見られる
母が作ってくれた夕御飯を4人で囲んでいた。
「それじゃ、明日7時くらいの新幹線乗って帰るよ」
「7時ね、それじゃあ、お金あげるから駅までタクシーで行きなさい」母が言う。
「いや、いらないよ!俺も稼いでるから」
「大丈夫、応援賃だから」
「……ありがとう」そう言うと祐夏はしみじみと言った感じで言う。
「まさか兄ちゃんが仙台ループの舞台に上がるなんて。仕舞いには直泰くんも連れてくるとはおそれ多いなあ」
「須川さまざまだな」俺はご飯を食べ終え、ごちそうさまと言って席を立った。
「洗濯機、乾燥かけるからなんかあったら出しなさいよ」母がそう言った。上着をだしておくことにしよう。俺は洗面所に行き、パーカーをほおりこんだ。
俺は空き部屋に行く。一応昔俺が使っていた部屋だ。そこで寝泊まりさせてもらっていた。パソコンを開くと、メッセージがいくらか入っていた。ライブおめでとうというコメントが多くて、少し笑みを溢す。すると母が「蓮磨、ちょっと来なさい」と言った。洗面所の方からだ。ティッシュでもぽっけに突っ込んだまんまだったろうか?俺は洗面所に向かう。
まだ洗濯機は回す前だったぽい。母は一枚のメモ用紙の破片を見せてきた。
「これ、高輪明日香、って書いてあるけど何?サイン?」そう訊ねてきた。あ、しまった。俺は母からやや強引に紙を引っこ抜く。
「ごめん、まあサインだね」
「へえ、どこであったの?今日でしょ?仙台でライブでもあったの?」
「まあ、道端で……」そう言うと、洗面所の出入り口から祐夏が颯爽と現れた。
「ええ!ホントにナワアスが仙台に来てたんだ!午後から登校してきた友達が言ってたんだ。メガネとかマスクしてたからきっと見間違いだろうけど、ナワアスに似た人が仙台ループの前で男の人とキスでもしそうなくらいの距離で談笑していたって。なんかサインのし合いをもしていたって」
「友達が……」俺は冷や汗を書く。やっぱりだ。あんな短時間、しっかりとした変装をしても、気づかれてしまうものなのだ。
「確か、兄ちゃんは仙台ループに行ったとか言ってよね?」
「うん、まあ」
「じゃあ、談笑してたのって、お兄ちゃん?」祐夏がワクワクしながら訊いてきた。
「祐夏」俺は真面目な顔をして切り出した。祐夏は少し驚いたような顔をする。
「な、何?」
「友達には、絶対にその男が俺だったということは言うなよ?」
「どうして?」
「メディアはネタのためには話を盛るんだよ。俺とあすかさんが談笑してたのは互いにアーティストとして認知しあっていたから。サインを交換したのもそう言うことだ。要するにそれだけのことなんだよ。それを適当に色々着色してくそみたいな目にあったのが祐夏の好きな須川だ」
「……わかった」祐夏は小さく呟いた。「でも、互いに認知しあっていたって、そう言うことはナワアスが兄ちゃんのことを知っていたってこと?」
「あすかさん、ただの俺のファンなんだよ」
「ええ!ウソ!俺がファンじゃなくて?」祐夏は驚いた。
「お前も須川と同じこと言うのな……。だからおそらく12月の仙台ループのライブでもあすかさんがやってくる。そのときは見かけたとしても、絶対に拡散させたりするなよ?」
「わかった。でも良かったね、お兄ちゃん」
「ん、どうして?」俺は訊ねる。
「だってファンに蓮磨くんとナワアスがいるんだよ?先人だよ、先人。そんな人たちに認められてるんだから、一般の人にもいつか伝わる日が来るよ!」
「そ、そうかな」俺がそう言って照れていると、母がポツリとこう言った。
「気を負わないようにね。確実に前進しているんだから」とだけ言った。こういうときの、親の深追いしない姿勢は本当に助かった。そして、危うくあすかさんのサインをチリチリにしてしまうところを助けてくれた。
「ありがとう、母さん」そう言うと、母は「また帰ってきなさいよ」と言った。
俺はあとは全自動洗濯機に頼み、部屋で寝ることにした。しかし、本当に有名人というのは大変なものだ……。
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