初対面
翌日9月29日月曜の朝、3人を送り出し一人になっていたら須川から電話があった。合同練習をしようという話だったが、仙台に連行されていることを伝える。すると明日の昼から自分の家で集合することになった。
電話が終わると、取り敢えず家にいても仕方がないので外着に着替えた。せっかくだし仙台ループにでもいこうと思った。行ったことはあるが大分前でうろ覚えだったこともあり、下見にいくという感じだ。
近くの地下鉄駅から仙台駅方面の電車に乗る。仙台駅で降り駅外れの小さなライブハウスまでたどり着いた。今日も夕方からインディーズのバンドのライブをやるそうだ。ライブハウス内から様々な声が聴こえてくる。
俺はぐっと手を握りしめた。約2か月後、俺はこのライブハウスで歌えるんだ。そう考えるとワクワクした。俺のスタートが地元のライブハウス。これ以上最高なものもないだろう。俺は道の真ん中で、「よっしゃあ!」と叫んだ。
「あ、あの」すると後ろから女性の声がした。
しまった。冷静に考えたら超アホな行動をしてしまった。振り返って「あ、すみません」と言った。そこにはマスクとメガネをした長髪の女性がいた。
「あ、やっぱり、心理試験さん……、いや、源蓮磨さんですよね!?」そう言うと、女性はぐっと身を近づけてきた。清潔な匂いがする。俺は彼女の姿をじっとみる。かなりスタイルが良く、何かとてもオーラを感じる。
「そうだけど……、もしかして、高輪明日香さん?」
「やっぱり!初めまして」マスク越しに彼女はにこりと笑顔をふってきた。
「いや、何であすかさんがこんなとこに?」
「今日はちょうどお休みだったので、それじゃあとおもって聖地巡礼とライブ会場の下見をしに。ファンとしては当たり前のことをしに来ただけです」あすかさんは真面目なトーンで言った。あすかさんが俺のファンであるのは知っていたが、実際リアルでそう言われるとこそばゆい感じがする。
「うん、ホントありがとう。でも実際会うのは俺が実力つけてからって話、パーになってしまいましたね」
「ライブハウスに招待されたんです。誇って良いことですよ」
だが、おかしい。俺は考える。まだライブを開催することを自分から発信していないはずだ。この情報はどこから飛んできたんだ?
「でも、良くここでライブするってわかりましたね」
「昨日の夜にこのライブハウスの公式Twitterが報告してたんですよ」そう言うと、彼女は自分のスマホを開いて、画面を見せてきた。投稿日は昨日の夜。
『12月開催、仙台ループルーキーフェス、オープニングアーティスト遂に決定!ギターボーカルでフロントマンの源蓮磨君が仙台出身の〔心理試験〕が登場。期待のホープが遂に初めて観客を前に演奏をする!』と書いてあった。
「さすが東北だ。ライブに招待されて了承した日に即日で報告するなんてなんてせっかちな……」俺は呟く。
「え、昨日の出来事だったんですか?」
「そうだよ」そう言うと彼女も笑った。
「やっぱ東北ですね」
そう言えば、あすかさんも山形出身の紛れもない東北人だったことを思い出す。
「でも、何故源さんが仙台に帰ってらっしゃるんですか?東京で活動してるってプロフィールにのっていましたけど」
「いや、実家に帰ってこいって呼び出されていたんですよ」そう言うと俺はふっと周りを見た。そしてこうきりだした「まあ、そんな話はさておき、今はさようならしましょう。今度はライブハウスで」
「え、突然どうしたんですか」
「いや、もしいまの場面を雑誌のカメラマンにでも撮られて『ナワアス、謎のおっさんと喋り込む』とでも記事にされたら最悪でしょう?」
「え、でも変装してますし、大丈夫じゃないですか?」あすかさんはメガネを片手で触る。
「そういう油断であることないこと書かれて一度人生がパーになった男を知っているからな」俺は須川を思い出しながらそう言う。あまりピンと来てなさそうだ。今までホントに雑誌に書かれるようなことをしてこなかったんだろう。それが俺のせいでパーになったら洒落にもならない。名残惜しい気持ちも少々あるが、だから俺はあすかさんと別れを切り込んだ。
するとあすかさんは「そんな知り合いがいらっしゃるんですか?」と訊ねてきた。どうやらあすかさんは須川を知らないらしい。なんか、思っていたのと同じ感じの人だ。やはりこの人はアイドルよりバンドマンが好きな人なんだろう。なら何故アイドルになったのかとかそう言うことも訊きたくなったが、そんなことしている場合じゃない。
「兎も角、そいつは付き合ってる訳じゃない女性といるところを撮られて過激にスパイスを加えられたのをきっかけにアイドルをやめる羽目になったんだ。そんなの嫌だからね」そう言うとあすかさんはまた、静かに微笑む。
「源さん、やっぱり見かけ通りです。とても優しい方ですね」
俺はそんな顔でとてつもない言葉をくらい、一瞬フワッとした心持ちになった。これはきつい、自惚れてしまう。俺は何とか拳を握りしめて我慢する。するとあすかさんは、それじゃあ最後に、と言って申し訳なさそうに話し始めた。
「それじゃあ、ひとつだけお願いします。サイン下さい」そう言って、あすかさんはポケットからメモ帳を出してきた。
「さ、サイン?履歴書にしかしたことないんだけど……」
そう言うと、あすかさんはメモ帳のミシン目になってるページをひとつ切り取ると、サインペンを出して、すらすらと何か書き始めた。高輪明日香。達筆でアレンジされたまるっこくかわいいサインが書かれた。
「テキトーでいいんですよ、サインなんて」そう言ってそのメモ帳を渡してきた。知らぬ間に高輪明日香さんのサインをゲットしてしまった。
俺は、わかったと言って、あすかさんのメモ帳を受けとる。そして、勢い良くこう書きなぐった。
HASUMA from 心理試験
あすかさんはとても喜んでくれた。だが、書いてから物凄い恥ずかしさが俺を襲った。
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