新曲

 須川が加入したことを報告した日の翌日日曜日、『消えない夢』を配信開始した。早速、Twitterやアプリのコメント欄にコメントが届いた。


 『匿名:ベーシストを雇ったとのことですが、特段前と変わらないですね。それと、メロディとしてもやはり〔知らない〕からの下り坂が歪めませんね』


 『仮面ラーメン:ベースは意外に悪くない。ただ、心理試験って感じがしない』


 『ルークスカイウォーター:カス』


 「やっぱレビュー欄って酷いっすね」バイト終わり、俺の部屋にいた須川が呟いた。


 「いつもこんなもんさ」そして俺はTwitterのダイレクトメッセージを見る。するとそこにはあすかさんの名前があった。正直、見るのがちょっと怖い気もしたが思いきって開いた。


 『お久しぶりです。まさか心理試験がソロからコンビになるなんて思いもしてなかったです。今まで心理試験として活動していた方が源蓮磨さんといったのですね。改めて、今までの活動で私は気力を貰っていました。ありがとうございます。そして、これからベースが生の音になるって言うことで新曲を聞いたら、なるほどって思いました。凄い世界観に合ってる!バンド好きの私からすれば、メンバーが増えたりするのは当たり前のことだと思っているので、これからも心理試験の変化を楽しみつつ、ライブを楽しみに待っています。』


 「このあすかさんってナワアスのことすか」


 「まあそうだね。良かった、肯定的で」


 「確かにそうっすね。俺が例えばナワアスから不純物質扱いでもされたら、立ち直れないかもしれないっすよ」


 「良かったな」俺は須川の肩を叩く。


 「はっさん、もう一つダイレクトメッセージが来てますよ」


 「あ、ほんとだ」俺はそのメッセージを開く。


 「あれ、これライブハウスの人っすよ」須川が指摘する。俺は急いでそのメッセージの発信者を見る。


 ライブハウス仙台ループからだった。


 「仙台って、確かはっさんの地元っすよね。このライブハウス知ってます?」


 「知ってるよ。仙台ではそこそこ有名だ。一体全体ライブハウスがなんで俺らなんかに……」少々ワクワクしながらメッセージ本文を開いた。


 『はじめまして。ライブハウスの仙台ループ、管理人の菊水です。心理試験さんの楽曲は以前から度々チェックさせていただいておりました。特に二年ほど前に投稿されていた「今夜街路樹の下で」を聴いた時はすぐにでも我がライブハウスに招待しようか迷ったほどです。ただ、失礼な言い方ではありますがまだあの頃では「招待してもこちらには利益がない」ような状態でした。もしもあなた方が料金を払って利用したいと言ってくれたなら喜んでお貸ししようと、その程度の気でいました。しかし今回の楽曲「消えない夢」が発表されてから、当ライブハウス内の人からも「仙台のルーキー」だと言う声が高まったんです。ベースの加入もとても上向きに評価されています。そこで、今回、12月21日、日曜日に開催する「仙台ループルーキーフェス」に心理試験さんを招待しようという運びになりました。もし都合が良ければ、ライブハウスの電話番号に連絡お願いします』


 「招待……!」俺は大きな声で呟く。


 「やったじゃないっすか!」須川は大声を挙げて喜んでいた。


 まさか地元のライブハウスからお呼びがかかるとは思っていなかった。だが、なんだかんだで仙台愛をもつ俺からしても、とてつもなく嬉しい誘いだった。


 俺は早速、喜びで少し震える手でライブハウスの電話番号を押す。


 『はいこちら仙台ループです』ちょっと高めの男の声がした。


 「はい、私、心理試験の源蓮磨と言います」


 『心理試験さんですか!お電話お待ちしておりました。早速ですが、12月21日はご都合大丈夫でしたでしょうか?』


 「はい、大丈夫です」俺はきっぱりと言った。


 『そうですか。良かったです。仙台ループルーキーフェスは全部で7組の仙台及び宮城県出身のアーティストが出るメジャーデビュー前の限定フェスです。心理試験さんには今回オープニングで20分演奏して貰うつもりです』


 「オープニングですか!?」さすがにオープニングだとは思ってなかったので聞き返す。


 『ええ、実は消えない夢を特に気に入ったスタッフがいましてね、是非オープニングにと推されているんですよ。大丈夫ですか?』


 大丈夫ですか?だいじょばない訳がない。俺は言いきった。


 「是非、お願いします」


 『……ありがとうございます。それではまた何かありましたらこちらからお電話差し上げます。それでは当日お会いしましょう』


 「はい、こちらこそよろしくお願いいたします」


 そう言うと電話が切れた。横で聴いてた須川も喜びを爆発させた。二人でぱしんとハイタッチを交わした。


 「よっしゃあ!」



 「じゃあはっさん、俺もライブに向けて練習したり、曲がりなりに曲を作ってみたりしてみるよ」


 「おお、おねがいな。いや、ほんと俺ら二人で上手くいけそうだな」俺は本当に須川がいてくれて良かったと思う。


 「まあ、油断はしないようにしていきましょう。それじゃあ、またバイトで会いましょう」


 「ああ、気をつけて帰れよ」俺はそう言って玄関口で須川を見送った。


 誰もいなくなった部屋。だがいつもにもましてこの部屋には熱気が籠っている。遂に夢が実現するのだ。その喜びでともかく一杯だった。


 そんな喜びのなか、スマホが着信を告げた。誰だろうと思いスマホの画面を見ると、そこには『源祐夏ゆうか』の文字があった。妹だ。


 面倒臭そうな嫌な予感を感じながら、俺は電話に出た。

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