仙台帰還

 「いや、でもホント助かったよ。大宮駅がわからないのは本当だったからね」上野から18時ちょっと過ぎに乗った盛岡行きの新幹線はやぶさ号の中で祐夏は笑った。これは作戦があろうと無かろうと呼び出されていたんだろう。旅は道連れ。諦めて俺はおとなしく乗っていた。


 新幹線は例の大宮を発車した。次の停車駅が仙台だ。福島県を丸々飛ばしていくため一時間ほど時間がある。俺はハンドバックからノートパソコンを取り出す。


 「うわあ、凄い高そうなやつ。いつ買ったの?」祐夏が訊いてきた。


 「仕事のツールだからな。中途半端なスペックじゃDAWソフトがまともに動かないし」


 「やっぱそうなんだ」


 俺はパソコンに片耳イヤホンを着けて、早速DAWソフトを立ち上げる。楽器のデータをドラッグ、音程、メロディなんかを打ち込むだけで簡易的に曲が作れる。取り敢えず思い付いたメロディをそこにどんどん書き込んでいって、それを編集している。取り敢えず、この前思い付いたキーボードのメロディにギターとドラムを付け足していく。


 「いやあ、兄ちゃんて本当に曲を作ってんだね」


 「逆にゴーストライター雇ってこんきしか売れてなかったらゴーストライターヘボすぎるだろ」


 「だってさ、ほんとに久しぶりにあったからさ。まともになまで曲作ってるのみたのも2、3年ぶりだよ」


 「……言われてみればそうかもな」確かに、帰ってこいと言われるのも仕方ないかも知れない。俺は少し反省する。


 外を見るともう東北地方に入っていた。街明かりが関東よりも確実に少ない。横を見ると祐夏はスマホを弄っていた。誰かとラインをしているようだった。車内はまばら。俺はノートパソコンを閉じた。


 『仙台、仙台』アナウンスが流れて俺は目を覚ます。


 「兄ちゃん、一時間ちょいなのに爆睡するんだね」


 「しらんまに寝てた」ここ最近、ちょっと忙しくしすぎていたかもしれない。


 「それじゃもう行こ、遅れちゃうよ」俺は寝ぼけた頭のまま祐夏に引き連れられて新幹線を出た。すると、東京とは全く違う気温に驚く。あまりの寒さに目が冴えた。確かに、まもなく10月になるのだ。


 「げ、うえ羽織ってきてないんだけど」


 「大丈夫、とっとと駅舎まで入ろう」そう言うと祐夏はずんずん進んでいった。上野とは違い堂々とした歩きっぷりだ。


 仙台は東北随一の人口を有する都市だけあり、駅舎はでかく立派だった。改札はまだまだ帰宅中の人々がいて、かなり込み合っていた。俺らはその間を掻い潜りタクシー乗り場まで行った。


 「兄ちゃん、タクシー代払ってくれるんだ」


 「地下鉄に乗るのもだるいんだよ。もう」そういうと近くのタクシーに祐夏を押し込める。


 タクシーは15分くらいで実家に着いた。2階建て一軒家。もう暗くなった住宅街のなかで、窓から煌々と光を漏らしていた。俺は正直懐かしさを憶えた。


 「……祐夏、入れよ」何故か玄関先で立ち止まったので催促する。


 「いや、こう言うの普通久々に帰ってきた方が『お久しぶりです!』って入ってくのが普通じゃない?」


 「いや、家に入る順番なんてあるのか?んな堅苦しい家じゃないだろ」


 そんなふうに揉めていると、扉を開けるより先に、向こう側から扉が開いた。母がいた。


 「お帰りなさい。早速なにやってんの?」


 俺は少し驚きながらも、軽く会釈して「ただいま」と言った。


 「早く入りなさい。晩御飯、まだでしょう?」そう言って母は微笑んだ。


 親父も含めて、ダイニングテーブルの椅子に四人座った。夕御飯は懐かしいメニューだった。別に仙台らしいメニューが並んでいる訳ではないが、家の味と言った感じだった。家で浸けたたくあんが旨い。


 親父が「お前、祐夏から聞いたがなんか仲間を作ったって言ってたな」と訊いてくる。


 「メンバーを増やしたんだよ」


 「ほお」親父は興味あるのかないのかわからない返答をする。そこで母さんが話を挟む。


 「そう言えば、メンバー増やしたって言うけど、音楽活動でなんか発展はあったの?あまり言いたくはないけど、儲けられないと意味がないわ」


 「進展か」俺は考える。そして、この3人に言ってないある重要なことを忘れていた。


 「そう言えば仙台ループでフェスに出るんだった」


 そう言うと、3人とも箸を止めて、「は?」と言った。そりゃそうだ。仙台でライブするなら真っ先に家族に言うべきだった。いや、まあ今日の話なんだけれども……。


 「え、ホント?兄ちゃんループ出るの?いつ?」祐夏はいきなりワクワクした声で訊いてくる。


 「12月21日だよ。仙台のルーキーが集うっていうライブ。招待されたんだ」そう言うと、母さんはいきなり泣き出した。


 「え?」


 「いや、母さん、ちょっとさ、蓮磨は音楽を遊びでやってるんじゃないかって思っていたから、そんなライブ会場に招待されるなんて嬉しくて」そう言ってくれた。俺はなにも言えなかった。俺こそ、今までろくに親と連絡してなかったからだ。しかし、親父が小さく呟いた。


 「楽しいってだけで、こんなに曲を作れるわけないよ。まずは一歩って感じだな」


 俺は、親父に軽く会釈した。


 「ありがとう」

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