第21話 異世界観光

 翌朝、ベッドで夢現といった感じで目を閉じていた。ここは異世界の城の中。つまり今日は月奈が起こしに来ることは無い。

 美人のメイドさんが優しく起こしてくれるはずだ。そう思っていた。だがそれは甘い認識だと気付かされる。


「いよっし! おっきろー! 起きないと朝ご飯抜きだぞぉ~♪」

「うおっ!? なんだ? 何が起きたんだ!?」


 聞き慣れた声と共に布団を捲り上げられた挙句、日本と同じようにベッドから叩き落されてしまう。

 しかも絨毯を敷いているとはいえ、床が硬く、顔面から突っ込んでしまったので、鼻が痛いし血が出てないか心配だ。


「月奈!? 何でここにいる!? メイドさんは!? 俺のささやかな願いは!?」

「だって……。侍女さんに任せてたら、絶対起きて来ないでしょ? だからわたしが自分でやるって言ってきたの」


 なんてこった!? つまり俺はここにいる間も月奈式ベッド落としの餌食になるという事か!?

 俺が愕然としていると、月奈の後ろからクスクスと笑いながらこの国の王妃様――シーラさんが姿を現した。


「本当に懐かしい光景。私もイツキにやってたわ。彼がここに来たばかりの頃だけどね」

「おわっ!? 何で王妃様がこんな所に!?」


 俺が驚いて飛び起きると、シーラさんは悪戯っぽく微笑む。


「ふふっ。あなたたちが楽しそうだからちょっと覗いてみたくなったのよ。ごめんなさいね?」

「あ、おはようございます。こいつ起こしたら、わたしも朝食にしますから……」


 月奈が普通に挨拶を交わしている。昨日の夜、何かあったのだろうか?

 そんな疑問を察してか。


「昨日、アルバム……だったっけ? シャシンが沢山入っている本。あれを見せてもらっていたの。この子セレネとお話しながらね」


 シーラさんが答えてくれた。


「それと……」


 続けて、王妃様が真剣な顔で語りだす。


「ベッドから落とす場合、こう……外側に飛ばして捩じり込んで遥か彼方へ飛ばすイメージでやると良いわよ?」

「な、成程……、捩じり込む……。明日からやってみよう」


 ベッド落としについて語り合う、昨日再開した母娘。

 この二人、絶対に血が繋がっていると確信した瞬間だった。

 ここの王家は、ベッド落としに一家言あるのか?


