結成
10月1日。電子メールで須川からベースの音源が届いた。俺は早速その添付データを開く。デモ音源と合わさった少しアレンジをかけた須川の音に俺はビックリした。あいつはベースがこんなにうまいのに隠していたのか。俺は是非生で演奏を聴いてみたいと思った。
「俺を心理試験にいれて下さい」
彼が何故そんなことを思ったのかは知らないが、俺はあの時、その申し出を保留していた。「一人でやる音楽でどこまで行けるか」という考えもあったからだ。しかし、こうやって須川の音が俺の曲に合わさったのを聴いて、俺の作った曲がまるでレベルアップしたような感覚に、彼の申し出を断る理由は無くなったような気がした。
俺は早速須川に電話する。
「おはよう」
『おはようございます』須川はやや緊張気味に挨拶してきた。俺ごときに緊張すんじゃねえよと思いながら電話を続ける。
「今日はバイト無いんだっけ?」
『今日は有給取ったんすよ』
「そうか……。いや、さっき送って貰った音源聴いたよ。お前マジでベース上手いじゃん!なんで言ってくれなかったんだよ」俺が訊ねると、彼はやや口ごもった。そしてこう切り出した。
『いや。今のバイトではっさんと会って、はっさんが心理試験っていう名前で音楽作っていることを知ってから、俺こんなに音楽に熱をいれてる人にベースの演奏を見せびらかすなんて出来っこなかったんすよ』
「そんな風に思ってたのか?」俺はちょっと入れ込みすぎじゃないかと感じた。
『そうっすよ。いつからか心理試験が羨ましいと感じるようになったんです。俺、楽器は弾けても曲は作れないんすよ。だから自分で曲を作ってそれをギターと歌でかき鳴らしているはっさんが、羨ましくて仕方なかったんです。それなのに、バイトではいつもポーカーフェイスで、しかも優しくてかっこ良くて、俺ははっさんと仕事していると思うといつも心強かったんです』
「いや、誉めすぎだろ」
『本音っすよ。だから俺はぼうっと思っていたんです。はっさんが作った曲を演奏してみたいって。なんなら心理試験の専属ベーシストとかできないかなってね。まるでコバンザメっすよ』
「なんか、須川らしくないぞ?」いつもと感じが違う須川に俺は戸惑っていた。
『らしくないっすか?俺はアイドルという夢を叶えた瞬間落ちていった人間です。それなのに音楽っていうものにはおさらばできていない意地の悪い男ですよ』
「須川、それだけ音楽が好きだということだろ。それにお前、作曲ができないとか言っていたがホントにそう思ってんのか?」
『ええ』須川はそう言いきった。
「それじゃあ『消えない夢』の1番と2番の間にいれたあのベースのメロディはなんだ」
『ああ、あれっすか。ノリっす。考えて弾いたものでは無いですよ』
須川は苦笑いしていた。これで確実に俺は気がついた。須川は即興で魅せる曲を弾いてしまう恐ろしい男だと。俺はだから、ライブで即興ギターソロを弾いては魅せ続けた『リッチー・ブラックモア』に掛けて、こう呼び掛けた。
「これは、俺の勧誘だ。お前は9月27日付けで心理試験のメンバーインしていたことにする。リッチー須川」
『は?』須川は不思議そうな声をだした。
「即興で弾くっていうのは俺にはできない特技だ。ライブをするなら須川が必要になってくるかもしれない。やってくれるなら、しっかり頼む」
『え、マジっすか!そう言われると嬉しいっす!』須川はそう言うと一回声を切った。そしてこう言い出した。
『ただ、リッチー須川はダサすぎっす。俺の本名は
「大丈夫なのか?アイドルファンとかだと、お前の名前で正体に気がつくかもしれないぞ?」
『大丈夫っす。心理試験をやるならば自分を隠していたくないっすから』
「そうか……。それならこれからは心理試験は個人名じゃなくてバンド名だ。俺もこれからは蓮磨でやっていくよ」
『はっさん、ホントに良いんすか?心理試験っていう名が自分の物じゃなくなるんすよ。嫌なら嫌って言ってください』
「それなら直泰が新しく心理試験を完成させてくれ。そう言うことだから」
『わかりました。こうなったら後悔させないように頑張ります。これから、宜しくお願いします』
そして、俺は電話を切った。早速配信サービスのアーティストページを更新しないとと思った。
『いつも応援ありがとうございます。心理試験です。実はご報告があります。9月27日付けで、心理試験はソロアーティストの名義ではなく、二人での合同ネームとなります。元々心理試験として活動してきた私はこれから本名の蓮磨として活動します。そして新たにベーシストの須川直泰が加入しました。これから心理試験は新しい音を取り込んで進化していきます。そしてライブ、インディーズを目指して走り出していきます。今後とも宜しくお願いします』
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