9月27日③

 「結構綺麗にしているんっすね」


 須川は3階建ての中規模なアパートの2階にある俺のワンルームの部屋に入るなりそう言った。


 「そうか?」


 「でもさすがにディスク回りはパソコンの配線とか楽器のとかでごちゃついてますね」


 「まあ、そこはもうそれ以上無理だろ。この部屋の大きさじゃ」そういうなり俺はデスク横に置いた小さなちゃぶ台の座布団に座らせた。


 「しかし、CDラック以外は大して趣味のものも置いてないっすね」


 「引き出しにニンテンドースイッチも入ってるぞ。やるならだして良いよ」


 「いや、取り敢えず、申し訳ないっすけど飯頼みませんか?」須川は申し訳なさそうに言う。


 「確かに、腹減ったな。なに食いたい?」


 「カツ丼がいいっすね」


 「じゃあカツ丼二つ頼んどくか」俺はスマホをいじって、カツ丼二つを頼む。家で音楽に没頭するとき、本当にフードデリバリーは助かる。家にこもり作曲して、気が向けば気楽に出前を頼めるこの時代は本当に自分に向いている。


 俺は注文を終えると須川の向かいに座る。すると須川はかしこまったように「急かしてる訳じゃ無いんすけど、まずは白状っていうのお願いします。モヤモヤな感じで飯食うのもあれなんで」


 「そうだな」俺はふっと息を吐く。江戸川コナンが服部とかに正体がばれたときの気持ちが何となくわかった。


 「実はな。今日のスカイミュージシャンパーティー、俺出演する予定だったんだ」


 「え、マジっすか!」何かあると読んでいた須川でも、出演とまでは思ってなかったらしい。「じゃあなんで今日はこんなとこにいるんすか?」


 「断ったからだ」


 「は?」須川は怪訝な顔をした。「ちょっと意味わかんないんすけど」


 「まあまてよ。この話には実はあすかさんが深く関わってくるんだよ」


 「ナワアスが」


 「ああ。まず正直にいうと、あすかさんは俺のファンなんだ」


 「ナワアスが、はっさんのファンってことっすか?」


 「信じられないかもしれないけど、そうだ」自分自身、今でも信じきれていないぐらいだ。


 「いや、でもあり得ない訳じゃ無いっすよ。ネットのお陰で昔に比べてアマのアーティストが注目を浴びやすくなってるご時世ですし。俺だって偶然ネットで知った無名のロックバンドが、いつの間にかメジャーデビューしていたことだってありますし」


 「須川は話をちゃんと受け止めてくれるからスムーズで良いな」


 「はっさんを疑う理由もないっすし」


 「いや、ホントありがたい。……まあ、そう言うことであすかさんが俺の『知らない』っていう曲が大好きだそうで、あの番組の〔わたしの思い出の曲〕っていうコーナーで紹介&本人登場をやるっていうことだったらしい。でも俺はテレビ出演とかはライブとかで成功して自力で掴み取るものだってそれをはねのけたんだ」


 「うわあ、はっさんらしいっちゃはっさんらしいけどナワアス相手にそれやるって軽く事件っすよ」


 「まあ、失礼なことをしたと思ってる。ただ、俺は彼女には実力でライブを開いてやる的なことを言った。したら、彼女は仮病を使ってでもライブに来てくれると言っていた。だから、そんなファンのためにも、俺は頑張るよ」


 「せっかくめぐってきたチャンスをも捨てて、夢を追いかけるんすね」


 「そうしないとスッキリしないだろ?」俺は笑って見せた。すると須川はニヤリと笑った。


 「なら、チャンスは絶対にもぎ取ってくださいよ?」


 「ああ、当たり前だ」俺は胸を張った。そのために俺は音楽を作っているのだから。


 「……ところでさ」俺は改まって須川に質問する。


 「どうしたんすか?」


 「今の俺とあすかさんの、この差って一体なんだと思う?」


 俺は須川に注目する。業界の先輩は一体どんな返答をくれるのだろうか?思わず真面目な顔になる。


 「今の差、それは……そうっすね」


 「それは?」


 「ビジュアルっすね」須川はきっぱりと言った。部屋には、インターホンの音が響いていた。

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