早朝、俺は荷物を纏めると家を出た。親に甘えてタクシーを呼び、仙台駅まで連れていってもらった。


 仙台駅につくと、まだ人は多くはなかった。朝御飯は朝早すぎたので母には断っておいた。取り敢えずコンビニで買おう。俺は駅前のコンビニに入る。


 「いらっしゃいませ」威勢の良い女性の声がした。俺は思わず入り口で一礼する。客はだれも居なかった。


 取り敢えずかごにおにぎりやペットボトルのお茶なんかを放り込んでいく。そして、レジに行く。するとあの威勢の良い女性がレジにあたってくれた。


 まてよ?この威勢といい声といい、どっかであったことがあるような気がする。そんな感じがしたから俺はふとそのレジに立っていた女性のネームプレートを見る。そこには相模さがみと書いていた。俺は改めてレジの女性の顔を見る。


 「あ、もしかして気づいた?懐いね、源くん」


 そう言うと相模さんは笑った。やはりそうだ。高校の生徒会長で同じクラスになったこともある、相模舞愛さがみ まいあだ。雰囲気的には体育会系っぽいが、文系も文系で、高校在籍中に小説の単行本を何冊か大手から出していたはずだ。


 「相模さんはまだ仙台にいたんだ」


 「うん、というか仙台出るつもりないしね。小説ならどこでだってかけるからねえ。源くんは帰省中?」


 「まあそうだね。これから東京に帰る。……そう言えばあれから結構小説出してるの?」


 「一年に2冊は出してるんだけどねえ。すべてぱっとしないでさ、今もコンビニで働いてるってわけ」


 「まあ、俺も音楽がぱっとしないからコンビニでバイトしてるよ」


 「そうかなあ。ちょっと前にTwitterでみたけど、ライブやるって言ってるじゃん。顔写真に心理試験っていうネームで気がついたよ」


 「ん、あー、そうか。心理試験って名乗り始めたの高校の頃だったからなあ……」そう言うと自分が心理試験と命名した頃の記憶を思い返す。


 俺は小説が好きだった。特に江戸川乱歩。あの独特で不可解な世界観。世界の小説を研究して、洋を和に染み込ませた先駆者。行き当たりばったりで書いた小説もあるが、それが何故か面白いのだ。それなのに教科書などでの扱いはあまり良くなく、文豪と言われることは少ない。だが、他の文豪たちと同じく、場合によってはそれ以上に当時の人たちを湧かしていたヒットメーカーだったのだ。そんな彼を見くびるような現代の教えに反抗したかったのだ。物語とは質が良ければいいわけではない。面白ければいいのだ。別に、物語に道徳的なことが書いてなくてもいい。


 だから俺はそんな人々の心理に本当の面白さと言うものがどんなものかを問いかけるという意味で心理試験という名前を自分につけた。


 最初は、小説を書くためのペンネームとして。


 「でもさ、源くんが音楽をやっているとは思ってなかったよ。しかもなんかちゃらそーな男の人までメンバーにいれてさ、ビックリ」


 「まあ、色々あったから」


 「まあ、そもそも音楽も好きだったもんねえ。私たちって高校の頃にライター仲間としてまあまあの仲だったけど、源くんが『Galileo Galileiの新曲の恋の寿命って曲、メロディもサイコーだけど何より歌詞がいい』ってイヤホン渡してきたこともあったよね。あれ正直、告白かなあ?って永遠と悩んでたんだけど」


 俺はその出来事を思い出す。俺はただ単純に恋に寿命があると捉える表現と、それを引き延ばし続けたいというメッセージが美しいと思っただけだが、確かにヤバイことをしていた気になってきた。


 「まじでなんの意味も無かったんだけど……。ただ共有できるのが相模さんくらいだったから」


 「確かに源くん、陰キャだったもんねえ」


 「いや、相模さんは文系のクセに陽キャ過ぎるんだよ」その元気はどこから来るんだろうといつも思っていた。


 「いやいや。そんなでもないよ。でも、なんだあ。ちょっとガッカリした。……と、まあそれは置いておいて、オリジナルの唄を歌っているっていうことはまだ歌詞という形で文章を書いてるわけだよね?」


 「うん、まあ」


 そう言うと相模さんは笑った。


 「昨日さ、心理試験がライブするって言っていたから、歌詞をググったんだよ。そしたら安心したんだよね。一番人気ありげな『知らない』って曲。なんか『応援してます』って感じの歌詞じゃなくて、結構ドライなかんじでいて、さりげなくフォローしてくれるかんじの文章。私、ホントはそんな文章を簡単に書いてしまう『心理試験』に嫉妬してたんだよねえ」


 「嫉妬?そんな」プロの小説家にそんなこと言われても冗談にしか聞こえない。俺は手を振った。


 「だけど新曲の『消えない夢』。これは心理試験にしては安直な歌詞だと思うよ。余計なお世話だけどね」


 「あ、ありがとう」確かに演奏にこだわったが歌詞はそんな捻っていなかったのは事実だ。しっかり受け止めておこう。


 すると、コンビニの扉が開いて、サラリーマンの客が入ってきた。相模さんは例の大きな声で「いらっしゃいませ!」と言った。


 「あ、長話ごめんね」相模さんは小さな声で言った。


 「こっちこそ」俺も謝った。


 「じゃ、最後にさ、ライン交換しようよ。あの当時、どっちも電話しか出来ないガラケーだったからさ、今更だけど!」


 「そうだね。相模さんが良いなら」


 「なんかいい歌詞思い付いたら教えてね」そう言ったら相模さんはにこりと笑った。


 俺はコンビニを出て、改めて仙台駅へ向かった。


 確かに、歌詞を楽しみにしている人もいるんだ。そりゃそうだ。俺は最初、詞というものを大事にしていたことを忘れかけていた。メッセージを発するものとして、それは当たり前のことなのに。


 俺は今回の帰省で、色々なものを手に入れた。これから、今までのことを大切にしてアーティストとして生きていかないといけないんだ。ファンの為にも、何よりも、本当はガッツリと応援してくれていた家族のためにも。

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