その先

 「はっさん、あってしまったんすね。ナワアスに」


 「まあね」俺は今になって恥ずかしくなってきた。


 「やっぱあれっすか?可愛かったっすか?」


 「まあマスクとメガネをしていたからなあ。ただ物凄いオーラがあった」あのオーラはどうすれば出せるんだろうとあのあと軽く悩んだほどだ。


 「まあ俺とはっさんのオーラはこれから作ろうっていうことで……。取り敢えず、ライブの20分ぶんのセトリ作りましょうよ」


 「そうだなあ。取り敢えず、消えない夢でライブに誘われたわけだからこれをオープニングナンバーにしよう」詞が相模さんから不評だったが、ライブハウスの人が気に入ってくれているのだから仕方がない。


 「そしたら次はやっぱり代表曲の知らないっすね」


 「まあ、そうなるなあ。あと一曲は……。なんか須川がソロでやってみるか?」


 「それはいやっすね。まだ俺が昔からのファンに心理試験だと認められたわけではないっすから。取り敢えずはっさんを引き立てる、今はそれだけしか考えてないっすよ」


 「そんなもんか?」俺は腕を組む。


 「でも、はっさん。心理試験って良くも悪くもライブで盛り上がる感じのアップテンポな曲が無いっすよね」


 「そう言われたらそうだなあ……。ウルトラソウルとか、そんな感じのやつ無いもんなあ」


 「それじゃ、もう一曲新曲を作りましょうよ。次の曲は俺も案を出しますよ」


 「それじゃお願いするよ。アップテンポな曲、好きなんだけど作るの苦手なんだよねえ」俺は頭を書いた。須川のアイデアというものに一度かけてみようと思った。


 そんな最中、俺は何気なくスマホを見る。ちょうど昼のデジタルニュースなんかが流れていた。そのなかに聞いたことあるアーティストのスキャンダル記事があった。


 「おい、須川。ラベンダーマインドの加賀ってやつがニュースになってる」


 「え、加賀さんがっすか?」須川は俺のスマホを覗き込む。


 『人気ロックバンド、ラベンダーマインドのフロントマンでボーカルの加賀トシヤが麻薬取締法違反の罪で逮捕されたことがわかった。それにともないラベンダーマインドの他メンバー4人はホームページで共同コメントを出した。〔この度は加賀トシヤの件でお騒がせして申し訳ありませんでした。トシヤが麻薬を吸引していることはメンバー一同、全く気がつきませんでした。気がつければ良かったという後悔の念と共に、隠れてそんなことをしたトシヤへの強い憤りを感じています。今はメンバー一同気持ちの整理がついていない状態で、この状態での活動は困難ということで今後開催予定だったライブはすべてキャンセルといたしました。楽しみにして下さったファンの皆さん、そして関係者の皆様には多大なる迷惑をかけてしまい、申し訳ない気持ちで一杯です。今後のことは、本当に何一つとして決まっていません。重ねてお詫び申し上げます〕。今年の紅白歌合戦の最有力候補といわれていただけに、業界からの衝撃も計り知れない』


 「……マジかよ」須川は呟いた。


 「人気アーティストっていうのは影響力がでかいからな」


 「まじでこういうのやめて欲しいっすよ。未成年飲酒やった俺のいえることではないすっけど、こういうことがバンドの音楽のイメージと重なってしまいますからね。メインライターがギターの岬さんだったからまだましなものの……」


 「そうだな」俺は小さく呟く。仮に自分が有名になって、俺は一切のスキャンダルをせずに生きていけるのだろうか?確かに、有名人とは大変なものだ。仲間を巻き込んでしまうから更にたちが悪い。だが。


 「須川」俺は落ち込んでいる彼を呼んだ。


 「はい?」


 「やったことは後悔できる。お前が未成年飲酒とか、出鱈目スキャンダルとか起こしても、俺の妹はずっとお前のファンだったらしいぞ」


 「え、はっさん妹いたの?」


 「悪い。言ってなかったな。高校3年生のな。おそらく中学校とかの時に好きだったんだろうよ。ファンだって言うのは今回の帰省で初めて知ったんだけどさ。須川のイメージを信じてずっといたから、心理試験に加入するってきいてめっちゃ感謝されたんだよ」


 「……こんな俺のファンがまだいたんだな」須川は感慨深いように言う。


 「だからこそ、もう裏切らないように頑張ることが出きる。未成年飲酒とか、もう今更後悔してもしょうがないだろ」


 「そうっすね。加賀さんは許せねえですけど、取り敢えずはラベンダーマインドを応援しますよ」


 「そうだな。加賀さんの場合は大人が起こした立派な犯罪だからなあ。メンバーだけでも風評被害に合わなければいいがなあ」俺はしみじみと言った。俺は取り敢えず、須川にやな思いをさせないように……。


 そして、かなり距離感が近くなりがちのあすかさんを遠ざけないと……。


 「いや、あっちが勝手によってくんだもん……」俺が呟く。


 「なんのことっすか?」


 「いや、何でもない」俺は手を振った。



 それから2ヶ月。まもなく12月21日。ライブの日が近づいてきていた。7割ほど須川が作った渾身のロックミュージック『exciting song』、邦題『刺激的な曲』(また相模さんに文句言われそう)を完成させて、もう準備万端という感じだった。俺たちは幾度も楽器持ち込み可能なカラオケ屋に行ったりしながら練習を重ねていた。もう怯むものもない。


 そう、その筈だった。

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