのはわかっていた。だがあんなちょっとした時間で、俺に恋をしたというのか?なんかのトラップじゃないかと思った。
だが、それと同時に俺はひとつ思い付いた。
俺があすかさんと付き合ってしまえば、須川が気楽に相模さんを目指せるのではないか?違う。それではただ俺の心が楽になるだけだ。
それに、あすかさんと俺が仮に付き合って、それがメディアにバレたら?あすかさんの評判は落ちるに決まっている。それこそ初めてあすかさんにあったときに二人でいることの危険性を諭したのが嘘になってしまう。俺はスマホを睨み付ける。どう返せばいい。どうしたらいい?
俺はぽち、ぽちと文字を入力していく。
『気持ちはありがたいです。ですが、その話は一度保留にしましょう。あすかさんのアーティスト生命もあります。私もどうすれば良いかわからないです。嫌いでは無いからです』
そして、送信ボタンを押す。そうだよ、俺のせいでアイドル一人殺してしまったら、どうしようもない後悔をしてしまうだろう。気を取り戻すんだ。
俺はもう一度胸を握りしめる。正直、本当はあすかさんにときめいているんだ。だけど、その気持ちは閉じ込めておかなければ。
だが、するとその心はどこに向くんだろう。
「相模さ……」そう言いかけて口をふさいだ。そしてばんと拳を床に叩きつけた。
なんで成功して、これからってときにそんな女性のことばかり考えているんだよ!よりによって、告白をされた人じゃない、そして友人が恋している人のことを思うなんて。
俺は最低だ。
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