第23話 はじめての実戦

 俺が月奈の猛攻を耐え、双方が疲れ果てて、とりあえず休憩をしていると。


「……そういえば、お土産とかどうするの?」


 武宮先輩が不意にそんな質問を投げかけていた。


「お土産も何も……、お金持ってませんよ」


 そう、そもそもこの国の通貨は持ち合わせてはいなのだ。当然と言えば当然だが。


「んー……、じゃあ、この辺の土でも持って行く? 異世界の土だよって」

「月奈、甲子園じゃないんだからな?」


 流石に土を持って行くわけにはいかない。何かを買うにしても、まずはお金がなければ始まらない。


 そう言えば……、これってどうなのだろう?


「なあ、エイルハルト、フェリス。この杖って売ったらどのくらいになるんだ?」


 俺が持っている部活の入部記念で譲り受けた伝説の杖。実際、売る気は無いのだが、少しばかり相場が気になってしまう。


「えっと……、地方領主のお屋敷を買ってもお釣りが来るくらいの筈ですよ。そのお屋敷で2~3年は生活できると思いますけど……」

「マジか!?︎ 」


 何てこった。この杖って相当な値打ち物だったのか……。


「あの賢者様が使っていた伝説の杖、『天啓の破光』だからな。その位が妥当だろ」


 エイルハルトはそんな解説をしているが、この杖って、あんなに簡単に貰ってよかった物だろうか?


「これって……、魔法の杖としての性能ってどんなものなんだ? やっぱり魔法増幅力とかが凄まじいとか?」


 もしかしたら、この杖のおかげでさっきのヤッバイ魔法が成功してしまったのかもしれない。


「ええとですね……。この杖ですが、使い手をかなり選ぶんですよね。一定以上の魔力を扱えないと魔法の起動すらできないらしいです。その代わり、その条件をクリアすると……」

「クリアしたら?」


 フェリスの説明に食い入ってしまう俺だった。


「……使用者の技量次第ですが、世界の法則そのものを変えてしまうような強大な魔法を発動する事ができます」


 それはつまり……。


「先生って……、この杖のおかげでラブコメ魔法を作れたのか!? あれって最終的には敵に全く会わなかったり、相手の攻撃に対して最適な回避や防御ができるようになるとか……だったよな?」


 俺の発言に月奈や武宮先輩も微妙な顔をしながら納得していた。


「多分、『送還術式』にも、この杖の恩恵があったのね。だから今回は久能君に持たせたと」


 あの先生、ふざけてやっているのか、全て計算ずくでやっているのか、いまいち判断に迷う。


「でもエージ様、その杖で魔法を発動できたという事は、さっきの条件をクリアしています。と、言いますか……」


 フェリスが何やら言い淀んでいる。どうかしたのだろうか?


「エージ? さっきからエージの周りに大量の魔力が渦巻いてるぞ! まるでこの辺の魔力を根こそぎ集めてるみたいに。普通、魔力は必要な時に集めるものだぞ」


 エイルハルトがそんな事を言ってきた。


「何それ、怖い!?」


 俺としてはそんな自覚が無いのだが、二人の様子を見ると、この世界の常識に照らし合わせた時、普通の状態ではないらしい。


「多分ね、山科先生はその杖を使わせるように久能君に教えてたっぽいわ。私も今見て分かった。あの先生、あなたが魔力を常時自分の周りに滞留できる様に仕込んでたみたい」


 先輩も俺の今の状態を目を凝らして確認している。


「えっ!? 俺、部活やってたら寝ても覚めても毛布で包まれてる様な感覚になってましたけど……、それって……」

「うん、どう考えても、ね」


 うわー、あの先生、やりやがった。


「じゃあ、衛侍も賢者になれるの?」


 月奈がそんな質問をしていた。確かにこれは気になるところだ。


「エージ様の扱える魔力量は常軌を逸していますが、まだ本を見なければ詠唱もままならない様ですし、賢者様……、イツキ様のようになるには、まだまだ勉強が必要かと」

「衛侍、道のりは険しいって、頑張って!」

「頑張りたくねえ」


 月奈のエールが飛んでいたが、日本に帰ったら魔法なんて使えないし、頑張る意味が無いのだ。


「話が途中で脱線したが、お土産どうする?」

「そうだね、写真とかいっぱい撮ろうか!」


 確かに金も無いし、色々面白い物を取って土産代わりにするものありかもしれない。双子の王子様とお姫様がいくらか融通する提案もあったが、次にいつこの世界に来るかも、下手すれば一生来ないかもしれないので、そこは無しとなった。

