『兄ちゃん、ちょっといま東京にでてんだけど、迷子になってる』


 電話に出るなり祐夏はこう言った。


 「まて、まずはお久しぶり、だろ。あと何故東京にいて、いまどこにいるかを述べてくれ」説明の全く無い台詞に俺はいつも戸惑う。


 『いや、高校のクラスメートと入試とかの前に卒業旅行しようってことになってさ。んで、終わったら現地解散になっちゃった訳。友達はみんな現地の親戚に会いに行くって言うから仕方なく私一人で帰ろうと思ったんだけど、迷子になっちゃって』


 「いや、お前スマホのマップ使ってるだろ?」


 『見てもわかんない』祐夏は言いきった。昔から本当に方向音痴だ。去年の修学旅行での梅田ダンジョンがトラウマになってしまっているから、東京で行き倒れられても困る。迎えにやってやろう。


 「で、いまどの辺にいるんだ」


 『んとね、ひぐれざと』


 「日暮里にっぽりか。結構遠いな、ちょっと一時間はかかるぞ」このアパートは蒲田にある。


 『いいよ、駅の前のカフェで待ってるね』


 「ああ、了解。そこ動くなよ」俺はコートに身を通した。日が暮れ始めていたので外は寒そうだった。



 JR日暮里駅に着く。蒲田からみたら日暮里は品川、丸の内、上野の向こう側ということでもはや東京の端というイメージがあるが、そんなことは全くなく都会である。というより、さらに北上していってもまだ埼玉の大宮があったりするのだから、本当に関東の街は広い。日暮里はその他成田空港との鉄道接続駅ということで人の流れも多い。そんな流れを掻い潜って駅前のカフェにたどり着いた。店に入るとレジでウィンナコーヒーを受け取って祐夏を探す。すると窓側のカウンター席に姿を見つけた。


 「久々。おしゃれしてるじゃん」俺がそういうと祐夏は俺をみてきた。


 「あ、お久しぶり。いやあ、今日はライブだったからね」


 「ライブで日暮里にいるってことはさいたまスーパーアリーナか。誰か来てたっけ」


 「ジャッジメントだよ」


 「ジャ…、ジャッジメントか」俺はびくりとする…ジャッジメントとは間違いない…須川は結成時に加入して、瞬間ぐらいに脱退したアイドルグループだ。祐夏がファンだとは知らなかった。結成は3年くらい前だというから、俺はもう大学で家を出てたから知るよしもないか。


 「知ってるんだ?そりゃあ知ってるよね、兄ちゃんは」


 「ん?」祐夏は意味ありげにニヤつく。「まさか、お前須川を知っているのか?」


 「やっぱり、兄ちゃんとコンビ組んだ直泰くんって、あの直泰くんなんだ!当時は直泰くん推しだったんだあ。懐かしい!というかなんで兄ちゃんが直泰くんと?」


 「バイト先の友達だったんだよ。そしたら、須川が俺と音楽をやりたいって言ってくれてよ。ベースを聴いたらもう一発でオッケーしたんだよ」


 「ええ?直泰くんが兄ちゃんと組みたいって言ったの?不思議」


 「不思議って失礼だな」そういうと、祐夏は少し笑顔を崩す。そして小さな声で訊ねてきた。


 「それでさ、直泰くんって、そんな脱退しなきゃいけなかったほど酷い人なの?」


 「須川は悪いやつじゃないよ。素直だし、俺を励ましてくれたりもする」


 「やっぱりそうなんだ。じゃあなんでメディアからあんな酷い言われ方するんだろ」


 「まあ未成年飲酒や喫煙は本当のことだからな。本人は深く反省していたけどな。有名人だからこそエグいほどのスポットライトを浴びてしまったんだ。だからこそ俺には同じ失敗をしてほしくないとさ。けれどホテルで美女と密会したって雑誌乗った時のやつは、あれマジで姉と弟とでホテルで寿司食ってただけらしい。偶然姉と一緒に外出た時にまるで彼女とセックスしてホテルから出てきた風に報道されたってブチギレてたし」


 「ええ、それで脱退したの?酷い」祐夏は落ち込んでいた。ファンでさえこんな落ち込んでんだ。本人は表面からは計り知れないほど深く傷ついているはずだ。


 「でもそんな須川がまた音楽で再起しようって踠いてんだ。祐夏も心理試験の須川だけでも応援してやってくれ」


 そういうと祐夏は笑った。


 「兄ちゃんを応援してたら、直泰くんもやってきただけだよ」


 俺は妹からそんなことを言われて思い切り抱きしめたくなったが、なんとか我慢して「まあ、俺も祐夏の大学入試応援してるよ」と言った。


 「うわあ、応援を鞭で返してきたあ」祐夏は苦笑いした。


 「…っと、ところでなぜ祐夏は日暮里にいるんだ?」俺は本筋の質問をする。


 「うんとね、なんか大宮駅ってとこから新幹線乗れば良いらしいんだけどね、全然辿り付かなくて」


 「そりゃあね、逆の方来てるからね」そういうと祐夏は大袈裟に「マジで?」といった。


 「仕方ない。こっから仙台帰るんだったらだったらもはや大宮より上野から新幹線乗ったほうがいい。連れてってやるよ」


 「ありがとう。ところでね、実は今日はお母さんからもミッションをもらってんだ」そういうと妹はワクワクしながら手元のハンドバックを漁る。


「ミッション?」なんのことか全くわからなかったが妹が出してきた紙をみてマジかと呟いた。それを祐夏は丁寧に読み上げた


 「明日は月曜日ですが奴がバイトの休みであることは知っています。ライブのついでにどうにか奴と会い一年半も帰ってこないほど忙しいのか問い立てて帰還させなさい。資金は支給する」


 「嵌められた」俺は祐夏を見る。


 「私を心配してくれてありがとう。兄ちゃん」笑顔を炸裂させて、してやったりの笑い声をあげていた。しょうがない。俺も一旦仙台に着いて行くことにしよう… …。




※前話投稿時点ではで消えない夢を配信した日を須川加入の2日後としておりましたが翌日日曜日と訂正いたしました。

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