好きと好き?

 「それじゃあ、後日また連絡するよ」


 岬さんからの予想外の誘いを俺たちは一瞬で承諾した。まさか初ライブの日にインディーズレーベルの話まででるとは思ってなかった。俺たちは事務所を出ると軽くハイタッチした。


 ライブはあっという間に終わった。要所要所のバンドやシンガーはチェックすることが出来た。宮城という人口がそんなに多いわけではない県にこんなにメジャーデビュー前の良いアーティストがいるのかと感心した。


 俺たちはライブハウスの裏口からうきうきな気分で外へ出た。家族一同と祖父母と駐車場で待ち合わせしていた。俺たちがその駐車場へ向かうと、俺の親の車の前に父と、相模さんがいた。


 「あ、『心理試験』」相模さんは俺を見るとにこりと笑った。


 「いや、もう心理試験は個人名じゃないんだよ」そう言うと俺は須川の背中を叩いた。


 「……この女性ひとは誰っすか?」何故か須川はいきなりキョドったように訊ねる。


 「小説家の相模舞愛だよ。で、こっちは俺の親父の乱歩賞作家で日本推理作家協会会員の源龍吾。でまあ、相模さんが尊敬してるんだって」


 「さがみまいあ」須川はキョトンとしていた。


 「どうしたんだ?」俺が訊ねると須川はブンブンと首を振り「なんでもないなんでもない!」と言った。そして、「源龍吾、それはなんか聞いたことある……。たしか『見えない梯子』とかって小説あったっすよね?」


 「おお、知ってくれてたのか!」親父は嬉しそうにしていた。


 「マジっすか!はっさんの父親が小説かだなんて知らなかったっすよ!確かに乱歩好きでアーティストネームを『心理試験』にしてしまう人の父親ですもんね」


 「そーそ、だから源くんもお父さんや私と同じく小説家を目指すと思っていたんだけどねえ」相模さんは感慨深そうに言った。


 「まあ、はっさんも良い歌詞書くときもありますもんね」


 「書くときもありますもんねって失礼じゃないか?……というより親父は相模さんと何を話してたんだよ」


 「いや、この前相模さんが出した『船橋密室、海上浮遊』っていう推理小説がかなり仲間内でも評判良くてな。元々彼女は推理小説を書いている訳ではなかったけれど、もし良ければ推理作家協会に入らないかって誘っているんだよ」


 「でもね、断りを入れたよ。ずっと推理小説を書く気はないしね」


 確かに相模さんが推理作家協会に入るのはイメージが湧かない。しかし……


 「あー、この前読んだよ。初の推理小説にしては凄い出来じゃないか?」


 「えー、読んでくれたの!良かった。実は結構昔読んだ源くんの小説に影響受け気味なんだよね」そう言うと相模さんは笑った。


 「いやいや、俺はこんな美しい言葉で小説をつぐめないよ」そう言うと俺は手を横に振った。


 「謙遜するなよー!いや、でも私もこの小説でかなり知名度をあげれたから、これからは本当に自分の力でのしあがるよ。心理試験に負けないようにね」そう言うと彼女はフフッと笑った。


 「須川くん……だっけか。源くんは陰キャでめんどいかもしれないけど、絶対に頑張る奴だから、是非支えてやってね」


 「……ええ、もちろんです!」そう言って須川は声を上げた。


 うん、やっぱりおかしい。須川はどう考えても相模さんに緊張している。何故だろう。


 「というか、なんで相模さんがここに?」


 「ライバルとして、君の初舞台を見に来ただけだよ」そう言うと彼女はニコリと笑った。


 俺らは取り敢えず相模さんに別れを告げて車に乗り込んだ。そして、母親の運転でありきたりであるが予約しておいてくれた牛タン屋に向かった。


 しっかりせいをつけろ、と激励され、俺たちは親の運転に甘えてビールを何杯か飲んだりした。


 そして、夜8時頃。明日は早朝の新幹線に乗ることにしていたので、家族に駅前のホテルに送ってもらった。


 家族と別れ、二人っきりになったので、俺はともかくさっきから気になっていたことをぶちまける。


 「須川、なんで相模さんにテンパっていたんだ?どう観ても様子おかしかったけど」


 すると須川は不意を突かれたような顔をした。そして照れ気味に口を開いた。


 「ひとめぼれ」


 「宮城県の米か」


 「ちゃ、茶化さないで下さい!」そう言うと須川は顔を真っ赤にしていった。


 「あのっすね、相模さんとかっていう女性ひと、めっちゃ好みです。すげえハキハキしてて、元気っぽくて、何て言うかもうドンピシャ過ぎて」


 「……マジか」俺は何て言って良いのかわからなかった。だが、短い間でもアイドルでいた男が相模さんにひとめぼれするとは、ちょっと彼女を見くびっていたのかもしれない。確かに、めっちゃ元気はつらつで見ていて気持ちいい奴ではある。


 「もしかして、はっさんの元カノっすか?」


 「いや、違うけど。仲はまあ良かったけど」


 「そ、そうっすか」須川はそう言うと少し下を向いた。俺はそんな須川に何て言って良いのかわからなかった。何故なら、正直自分の中でも戸惑っていたのだ。


 『好きなら応援するぞ』、という言葉をどうしても口にしたくなかったのだ。俺ももしかしたらどこかで相模さんを意識していたのかも知れない。だが、俺は相模さんに恋愛感情を抱いている訳ではないはずだ。


 無い筈なんだ。

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