第22話 先生の功績と教え子の力
異世界の学校のある場所から、今度は城下の門の前まで来ていた。高い壁で囲まれた城下は、王都と呼ぶに相応しい規模を誇っている。
その門番と思しき兵士がこちらを見るや否や。
「ひ、姫様に王子!? この様な場所へ一体如何なされましたか!」
兵士の一人が慌てて敬礼する。もう一人はどうすれば良いのか分からず右往左往しているだけだ。
「お仕事、ご苦労様です。こちらのお客様にアレをお見せしたいのですが、少しだけ外に出てもよろしいですか?」
「む、アレですな……。良いでしょう。しかし、我々の目の届くところにいて下さい。分かりましたね?」
「はい! ありがとうございます」
フェリスの礼と共に俺たちは門をくぐり外へ出る。その光景に目を奪われてしまった。
しかし同時に、どうツッコんだら良いか俺達三人は困っていた。
「巨大ロボットだ……」
「巨大ロボットだね……」
「この製作者の趣味全開な巨大オブジェは何? まあ、聞かなくても想像は付くけど」
先輩が冷静かつ辛辣かつ、どこか呆れた様な物言いをしていた。
そう、目の前には十メートル程の人型機動兵器があったのだ。
その武骨だが武人を彷彿とさせるフォルムを持つ機体は、まるで鎧武者の様な印象を受ける。
そして、肘部にはドリルが装備されており、必要に応じて拳に装着出来るらしい。
「……これ、拳にあの尖った部分が付くと、すっげえ回転して飛んでくだろ?」
「エージ!? 何で分かったんだ!? せっかく今から説明しようと思ってたのに!?」
エイルハルト……、これは日本男児なら大体が分かってしまうものなんだ。済まんな。
「まあ良い。この『魔導鋼機・エルドブラスター』はな! 十五年前、この国が魔物の大軍に蹂躙されそうになった時に起動して、その大軍を殲滅した我が国の守り神なのだ!!」
エイルハルト、男の子だけあってロボット大好きっ子らしい。彼の説明はまだまだ続く。
「その拳、『
この国の王子様が興奮しながら、自国のロボットの説明をしている。子供なので可愛げがあるのだが、まだ話を続けるつもりらしく、目をキラキラさせながら、うんちくを披露していた。
「うちの弟……、可愛い~」
「もうエイルったら。エルドブラスター大好きなんですから」
その様子を月奈とフェリスの姉達は微笑ましく見守っている。
「これだよな? 月奈……、セレネが日本に送られた後で起動したゴーレムってのは?」
「ええ、その通りです。これは賢者様の最高傑作と言われているそうですよ」
そりゃあ最高傑作だろうなあ……。もう自分の趣味と魔法理論と男の子のロマンを足して三倍した様な代物だし。
山科先生、ここにいた三年間で功績も多いが、余計なものまで作り過ぎじゃないかなぁ。まあ、これに関してはこの国を救っているので、あって良かったかもしれないが。
「これって起動出来るのか?」
「はい。起動は結構頻繁にしています」
この国の日本文化が微妙に混じり合ったヘンテコな雰囲気で騙されそうになるが、ここは魔物が生息する異世界。
つまり、日々戦いが起こっている訳だ。そんな世界で戦う為に必要な力。それがこの機体と言うことになる。
「農村から農作物を運搬したり、土木工事をしたり、土地を開墾したりですね。あ、あとは災害時の救助活動とかでも起動しますよ」
「「「へっ!?」」」
俺と月奈と先輩が揃って素っ頓狂な声で驚いてしまった。
まさかこんな平和的な使い方だと思わなかったからだ。
「作物の運搬もエルドブラスターなら、野盗に襲われる事もありませんし、土地の開墾だって巨大な岩石をものともしません!」
エッヘンと胸を張りながら、自慢げに説明するフェリスだった。
戦闘用ではあるのだが、平和利用しているって事でいいのだろうか?
「うーん、これって他国から寄越せとか言われないの? 言い方は悪いけど、どこかの大国が無理矢理でも
武宮先輩、異世界経験があるので、そういった経験もあるのかもしれない。俺はまだそこまで考えていなかった。
「ええ、そういった事を考える方も確かにいたようです」
「やっぱり……。でもちゃんとここに在るから、守り抜いているわけか」
先輩が感心したそうに呟く。だが、その予想はフェリスの次の言葉で覆される事になる。
「まだ、わたし達が生まれる前、エルドブラスターを完成させた賢者様がこう言ったそうです……」
先生、もしかして盗難防止機能的な魔法でもかけていたのだろうか?