 そして二手に分かれる事になったのだが――


「俺はエイルハルトと一緒か。どっか面白そうな場所とかあるか?」

「そうだな……、少し遠いが行ってみるか」


 俺とエイルハルトの男子チーム、その他の女子チームで別れる事になったのだ。







 エイルハルトに案内され、付いて行くと。


「ここから城下の外に出れるから、ちょっと行こうぜ」


 城下をグルっと覆っている外壁で、人が匍匐前進ほふくぜんしんで出れるくらいの隙間があるところを指差すエイルハルトだった。


「お前、そこから出るつもりだったのか? っていうか良いのか?」

「ああ、たまにこうやって外に出るんだ。城下町の外には結構面白いもんがあってさ」


 そう言って、エイルハルトはさっさと抜け出していた。月奈と双子の母である王妃も若い頃はお転婆姫で通っていたらしいが、その血を受け継いでいるらしい。


「まあいいか。ただし、少しだけだぞ」

「分かってるよ。ほら早く! 巡回の兵士が来ると、うるさいからな」


 エイルハルトに急かされるように、俺もその隙間から外に出る。


「で、どこに行くんだ?」

「少し歩いた先に、凄い見晴らしのいい場所があるんだ。シャシン取るならそういった場所が良いだろ?」


 なるほど。確かに、景色の良いところで写真を撮った方が絵になる。


「よし、そこにしよう」

「決まりだな」


 俺達は二人で並んで歩き出す。

 道はあるが、舗装されているとは言い難い土の道なので、凸凹していて歩きづらい。しばらく歩いていると地球で言う所の麦畑の様なものが見えた。その近くには家も見えているので、農村に入ったのだろう。

 その道を歩いていると、鬼気迫った悲鳴のような、何かしらの声が聞こえてきた。


「なんだ今の!?」

「あっちか!?」


 俺達がその方角に向かうと、そこには村人達が逃げ惑っている。その逃げている先を見ると――


「あれ……何だ!?」


 巨大な熊の様な、鋭い爪と牙の他に頭部に角が生えている魔物が暴れ回っていた。


「あいつは魔獣だな。凶暴性が高くて、普通の人間なんかじゃ太刀打ちできない化け物だ。この辺の人達なんて襲われたらひとたまりも無いぞ!?」


 マジかよ!? ってエイルハルトが石を魔獣に投げつけてる!?


「おい! こっちだ! 石を投げたのは僕だぞ!」


 挑発するように魔獣へと叫ぶエイルハルト。すると魔獣はこちらに気付いたようで、ゆっくりと近付いてくる。


「おい、何やってんだお前は!?」

「仕方ないだろ! 農民じゃアイツには敵わない! 少しでも引き離さないと!」

「お前、王子様だろうが! 普通こんな事するか!?」

「王子だからやるんだよ! 僕は王族として民を守る義務があるんだ!!」


 そんな会話をしているうちにも、どんどん距離が縮まっているどころか、もうヤツは目の前だ。しかもその巨大な腕を高らかにあげ、攻撃する寸前だ。


「うおお! 『障壁プロテクション』!」


 何とか防御用の魔法で俺達二人を覆い、魔獣の攻撃を防いではいた。ヤツはそれが気に入らないらしく、その攻撃が激しさを増している。


「エージ、凄いぞ! コイツの攻撃は並の魔法使いの防壁じゃ防げないのに!」

「関心してないで、コイツどうにかできないのか!?」

「兵士を呼びに行ければ何とか……」

「じゃあ、俺がこのまま、コイツの攻撃を受け続けるから、お前は――」


 さっさと兵士を呼びに戻れ。そう言おうと思ったが。


 待て。俺を襲えないとなったら、障壁の外に出たエイルハルトを襲おうとするんじゃないか?

 そんな疑問が浮かぶ。


「エージ! お前は客人だ! 僕がどうにかしてコイツを引きつけるから、エージが城下まで行ってくれ!」


 どっち道、エイルハルトが襲われる可能性がある以上、俺達二人がばらけるわけにはいかない。


「おい、エージ、早く!」

「駄目だ!!」


 俺は咄嵯に大声を出してしまう。その事に驚いたエイルハルトの顔が見える。


「良いか! よく聞け。俺はな、お前の姉ちゃんの泣き顔がこの世で一番苦手なんだ!」

「それがどうしたって――」

「お前は知らないだろうけどな。月奈は昔、実の親に捨てられたって本気で思ってたんだよ! そのせいで近所の奴らにからかわれては泣いてたんだ!」

「……」


 エイルハルトが無言になってしまう。


「事情なら俺も知ってる。誰も悪くなんてなかった。それで今、月奈は実の家族にだって会えたんだ! そのお前が怪我だの最悪死んだりしたら、あいつがまた泣いちまうだろうが!」


