9月27日②

 「じゃあ、はっさん、お疲れ様です」須川は俗に言うシティバイクのような自転車に股がり、手を振ってきた。


 「ああ、お疲れ」俺も手を振り返す。それからグッと背を延ばす。さて、近所の本屋にでも寄ってゆっくり歩いて帰るか。


 その本屋はどこにでもある大手の本屋だった。規模はJRの高架下にしては大きいぐらいで、まあざっくり見て回るのには丁度良い規模だ。


 時間は夕方5時過ぎだった。徐々に帰宅する人が道に増えてくる頃だった。俺が本屋に入ると仕事を終えたばかりの人々がかなり入っていた。


 俺はいつものように音楽雑誌のコーナーへ行く。DAW(デジタルオーディオワークステーション。デジタルで曲作りができるシステムの総称)のガイドブックやボーカルシンセサイザー(ボーカロイドなどが有名)のスタートブックなど誰もが手をだせる自作曲へのアプローチの本が並ぶなか、昔からある不動の人気音楽雑誌たちも並べられていた。そのなかでも特に有名な雑誌を見つける。その表紙には一人の女性が大きく載っていた。それこそが高輪明日香だった。その写真の横には『時代を代表する本格美少女アイドル、高輪明日香にロングインタビュー』とかいていた。思わず俺はその雑誌に手をだした。俺の歌を気に入ってくれるようなやつだ。もしかしたら思考とかも参考になるかもしれないと思ったのだ。


 そして、その雑誌を手にした時、「あれ、はっさんじゃないっすか」とさっきまで一緒にいた男の声がした。


 「おお、須川か」俺は明らかにビビっていた。手にしていた雑誌をもとに戻す。「もう帰ってたと思ってたよ」


 「漫画を漁ってたんすよ。本屋でピックアップしてる本は名作が多いっすからね。おもしろそうなの見つけたらKindleでポチるんすけど」


 「そんなだから本屋が廃れるんだよ」俺がそういうなり、須川は俺がさっきまで手にしていた雑誌を見つめていた。


 「あれ、もしかしてはっさんってナワアスのファンなんすか?」


 「ナワアス?」思わず俺は聞き返す。


 「あ、違うんすね。ナワアスは高輪明日香のナワとアスをとってナワアスっすよ。ファンの間ではそれが一般的な呼ばれかたっぽいっすけど」


 「なんか魚みたいだな」


 「そんなこと言ったらファンからボコられますよ。でもならなんでナワアスの表紙をガン見してたんすか?」


 「いや、まあね。うん」俺はなんて返答するか考える。「いや、あすかさんはなんつうか同じ志を持っているなあ、っていう感じで」


 「なんすか、それ」


 「あ、て言うかやっぱりすごい人気だよな、ははは」俺はなにをどうしようとしているのか、自分でもわからなくなっていた。


 須川は釈然としない顔で「そう言えば、今日らラッキーカラーズも出ますよね」と訊ねてきた。


 「そうだね」俺はぶっきらぼうに返答する。すると突然、須川は鋭い目付きで俺を睨んできた。


 「はっさん、なんか俺に隠してないっすか?」


 「え?」俺はたじろいだ。なんかミスったのだろうか?俺は記憶を巡らす。……いや、色々怪しい言動していたな……。


 「今日のスカイミュージシャンパーティー、なんかはっさんに関係あるんじゃないすか?今日の昼、俺がスカイミュージシャンパーティーの話題だしたころからなんかへんな感じでしたもん」


 これ以上この人混みのなかでとやかく言われるのも大変だ。仕方ない。俺は須川の肩に右手を置いた。


 「須川、暇ならうちに来い。Uber Eatsで好きなの頼んで良いから。そこで色々白状する」


 そういうと須川はふたつ返事で「あざます!」と言った。


 それから結局俺はあすかさんが表紙になっている雑誌を買って、須川と共に本屋を出た。JRの高架からずんずんと離れていき、閑静な住宅街にたどり着いた。丁度部活終わりの高校生たちが通りすぎていく。


 「あー、まじでナワアス可愛いわ」


 「お前、ラベンダーマインド、ナワアス派なんか。俺はジャスミンちゃん」


 そんな会話が聴こえてきた。ここまで知名度があるあすかさんが、ファンだと言ってくれている俺。しかし知名度はまるで雲泥の差だ。どうして俺はこんなに人気がなく、どうして彼女はあんなに人気なんだろうか?顔なのか?


 まあいいや、そこら辺も含めて、このイケメンに聞いてみることにしよう。俺は須川をチラッと見る。


 「どうしたんすか」


 「いや。やっぱ須川はバイトやってるような顔立ちじゃないと思って」


 「そんなこと無いっすよ。それに、俺今のバイトが大好きなんすよ」そういって意味ありげにふうっと息を吐いていた。


 「……そうか」俺はまた前を向いた。日がまもなく沈みきる頃だった。





※DAWの説明についてはWikipediaを参照しました

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