「『このエルドブラスター、もし他国に奪われた場合……、自爆します! ですので、各国は決してエルドブラスターを奪おうなどと考えないように!』……と」
……はい!? 何それ!? 怖ッ!!
「最初は信じていない国も多かったようですが、十五年前の戦いを聞いた途端、その態度は一変しました。もし自国に持ち帰って自爆したら、被害の規模が計り知れないと理解したようです」
先生……、なんつー盗難防止措置してるんすか!?
「うーん、何となくだけど……ブラフっぽい気がするわね。先生の事だから」
先輩の言う通り、確かに先生が自分の趣味全開で作った巨大ロボを自爆させるとは考えない気がするが……。ただ……。
「先生の事だから、『ロボットと言えば自爆でしょう。ははは』……くらいはやりそうな気も」
「どっちか判断できないね……」
俺達はこのエルドブラスターの自爆に関する真相には辿り着けない。むしろ、こういった迷いを持ってしまった時点で、俺達もこの世界の各国も先生の掌の上なのだろうと納得するしかなかった。
この国の主だった場所は回り終えたが、神社っぽい場所や寺院を彷彿とさせる建築物、はたまた和風のお城のような建物があったりと、まるで外国人がおかしな日本観をもって描いた漫画の世界に入ったような気分になった。
「一体、この国って……いつから日本人を召喚してたんだろうな?」
「私が考察する限りだと……、戦国期の様な感じもするけど、下手すればもっと昔かも」
先輩の成績での発言なら、おそらく当たっているはず。
「その辺もレポートに書いたらいいかな?」
「だな。むしろネタがありすぎて、内容は困らなそうだ」
この国の見学については、かなり収穫が多かったと言える。
「では次は、こちらですね」
「こういった場所は、むしろつまらなくないか?」
フェリスとエイルハルトが案内したのは、兵士達が訓練を行う演習場。模擬戦用の木剣や木槍、相手に見立てた的など、様々な物が置かれている。
「おお! 異世界っぽい! 写真とるか」
「本物の剣と槍だ―! 初めて見たー!」
俺と月奈が興奮する中、先輩のみ冷静な表情を浮かべている。おそらく異世界帰りの人にとっては見慣れた場所なのだろう。
俺達が色々と話している中、一人の兵士が声を掛けて来た。
「王子に姫。そちらは異世界からの客人ですな。訓練場へはどういった御用で?」
「訓練中に失礼しますね。気にせずに続けて下さい。どうやら、ねえさまもエージ様もこういった場所は興味を引くようなので、しばらく見学させていただいてよろしいですか?」
フェリスの申し出に兵士は快く承諾してくれた。しばらくすると、先輩が少しばかり昔を思い出したらしく、木剣を手に取っていた。
「すいません。そこの的に軽く当ててみて良いですか? 皆さんを見ていたら久々にやってみたくなって……」
「ええ、構いませんよ。怪我をしないように気を付けてください」
兵士さんが丁寧に対応してくれていたので、先輩も少しばかり嬉しそうにしていた。
先輩は精神統一して攻撃を仕掛けようとしている。
「……はぁっ!」
先輩の薙ぎ払いは見事、木製の的に激突し――
バゴォン!!
まるで重機のアーム部分が勢いよく激突したかのような聞くだけで恐ろしくなる音が響き渡った。
「ごめんなさい……。壊してしまったわ……」
先輩がシュンとしている。人様の物を壊してしまって、本当に申し訳ないといった様子で謝ってきた。
「いえ、大丈夫ですよ。壊れてしまった物は仕方ありませんから」
そう言ってくれた兵士さんは少しばかり顔が引きつっている。
なぜなら、先輩が持っていた木剣は粉々に砕け散り、その木剣が当たった的は根元から折れて、訓練場の壁まで吹っ飛んで行ったのだ。
「せ、先輩? これって……どういう……」
「魔力を使って身体強化をしてみたのだけど……、ちょっと加減を失敗したみたい……。反省しているわ」
「先輩……、前に異世界にいた時もこんな感じでした?」
「うん。だから大丈夫かなって思って……」
そんな先輩の様子を見ていた兵士達からは……。
「あれだけの量の魔力を瞬時に使えるのか!?」
「それにあの動き……、一瞬見失ったぞ!?」
「賢者様の代わりと聞いてはいたが、さぞや名のある女傑では!?」
この人、こことは違う異世界で魔王を屈服させたのち、首根っこ引っ張って引きずり回した武宮結季さんです。凄まじい女傑なんです。
そう心の中で返答していた。そういった先輩への感想が今度は俺の方へと向いている。
「あちらの男性は賢者様の後継者らしいぞ」
「と、いうことは……、魔法のスペシャリストか!?」
……どうしよう!? 何か……俺が大魔法使いみたいに言われてる!?
