俺たちの歌を聴け!

 そしてライブ当日はあっという間にやってきた。準備は万端。大丈夫と自分を言い聞かせる。恐らく須川よりも遥かにテンパっていた。


 「はっさん。お茶でも飲んでください」控え室で須川はそう言って暖かいお茶を飲ませてきた。


 「あ、ありがとう」俺は素直にそれを飲んだ。そして大きく息を吐いた。


 すると、控え室の扉にノックの音が聞こえた。まだ本番までは時間があるはずだ。なんだろうと思い「はい、どうぞ」と返事をした。すると、失礼しますという声がした。


 「すみません、お邪魔します。今日はよろしくお願いします。2番目に演奏するai-swnアイスウンのボーカルギターの川北透かわきた とおるです。実はですね、心理試験さんのファンでいつかお会いしたいと思っていたんです」


 「ああ、ありがとう」俺は正直相手を知らなかったが挨拶をした。ai-swnはどうやらボーカルギター、コーラスベース、ドラムの3ピースバンドらしい。


 「共に頑張りましょう。俺は確かに心理試験のファンですけど、目標にもしていますから」


 「そうか、じゃあ俺らも負けんように頑張るよ」そう返した。目標にしているはとても嬉しい。


 「それじゃあ、本番で会いましょう」そう言って彼は去っていった。


 俺はよしと声をあげた。もうここからは緊張じゃなくて投機心でやってみようと考えを改めた。幾分楽になった。


 そんな最中、控え室の外がざわざわと騒がしくなった。


 「……なんかあったんすかね」


 「……わからん。今日はじいばあ含めて家族一同で来てるから……、取り敢えず祐夏にメールしてみよう」そう言うと俺は祐夏に『何かあったか?』とメールする。するとすぐに返信があった。


 『ナワアスがいるってわかったらしくて、というか変装がばれちゃったみたいでもう大混乱だよ!どうやら大衆に便じて誰かが兄ちゃんたちのファンでもあることもばらしたみたいでね、ヤバイ』


 俺はスマホを観て頭を抱える。頭の片隅には入れていたが、有名人とはこういうことなんだろう。俺は須川を向いた。


 「20分早いけど、もう行けるか?」


 「え、いや楽器やパソコンのプログラムの準備は出来てるはずっすけど」


 「じゃあ良い。須川は俺より緊張はしてなさそうだからな」


 俺は控え室にあった館内電話を事務室に繋ぐ。


 『あ、心理試験さんですか』


 「この騒動を沈めて見せます。今すぐにステージに上がらせてください」


 『沈めるですか……。どう言うことかはわからないですけどもうどうしようもないので懸けてみましょう。楽器や照明やスタッフはもうスタンバイしてますから今すぐにコールしておきましょう。どうぞすぐにでもステージにどうぞ』


 そう言うと俺は立ち上がった。


 「はっさん」須川は少し戸惑ったように呟いた。


 「大丈夫だ。任せておけ」俺は強く言った。そして、控え室を出て、ステージ裏へ向かった。人々のざわめきが聞こえた。


 俺たちはがっとカーテンから飛び出した。そして人混みのなか、マイクで「うるさい!」と叫んだ。


 「なんかな、有名人がライブハウスにいるって言うことでざわついてるらしいけど、その有名人も今日はただロックが、ポップが、音楽が好きなそこらの人となにも変わらない。その有名人が俺らのファンらしい?それは結構。そんなことに文句言う奴らは、有名人をはた迷惑に好きになるより、俺たちの歌を聴け」


 そう言ってムリくりガーンとギターを掻き鳴らした。そして俺は隣にあったパソコンの打ち込み楽器のデータを開く。そして隣にいた須川に声をかける。


 「順番が逆になるが一曲目はexciting songだ。うるさくして黙らせよう」


 そう言うと、須川はクックと言って笑った。


 「大賛成っすね」


 パソコンのキーボードをパチッと叩く。それから俺はギターを鳴らす。そして叫んだ。


 「黙れ!聴け!新曲、exciting song. 刺激的な歌をどうぞ」俺がそう叫ぶとドンとドラムの音と共に須川がベースを鳴らし跳びはねた。


 観客の騒音は、一瞬にして掻き消された。そうだよ、俺たちの歌を聴くんだよ!あすかさんは今日、主役をやめてまでただの観客になったんだ。ある意味、そんな勇気とも言える行動を知らん大衆が、あすかさんに空虚な好奇心を寄せているんじゃない!


 俺は怒りに任せてギターを鳴らし、叫び歌った。きっと、あまり上手くは歌えてなかった。だけど良し。俺はそう思った。視界の端に、俺はあすかさんを捉えた。もう変装に諦めていたのかもしれない。マスクを取りメガネ姿のあすかさんはグッと拳を突き上げて笑っていた。俺はそんな彼女に、実を言うなら少しときめいていた。


 だがそれ以上に、ライブが楽しかった。ごちゃついていた観客たちが、いつの間にかひとつになって揺れていた。そんな環境を作り出せること、そして自分達のパフォーマンスを観てもらえるという充実感。それはやはり何にも変えられない。


 きっと須川もこの景色を今も追い求めていたんだろう。彼は今まで観たことがないくらい、激しく動いていた。


 それからは観客は大分落ち着いてきた。よし、取り敢えずまだ少し時間がある。項目にはないがあの曲をやろう。


 「須川、次は『今夜街路樹の下で』でいこう。


 「了解っす。もう心理試験の曲は全部弾けるっすよ」と言った。本当に頼もしい。


 結構詞に凝った曲だから、誰かにささるかもしれない。実際、このライブハウスのスタッフに刺さっていたのだ。あとは自信を持って歌うだけだ。


 「さあ、ついてこい!ネクストソング、『今夜街路樹の下で』」


 数名が「ワア!」と歓声を上げた。ありがとう、俺たちのファン。


 ベベン、と須川がベースを鳴らした。

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