「私がイツキにやってた頃……、彼、落とされるのが嫌になって、自力で浮遊の魔法を覚えたっけ。今だとそんな思い出も懐かしいわね」


 先生……、苦労してたんですね……。


「わたし、そろそろ行きますね。シーラさん、また後で」


 月奈はそういうと、食堂の方へ向かって行った。

 その背中を見送ったあと、シーラさんが口を開く。


「シーラさん……かあ。そうよねえ」


 どことなく寂しそうな顔をしながら月奈を見送っていた。







 朝食後、この国を見て回るために城門の近くで集合となった。


「これで全員ね?」

「そうですね。案内してくれる二人も来てますから」


 俺が全員揃ったのを確認すると。


「じゃあ、二人共、今日はよろしくね」


 月奈がエイルハルトとフェリスに声を掛ける。

 二人は揃って返事をした。


「はい! 任せてください!」

「頑張ります!」


 王族なのに二人で城下に遊びに行っているらしいので、案内はお手の物だろう。


「では出発致しましょ~」


 フェリスが先頭に立って歩き出す。その後を付いていくように俺たち五人は出発した。


「まずは商業区です! ここで大体の物が揃いますよ!」


 フェリスは嬉々として説明してくれた。

 この商業区、日用品から対魔物用の武器防具まで、何でも揃うとのこと。

 その中で目を見張るものが色々と――


「何で招き猫?」

「あ、そこはお菓子屋さんですね。その異世界の動物が持っている黄金色の物体が、数百年間にこちらに召喚された人物が伝えたとされる『山吹色のお菓子』というらしいです」

「でも、実際どういったものか分かってないんだよな。伝説になるくらいだから、美味しいものだとは思うが」


 双子の姉弟が丁寧に説明してくれていたが、俺達は困ってしまっていた。


「……先輩、ここはツッコんだ方が良いところでしょうか? 異世界経験がある先輩なら、良い返答方法知ってますよね?」

「久能君……、私が召喚された場所は、ポンポン日本人を召喚しているわけじゃないから、こういった物は無かったわ。むしろ私も困惑してる」

「うーん、お店に招き猫はともかく、小判の解釈がどうしてこうなったんだろ?」


 俺達がヒソヒソ話をしていると、双子は首を傾げていた。


「とりあえず、スマホで写真撮っとくか。特に俺達はレポート提出があるし」

「そうだね……。『異世界で招き猫発見』。こんな内容良いのかな?」


 俺達がスマホで店頭を撮影しようとしていると。


「その四角いのって何ですか? 初めて見るのですが……」


 興味津々な様子で、フェリスが覗き込んできた。


「ああ、これはスマートフォンっていって、ここだと無理だけど遠くの人と会話したり、写真を撮ったりできる道具さ」


 その他、ゲームなども出来たりするのだが、それは黙っていることにした。


「凄いですね! そんなものが!?」


 目をキラキラさせながら、食い入るように見つめてくるフェリス。

 俺はそんな彼女の反応に苦笑するしかなかった。


「二十年前に賢者様が召喚された時も、シャシンをを撮る道具を持ってたらしいけど、それとは違うのか?」


 エイルハルトがそんな質問を投げかけていた。

 そういえば、先生は召喚された時、偶然デジカメ持ってたとか言ってた気がする。


「多分、その当時の道具より性能は良いぞ。こんなのも出来るしな」


 そう言って、スマホのカメラを動画撮影に切り替える。


「二人共……、月奈も一緒に入ってみたらどうだ?」

「あ、そだね。よし、二人共こっちに来て並んで」


 二人はそれに従うと、月奈が真ん中に行き両手で二人を引き寄せて画面に入る。

 動画撮影を終了し、二人に見せると。


「ええっ!? シャシンが動いてる!? これってどんな魔法だ!?」

「ほえー……、どうしてこんな事が……」


 科学の力なのは分かっているが、実際、どうしてこんな事が出来るのかと言われたら説明に困ってしまう。


「まぁ、そういうものだと思ってくれ。それよりもお前達は、写真で魂抜かれるとか言わないのか?」

「お年寄りは信じている人が多いですね。でも賢者様が召喚されてからは、そうでもないかも? 頑張って説明していたとか……」


 もしかして、あの騎士団長のバルクスさんは、お爺ちゃん子かお婆ちゃん子だったのだろうか? それを真に受けていたとか?

