歓声と

 「ラスト!一応、今のところ俺らの代表曲となっている『知らない』、行くぞ!」


 俺は早速マイクを握りしめて歌い始める。もうさっきの混乱もない。皆俺らの歌を聴いている。きっと俺らを知らない人も、見様見真似で手振りをする。そして、いつの間にかあすかさんはそんな皆の中の一人に溶け込んでいた。ただ、一生懸命歌っていた。


 完璧だろ。俺は須川を見る。須川はコクりと頷き笑った。


 予定よりも長くなったステージを終え、俺たちは控え室に戻った。


 「はっさん、完璧っす!ホントに初ライブっすか?」


 「まあ、取り敢えずライブでありきたりなセリフしか吐けなかったけどね」


 「いや、もう客を曲でくるめたじゃないっすか」そう言うと須川はふうっと息をついた。


 「はっさん。俺、前にコンビニのバイトが好きだって言いましたよね?俺はともかく人前に立つって言うのが好きなんです。人の顔とかを見ながらする仕事、そう言うのが好きなんです。特に、喜んでもらえれば最高に気持ちいいんですよ。今日はだから、最高に気持ち良かったです」


 「そうか、良かった」俺もふうっと息をつく。どっと疲れが来た。そばにあったパイプ椅子にグッと腰を掛ける。


 「はっさん、大丈夫っすか?」


 「いや、こういうのはやっぱり慣れていかないとなあ」


 ステージのほうからまた歓声が起こった。ai-swnが演奏をスタートさせたのだろう。


 「ちょっと見に行くか?」俺が言う。


 「そうっすね。はっさんのファンだって言うぐらいですし」


 俺たちは立ち上がると控え室を出た。部屋前に部屋を離れている旨のマグネットを貼って、観客席に紛れ込む。ai-swnはどちらかと言うとポップよりだが美しいメロディを挟んでいてとても聴き心地が良かった。かなり俺らとジャンルは違うが、俺からもリスペクトさせてもらいたいほど好きな音楽だった。そして何よりライブとして熟成されている。川北くんのボーカルギターを中心に、ドラムもベースもオリジナリティな音を挟みながら遊んでいる。そうだ、ライブとは仕事でありながら、観客と遊びを繰り広げないといけないのだ。


 そして20分3曲の演奏を終え、川北くんが「またお会いしましょう」といってステージを後にした。そしてどっと歓声が起こる。


 俺も歓声を送った。須川も手を振っていた。


 そして少しの幕間の静寂の中で、俺らに一人の男が声をかけてきた。振り向くと、それはライブハウスのスタッフだった。


 「あ、すみません。あのですね、一度事務室によっていただけますか?」


 「はい、何かありましたか?」


 するとスタッフは笑顔で「来たらわかります」といった。


 俺たちはスタッフに着いていきながら人混みを縫い、また裏へ出て事務所へ向かった。


 「失礼します」そう言って事務所へ入ると、そこには、間違いない。ラベンダーマインドのギターで8割ほどの曲の詞作曲をおこなっているという岬楓みさき かえでがいた。椅子に深々と座り、ライブのパンフレットを読んでいた。やはり、有名人だ。オーラというものがそこからは発せられていた。30歳ちょっとだとは思えないほどの貫禄も感じる。岬さんは俺たちに気がついたようで、パンフレットを閉じると立ち上がった。


 「初めまして。俺はラベンダーマインドっていうバンドでギターをやってる岬という」


 「初めまして。僕が心理試験ボーカルの源、そして隣がベースの須川です」


 「須川です。どうしてここにいらっしゃるんすか?まじで大ファンなんです!」


 そう言うと岬さんはにこりと笑った。


 「ありがとう。俺たちのことを知ってくれていたんだな。それじゃあここ最近の不甲斐なさも知っているな……。すまない」


 そう言うと岬さんは声を切った。


 「いや、岬さんたちはこれまでのファンのために前へ進むしかないと思います」須川は熱く言った。


 「そうだな。ありがとう。それじゃあ、さっきの質問の答えだな。……どうしてここにいるか。それは、まあそうだな」岬さんは悩む仕草をする。するとさっきのスタッフが言った。


 「実はこのライブで集まった8組のバンドは、岬さんが主にチョイスしているんだ」


 「え!」俺たちは声を揃えて驚く。


 「俺たちのバンドのメンバーは、出身地は伏せてたり、田沢湖の底とかめちゃくちゃなこと書いたりしてるけど、実は俺は宮城県の石巻出身なんだよ」


 「そうだったんですね」俺はちょっと以外だと思って口にだす。


 「そう。そこでまあ、宮城県に眠ってるシンガー、バンドなんかを掘り起こしてやりたいって思いが強くてね、今回こんな企画をやらして貰ってる」


 するとスタッフがまた俺らに話を振る。


 「実は岬さんはほぼボランティアでやってくれているんです。主催者としてやらないかって打診もさせていただいたんですが、俺の名がでたら俺のファンが来てしまうって断ったんですよ」


 「よせよせ」岬さんは照れたように手を振る。スタッフも凄い自然体で接している。きっといい人なんだろうとすぐにわかった。


 「と、まあそんな話はここまでにして、本題に移ろうと思う。君たちはまだインディーズデビューもメジャーデビューもしていないアマチュアバンドで間違いないんだよね?」


 「……はい」俺は頷いた。何の話だろうか。俺は体に力が入った。


 「よし。それなら、君たちにインディーズレーベルでひとつアルバムを作って貰いたいと思うんだけど、どうだろう?」


 俺は思わず「え?」と声を出した。

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