「衛侍……、みんな期待の眼差しで見てるけど……、どうするの?」
「月奈……、どうしようか……」
「うーん、出来なくても、異世界人だから魔法なんて使ったことないです~。てへっ。で誤魔化したら? 実際に使ったこと無いし」
確かに何かやらないと、この場の雰囲気に飲み込まれてしまいそうだ。先生から受け取った本をパラパラと
一応、魔法が成功しておかしな場所に着弾しても良いように、兵士さんや月奈達は訓練場の中にある結界へと退避してもらっている。
前方に杖を構え、まずは魔力を自分へと集めることに全神経を集中させた。
先生が言うには自分に魔力を集めると、あの毛布で包まった時のように温かく感じる。そして魔力を集めるには自分の周囲に意識を向けて、魔力を自分の周りに引き寄せるイメージが重要。
部活での先生の指導を思い出しながら、魔力を集めようと試みる。
「これが、魔力が集まっている感じか……」
部活の指導通り、あの毛布を着込んでいる時と同じ感覚となる。驚きだが、あのふざけた指導はかなり的を射ていたらしい。
その魔力を杖へと移動させながら、詠唱を始める。
「我が身に宿るは煉獄の炎。その血、その光芒にて――」
数十秒後、詠唱が完成する。そして――
「『
カッ! ドオオオオン!!!
杖の先端より紅蓮の業火が飛び出し、訓練場の中央へと着弾する。それだけではなく、その炎は巨大な火柱となって遥か上空まで届いていたのだ。
「……おー……」
俺は魔法を使えた事よりも、目の前で起きた現象にポカンとしてしまっていた。ふと周りを見ると、俺と同じように放心している兵士達、そして。
「あ、あわわわわわわ!?」
「ううう……、ひっく!?」
双子はさっきの魔法が怖すぎて泣きそうになっている。
これはマズい!? この場を乗り切るには……、そう!
「俺、またなんかやっちいまし――」
「やっちゃってるに決まってるでしょ!!!」
月奈の全力のツッコみと共に、その拳が俺の頭へと激突する。
「何でもっと地味で威力の弱い魔法にしなかったのよ!!」
「本当に成功するとか思わねーだろうが! こっちは魔法初めて使うんだぞ!!」
俺が文句を言った後、月奈は泣きそうになっている弟と妹の方へと行き、二人へと。
「衛侍はね? 賢者の教え子だけど、賢くない馬鹿だから加減なんて分からないの。馬鹿だから!!」
そう言いながら、双子の頭を撫でて慰めている。
確かに勉強はできる方じゃないが……、これに関してはやりすぎだから何も言えねえ……。
双子が落ち着いたのを見計らって、今度は俺の方を向き。どこからかチャンバラ刀を取り出した。
「わたしの弟と妹を泣かせそうになって……覚悟は出来てるよね?」
月奈さん、いつもの構えで俺へと叫び声を上げながら突進してくる。
「キエエエエエエイ!!!」
「ちょ!? まっ!?」
紙一重で躱したが、そのチャンバラ刀の一撃は、スポンジにも関わらず地面を削っていた。
その様子を見ていた兵士の一人、初老に近い男性が。
「ほう。セレネ様は百五十年前に召喚されたジゲンリューの使い手の血を色濃く受け継いでいるようですな。異世界で育ったにも関わらず魔力も自然に扱えている。才能豊かですなあ。はっはっはっ!」
そんな評価を嬉しそうに言っていたが、俺はそれどころじゃない。
「ええい!? 『
魔法を使えるのが分かった俺は、何とか障壁を張って月奈の攻撃を防いでいた。
そんな俺達の様子を。
「久能君、初めて魔法使うのにすごーい」
武宮先輩は、パチパチと拍手をしながら俺達を眺めていた。
「感心してる場合ですか!?」
思わず叫んでしまったが、彼女は特に気にしていない様子だった。
「あの……ユキ様、止めなくて良いのですか?」
「んー……、いつも通りだから、疲れたらやめると思う」
泣き止んだフェリスが聞いてくるが、俺達は日頃からあんな感じなので止める必要はないという判断らしい。
その後、俺達は体力が尽きるまでチャンバラもどきを続けていた。
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