 それから歩く事十分程度。今度は露店が多くある地区へとやってきた。

 野菜、果物、小物、調理器具など様々な店が並んでいる。ここでは生活必需品は大体揃うとのことだ。

 その地区を歩いていると。


「おや、若様に姫様。今日はどうされました?」


 露店の店主から声を掛けられた。どうやら顔見知りらしい。


「こんにちは。こちらの方々は、お父様とお母様のお客様です。わたし達で城下を案内しています」

「ほう……、陛下のお客様とは……、もしやどこかのお貴族様かい?」


 月奈は……、まあそうかもしれないが、俺と先輩は一介の学生に過ぎない。さてどう説明したら良いものか。


「おお、その服。あの賢者様と同じ物じゃあないか。もしかして、あの方のお知り合いかい?」


 俺の制服を見て、見た目が五十代くらいの女性が聞いてきた。おそらく先生が召喚された当時を知っている人なのだろう。

 どうしたものかと思いつつも、確かに先生とは知り合いなので、嘘を付いてもしょうがない。


「はい。山科樹の教え子です。と言っておきましょう」

「へえ……、あの方の。こんなに大きな教え子がいるんだから、私も年を取るはずよねえ」


 学校ではヘンテコな部活指導をしている姿しか知らない俺達だが、先生の名のおかげで不審者扱いされずにいる。

 ここは感謝しなければならないと、改めて思った。


「ちょっとビックリね。城下とは言え、王族の子供が普通に出歩けるとか。普通なら誘拐されそうなものなのに」


 先輩、自分が行った異世界と比べて、カルチャーショックを感じているようだ。


「ええ、他国の方からもよく言われます。でも、この辺は治安が良いんですよ」

「ちなみに他国から来た人が多くいる場所は、あまり行かないように言われてるぞ」


 双子が丁寧に説明してくれた。


「他国から……、そんなのが居そうな場所って言うと……、酒場、宿屋街、賭博場あたりかしら?」

「先輩、やっぱり慣れてますね?」

「こういったのは大体決まってるしね」


 確かに子供を連れて行ける場所ではなさそうなので、その辺はスルーする事としよう。

 と、何処からか怒鳴り声が聞こえて来た。


「おい! この酒高すぎねーか!? もっと安くなんねぇのか! 俺達はあの傭兵レンバン様の仲間なんだぜ!」


 見ると、ガラの悪い三人組の男達が、酒屋で店員相手に喚いていた。


「いえ、うちとしてはこれが適正価格ですよ。それに他のお客さんの迷惑になりますんで、帰って頂けませんかね?」


 店員が丁寧ながらもきっぱりと断っているのを見ると、ああいった手合いの相手は慣れているらしい。


「すぐに衛兵呼んでくるわね!」


 他の露店の人達がすぐさま動き出す。どうやら日ごろからの治安維持の賜物らしい。


「まったく……、せっかくのいい気分が台無しね。ちょっと待ってて」


 先輩、三人の前までゆっくりと歩き。


「そこの××××野郎共。痛い目見たくなかったら、すぐに立ち去りなさい」


 久しぶりに聞いた気がする先輩の禁止ワードだった。それを耳にした連中は。


「あぁん!? 何だぁ? 女が偉そうによぉ」


 先輩を睨みつけながら凄む。そしてその内の一人が殴りかかって来た。


「ふんっ!!」


 だがその拳が届く前に、先輩がその男の顎に掌底を当てると――


「人が飛んでった!?」


 いやもう、文字通り楕円の軌道を描いて数メートルふっ飛ばされたのだ。漫画以外であんなのできるのか!?

 後で聞いたが、魔力を使用すると、この位は軽いらしい。むしろ手加減していたとか。


「まだやる? これ以上やるなら全員同じ目に遭わせて、ついでにあんた達の△△△△を潰して使い物にならないようにするわよ? あとそのレンバンとか言う奴も」


 先輩、アレ系の人間が本当に嫌いらしい。相当冷たい目をして話している。

 先輩が三人の相手をしている間に衛兵が到着したようで、そいつらを連行して行った。


「あの……ねえさま、エージ様? 何でわたし達の耳を塞いでいるのですか?」

「何も聞こえないぞ! 離せよ!」


 流石に子供にアレを聞かせるわけにもいかないので、俺と月奈は双子の耳を手で覆っていた。


「異世界にいた時を思い出して、つい……」


 先輩はそう言っていたが、初めて会った時と同じようなものなので、そこは気にしないでおこう。慣れって怖い。







 俺達が次に案内されたのは、木造の平屋建ての建物の前。何だろうなと思っていると。


「ここは子供に算術や読み書きを教えるための施設です」


 どうやら学校らしい。でも珍しいという程ではない気が。そんな疑問を察してか、先輩が解説する。


「ええとね。意外と識字率が低い所ってあったりするのよ。異世界でも地球でも。だからこういった施設があるって誇らしい事なの」


 なるほど……。確かに日本は教育環境に恵まれている方だと聞く。


「ここって、どんな子が通ってるんだ?」

「希望すれば誰でも通って良いぞ。ただ、農村の子供はあまり通えてないから、大半は商人の子達だけどな。その辺が課題って父上も言ってた」


 意外と門戸が広いので少し驚きだ。


「どんな風に教えてるの?」


 月奈がそんな事を質問すると。


「昔は紙を使っていましたけど、紙はそこまで大量に作れませんから、今はこれですね」


 そういって、フェリスは薄い鉄板の様な金属の板を渡してきた。

 それを見ると、異世界の文字が浮かび上がっている。手でページをめくるような動作をすると、内容も変わるようだ。


「あーこれって……」

「タブレットみたいだね。これって魔法で作ってたりするの?」


 俺達の質問にエイルハルトは誇らしげに。


「これは賢者様が考案して開発したらしいぞ。こうすれば紙もあまり使わなくて済むし、使いまわしも出来る。これが出来てからこの施設に通える子供が増えたんだ!」


 あの先生、下らない魔法を作っていたかと思ったが、かなり真面目にやっていたらしい。


「それとこちらが、その賢者様の銅像となります」


 多分先生の功績を称えて作られたのだろう。だが……。


「済まん。先輩、月奈……、この場で笑って良いか?」

「そ、それは駄目だよ……、流石に……」

「こ、これは絶対に写真撮って本人に見せた方が良いわ……」


 俺達三人、笑いを堪えるのに必死だった。何故なら。


「せ、先生が、さっきのタブレットもどきを読みながら……、薪を背負って歩いてる……。くっ!?」


 そう、どこかの有名な銅像をモチーフにしたような、先生の像が建っていた。


「? この像の元となった方はニホンでも偉人として扱われていると聞いていますが……」


 フェリスが不思議そうな顔をしている。確かに言っている事は間違っていない。


「よし、撮るか!」


 この銅像を先生に見せるため、俺は爆笑したいのをひたすら我慢しながら、ありとあらゆる角度からスマホを使って撮影を実施していたのだった。

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