互いの夢

 9月になったが暑さは続いていた。ただでさえパソコン、電子ピアノなんかで熱された部屋は灼熱になりやすいので熱中症のリスクと電気代を天秤に掛けつつ結局はクーラーをフル回転でまわしていた。


 そんなある日、スマホが着信を告げた。誰だと思い画面を見ると、母からの電話だった。なんのようだろうと思いながら電話に出ると、母は『もしもし、元気?』と言ってきた。


 「元気だよ。で、何のよう?」


 『何のようって、仕事は見つかったのかなって思って』


 俺は思わずため息をつく。


 「まず第一に仕事なんて探してないよ。というより、今は別に親から金貰わないでやってるんだから別に良いじゃん」


 『ギリギリの生活をしてても駄目よ。せっかく大学を出てるんだから、アルバイトじゃなくて職員になったほうがいいわ』


 「いや、でも俺音楽でも稼いでるし」


 『蓮磨』すると母は話を塞いできりだした。


 『勿論夢を追いかけるのを否定するわけではないわ。でもこれから蓮磨にもパートナーができて家庭ができてってなるのよ。そのときのことを考えるべきよ』


 母が言いたいこともわかる。だが、今はそれより夢を追いかけていたいんだ。そう言えばまた喧嘩になってしまうから、俺は「わかったよ」と返答した。


 『それじゃあね、体に気を付けるんだよ。あと、たまには帰っておいでよ。東京そっちから宮城こっちって大して遠くないでしょ』


 「わかったよ。年末に帰るよ」


 『絶対よ、またね』そういうと電話は切れた。早いところ音楽で成功しないと強制連行されかねない。だが自分のプライドと理想のために、俺は少々遠回りをしているから、そういう意味ではかなりウズウズしていた。だが、自分の選んだ道なんだ。自身を持って行きたい。


 「それはそうと……」


 俺はTwitterのアプリを開く。音楽で成功するにはまずはファンを大事にしなければならない。取り敢えずあすかさんにお詫びのダイレクトメッセージを送ることにした。


 『今月27日に放送するスカイミュージシャンパーティーにてあすかさんが私を紹介して本人登場っていう企画をしようとしてくれていたようですが、この前断らせていただきました。ご存じかも知れませんが本当に申し訳ありません。私には自力でライブを開いて、ファンをつくってからテレビに出るという夢があります。その夢のために断らさせていただきました。決してあなたが嫌いだからとか、そういうわけではありません。自分勝手な理由です。ですから、今度あなたに会うことがあるとすれば、私が実力を付けた時ということになります。そのときまで、共にこの世界で戦いましょう』


 こんなものだろう。俺はちょっと長文になってしまったので恥ずかしいかなとも思ったが、悩んでいてもキリがないので思いきって送信した。すると、しばらくしてから彼女もそこそこの長文で返信をくれた。


 『いまの時点でも心理試験さんにはとてつもない実力があるとは思いますが…。それは置いておいて、心理試験さんのお気持ちは良くわかりました。冷静に考えたら、自分の立場を使って心理試験さんのファンである私が無理矢理本人に会おうなんて、それこそ自分勝手ですよね。でも、ライブを開くという夢を聞けてとても嬉しかったです。もしライブをやるというのなら、仮病を使ってでも、どこへでも飛んでいきます。楽しみにしています。それまで私もこの世界で戦い抜いて見せますから』


 俺はその返信を見て、正直テレビ出演を断って良かったと思った。なんか、夢が新しくできたような気がした。絶対にこの世界で生きていくんだ、やっていかないと行けないんだという、励みになった。そして、こんなファンがいる限り、親から強制連行される前に絶対にライブを成功させたいと強く思った。中途半端にテレビに出て、がっかりされたら嫌だ。


 ネットが大好きで、ひとりで音楽を作り続けている俺も、所詮は自分のファンの前で歌いたいと思い続ける、歌いたがりのミュージシャンなのだ。

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