 そこまで言うと、エイルハルトは呟くように俺に問いかける。


「じゃあ、どうするんだ……」

「倒すしかないだろ。こうなったら」


 障壁を維持しながら、打てる手を考える。


「エイルハルト、その本の中の魔法でこいつを倒せそうなのがあるか?」


 この世界に移動する前に先生から持たされた、例の本を取りだす。

 エイルハルトがその本の中を見ていたが、ふと手が止る。


「エージ……」

「何かあったか!?」

「……この本の文字……読めない」


 そ、そういえば……、この本って日本語で書かれていた筈……。会話は自動で訳されるのに、文字は訳されないとか中途半端すぎだろ!?


「おいエージ!? どうしよう!? やっぱり二手に分かれて――」


 それは駄目だと再度言いかけたのだが……。

 二手に分かれる……。もしかしたらこの方法で行けるか?


「おい、エイルハルト……、お前、障壁プロテクションは使えるか?」

「使えるけど、僕だとコイツの攻撃は2,3回しか防げない……」

「なあ、この杖使えば少しはマシになるか?」

「杖にエージが集めた魔力が宿っているから……、それでもそんなに長くは……」

「十分だ。お前は杖のこっち側を持って、障壁を張っててくれ!」


 俺の指示にエイルハルトはその通りにしていた。杖の先、地面に付く方の辺りを持って障壁を張り続けている。

 その間、俺は詠唱を完成させるべく、集中している。

 そして唱えるべき魔法が完成する。


「エージ……、もう無理……」


 エイルハルトが攻撃に耐えきれず、障壁がパリーンと硝子が割れるような音とともに破壊される。

 それと同時に、俺は杖を掴み、仕込み杖になっている刃の部分を抜き放ち、魔獣へと一直線に向かって行く。ヤツは俺を自分の爪の餌食にしようと攻撃してくるが、それを紙一重でかわしていく。

 武宮先輩のスピードに比べたら、まだ眼に見えるだけマシってモンだ!!

 そして杖で横薙ぎを仕掛ける。ただし、それだけじゃない。杖からは魔力で形作られた刃が伸びている。

 それを見てエイルハルトが目を見開いている。


「グアアアアアアアッ!?」


 俺の杖で両断された魔獣の断末魔が辺りに響き渡っていた。


「せんせー、これも計算ずくで教えてたんですか……。ってか竹光に使ってもこの斬れ味ってヤバすぎ……」


 魔獣の脅威が去った俺は、崩れ落ちる様にその場に座り込んでいた。最後に使った魔法、それは――





「この『光刃』。昔、僕が最も得意とした魔法です。ほら普通、魔法って後方で使うでしょう? これは一応、接近戦用の魔法ですが、使い手があまりいないんですよね。その分、相手の意表を突くにはぴったりでして。使用する魔力量によってはそこらの剣なんて比べ物にならない斬れ味になります」


 先生がその接近戦用の魔法についての説明を行っている。


「それを使うから、この伝説の杖をわざわざ仕込み杖に改造したんですか?」

「ええ。あちらにいた時は、剣と魔法で頑張っていました。ま、なんでもできた方が有利ですし。僕が接近戦をできないと思っているのなら猶更」


 この先生、かなりのペテン師かも知れない。そう思った瞬間だった。







 そんな事を思い出していると。


「戦うのこええええ!? うわ!? 今になって震えが……!?」

「エージ、大丈夫か?」

「そっちこそ怪我無いか?」


 二人でそんな会話をしていると、なにやらガコンガコンといった音が聞こえて来た。


「えーいーじー!! 何があったのーーー!!」


 音のする方を向くと、エルドブラスターと共に月奈達が俺達の方へと向かっていた。どうやら、逃げていた人達の一人が城下に行って通報したらしい。

 そして、俺達と近くに転がっている魔獣の亡骸について説明すると。


「衛侍! 何やってるの!? この馬鹿あああああああ!!」


 思いっ切り泣かれながら、怒られた。でもさっきより全然怖くなかった。むしろ愛おしく思えた。


「良いのか? 姉上泣かせてるぞ……」

「これについては勘弁してくれ……」


 エイルハルトとそんなやり取りをした後、みんなで城下へと戻ったのだが……。


「本当にゴメンなさい……」

「ごめん……」


 俺達二人が揃って頭を下げていた。

 幸い、死傷者も出なかったので、お咎めなしとなったが、俺達二人は王妃様に呼び出され、お説教を受けることになってしまった。

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