9月27日④

 俺らはカツ丼を食べ終わり、時計を見た。時刻はまだ夜8時手前だった。


 「須川、どうせならスカイミュージシャンパーティーみてけよ」


 「そうします」そう言うと須川はさっき渡した缶ビールを開けて飲んだ。


 「付き合いダリいと思ったらすぐ帰れよ」


 「ダリいと思ったら秒で帰るんで大丈夫っすよ」


 「けどまだ少し時間あるな……」俺もビールに口をつける。地味に1ヶ月ぶりのアルコールだが、まあ不味くないと感じるのは相手がいるからだろうな。


 「それならさっきはっさんが買った雑誌でも読みましょうよ。案外心理試験のこと言及してたりして」


 「それじゃあ今までスカイミュージシャンパーティー断っていたのがアホみたいだけどね」


 俺はハンドバックの中からさっきの雑誌を取り出す。そして、巻頭から始まる高輪明日香へのインタビューを読む。インタビュー時期は今月のお詫びのやり取りのすぐ後ぐらいらしい。少しホットしながら、本文に目を通した。〔ラッキーカラーズセンター、高輪明日香独占インタビュー!〕の躍り文句と共に、椅子に座ったあすかさんが写っていた。にこやかに笑う姿にはどこかプロを感じる。



 (インタビューアー)忙しいなかインタビューを受けていただきありがとうございます。それでは、本日は宜しくお願いします。


 (高輪明日香)宜しくお願いします。


 (イ)いやあ、本当にここ最近のラッキーカラーズの快進撃には目を見張るところがありますね。そんな大人気のグループのセンターということで、高輪さんには相当なプレッシャーがあると思いますがいかがですか?


 (高輪)私たちは5人で支え合いながら活動をしています。だから、名目上わたしがフロントみたいな感じですけど、プレッシャーはみんなに等しくかかっていると思いますよ。


 (イ)そうですか。ところで、今高輪さんは自分のことをフロントと言いましたが、ラッキーカラーズではセンターとは言わないのですか?アイドルでは珍しい気がしますが。


 (高輪)あ、すみません!私実は昔からバンドとかばっかり追いかけていたせいで、真ん中の人のことはフロントって言ってしまうんですよね(笑)。ラッキーカラーズでも、私のことは一応センターとしています。


 (イ)そうなんですね。ところで今、高輪さんは昔からバンドを追いかけていたと言いますが、具体的にはどんなグループが好きなんですか?


 (高輪)好きなバンドと言っても結構幅広いですね。Galileo Galileiとかも好きですし、凛として時雨も好きです。あと、あまり知り合いには言えないのですが、少しメタルっぽいのも好きですね。


 (イ)メタラーの私からしたら、メタルは知り合いには言えない音楽だというのには風評被害を感じますがね(笑)。


 (高輪)すみません(笑)。


 (イ)まあ、それは置いといて、そんな音楽が好きな高輪さんですが、今特に気に入ってるっていう曲とかアーティストっていらっしゃるんですか?


 (高輪)特に気に入ってる、ですか。……そうですね、実は去年、無名のアーティストのとある曲がとても胸に突き刺さったんです。そのアーティストはバンドじゃなくてシンガーソングライターなんですが……。


 (イ)無名のアーティストですか。一体誰ですか?


 (高輪)それをここで言うわけにはいかないんです。そのアーティストはともかく、自力でライブを開いて、自分のファンだけで成功させたいって考えてる方らしいんですよね。正直私はここでアーティスト名をあげて大好きですって公表してみんなに拡めたい気持ちでいっぱいなんですけど、それをしたらあのアーティストは怒ると思うので控えます。まあ何て言うかとてもカッコいいアーティストです。


 (イ)とても熱の入ったシンガーソングライターの方ですね。私個人としてもとても気になるところですが、残念ですが深追いはやめましょう。ここからは音楽以外のことで聞いていきましょう。


 (高輪)はい。


 (イ)音楽以外で、なんか趣味みたいなのはお持ちなんですか?


 (高輪)そうですね。私、結構アウトドア派なんですよ。冬場は特にスキーをしに泊まりがけで山形県の蔵王に行ったりしますね。


 (イ)友達とですか?


 (高輪)いえ。友達にもメンバーにもスキーが好きな人がなかなかいなくて、一人でいくのが殆どですね。その代わり気兼ね無く好きなコース滑れるので、楽しいですよ。


 (イ)意外な一面ですね。スキーですか。私は全くできませんね(笑)。


 (高輪)まあ、出身が山形なので結構スキーが身近にあったんですよ。


 (イ)そう言えば山形出身でしたね。東京に来てもう5年と聞きますが、こっちの暮らしには慣れましたか?


 (高輪)だいぶ慣れてきました。ただ、冬に雪が降らないのにまだ少し違和感がありますね。


 (イ)東京は少し積もったらもう大混乱ですからね。


 (高輪)そうですね。ちょっとの雪で渋滞が起きたときは焦っちゃいました。


 (イ)あるあるですね。さて、今日はいろいろなことをお聞かせさせて頂きましたが、最後にこれからの抱負みたいなのをお聞かせください。


 (高輪)そうですね…。「夢は終わらない」っていう気持ちでこれからも前へ前へ進んでいきます。皆さん、これからも宜しくお願いします!


 (イ)はい、重ねがさねですが今日は忙しいなか、インタビューに応えていただきありがとうございました。


 (高輪)はい。ありがとうございました。



 俺は雑誌を閉じた。しっかりと俺の存在をカモフラージュしてくれていた。俺はよかったと呟いた。


 「はっさん、カッコいいアーティストだってよ!ナワアスが心理試験を」須川は何故か興奮気味に言う。


 「なにホップアップしてんだ」


 「いや、ホントはっさんはクールだと思うよ。こんなこと人気アイドルに言われたら普通浮かれると思うけど」


 「まあ、嬉しいことには嬉しいけどね。ただ、ファンのなかの一人に誉められて浮かれて、作品が駄目になってしまったらアホでしょ」


 「そんなもんすかね」


 「今はな」俺はふっと息を吐いた。「だけど、Galileo Galileiと凛として時雨が好きだって言うのは嬉しかったな」推しが推されるのはシンガーだって嬉しいものなのだ。自分のルーツが誉められているみたいで心地良い。


 「確かに、はっさんGalileo Galilei押しっすもんね。案外、はっさんとナワアスって似た者同士なのかもしれないっすよ」


 「それならそれで良いな」思わず俺はニヤリと笑った。


 「そうそう、たまには浮かれるのも大切っすよ。モチベーションがあがりますから」はっさんはまたビールを飲む。「ウマー!」


 俺は時計を見る。まもなく9時だ。スカイミュージシャンパーティーが始まる。

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