第20話 いざ異世界へ

 異世界人来訪から一夜明け、俺達は二十年前に山科先生が召喚された、そして月奈の生まれ故郷だという異世界イグレシアへの『道』を開くための準備をしていた。

 実際にそれをやるのは、異世界人側らしいが……。


「しかし……、ここからの出発はともかく、イグレシアからの帰還に関しては僕を当てにしていたとは……。何と言うか、相変わらず勢い任せというか……」


 先生が少しばかり呆れながら、地面に魔法陣らしき紋様を描いていた。

 異世界人さん及び、俺達がイグレシアへと向かう場合の手段は昔、先生を召喚した術式の応用で問題ないらしい。

 だが、その逆――イグレシアから地球へと帰還は、先生の魔法構築力がなければ無理らしく、その計画性の無さを嘆いていたのだ。

 異世界から来た一団の代表であるバルクス・ガルフォードさん曰く――


「もし、姫様の来訪が無理ならば、シャシンという姫様の絵画だけでも持ち帰ってくれと。そういった命を受けておりました」


 とのことだ。だが、バルクスさんはあまり顔色が良くない。何故かというと。


「シャシンという物は、魂を吸われるとの言い伝えがあるのですが……。私はこの任務、命懸けと心得ていました」


 写真が日本に伝わった頃の迷信がまだ信じられているらしい。


「ええと……、それは単なる噂話ですよ? 大体、それならこれだけの写真を取られている俺達は、もう寿命が尽きてなきゃおかしいですから」


 と、俺は異世界へ持って行くアルバムを見せながら言うのだが、今まで信じて来たことをいきなり変えるというのは難しい事だろう。

 月奈が先生と武宮先輩の方を見ると。


「? 二人共……、眠そうですね? どうしたんですか?」


 俺も二人の顔を見ると、目の下にクマが出来ていた。


「昨日……、あの後、松浦教授から連絡がありまして。事情を説明したら、データ採取の手伝いを依頼されました」


 先生が疲れたように答える。


「ええ……、私と先生が実際に魔力を使っているところを、色んな方法で測定してデータを取るって……。教授……、自分が生きているうちにこんな幸運に巡り合えるとは思わなかったって言ってた……。『道』が完全に閉じてしまう前に、取れるデータは全部欲しいって……」


 武宮先輩もその表情からは疲労感を感じる。


「僕と武宮さんの扱う『魔力』が同一の物だというのが判明しただけでも、かなりの成果らしいですよ。世界が違っても同じエネルギーを扱っているというのが分かりましたから」

「それで……二人共、徹夜だったんですか?」


 先生と先輩は力なく頷いていた。


「じゃあ、先生……、今夜も頑張ってください……。ふぁああ……」


 欠伸をしながら先輩は、魔法陣の中に足を踏み入れた。

 今度は俺達を呼びよせるために、異世界から日本への『道』が開くが、その際、異世界イグレシアからの魔力流入があるので先生は魔法が使用可能となってしまう。

 つまり、今晩も教授のデータ取りに協力しなければならないわけだ。

 ちなみに昨日、『道』が開いた時の魔力はもうすぐ無くなるらしい。正確には無くなるというより、魔力が広範囲に拡散してしまい、集めるのが困難になるそうだ。


「武宮さん……、そちらについてはお任せします。荒事になったとしても、くれぐれも手加減をお願いしますね」


 先生は念のため、先輩に釘をさす。


「分かってます……。二度と手出しする気にならない程度にしておきますから」


 先輩の手加減とは一体?


「久能君、入部の際、僕が渡した杖……を持っていますね?」

「あ……、はい。ちゃんと持ちましたけど……」

「それがあれば、僕の縁者だと証明ができますので無くさないようにしてください」


 先生から注意事項を受け、俺も魔法陣の内側へと足を運ぶ。


「本来なら引率で行きたいところですが、今回に関しては帰還の手筈も整っていますし、武宮さんも一緒なので大丈夫でしょう。それと久能君と神咲さん」

「「はい」」


 俺達が揃って返事をすると。


「お二人は、帰って来てからレポート提出がありますので頑張ってください」

「「えー!?」」

「一応、これは学校としては授業の一環という事で許可が降りていますので」


 うわ……、帰りたくねえ……。


「久能君……、学会での僕の発表内容を覚えていますか?」

「えっと……」


 俺が返答に困っていると。


「うんと……、確か、異世界の月が地球と同じ模様じゃないと『道』が開けないんでしたっけ?」


 月奈が助け船を出してくれた。


「その通りです。そして、おそらくその期間は長くて一週間程度、短くて四~五日といったところらしいので、あまり長い期間いると、本当に帰れなくなりますよ? そして、『幻の月』が次に出るのはいつになるか分かりませんしね」


 ちなみ前回『幻の月』が出たのは十五年前――つまりは月奈がこの世界に送られた時。その前は十七年前――これは先生が帰還した時。そのまた前は二十年前――先生が召喚された時となっている。

 これだけ見れば割と短いスパンに思えるが、月奈がこちらに送られてからは十五年間出ていなかったそうだ。なので、今の『幻の月』が消えたら次はいつになるか予想が出来ないらしい。


「あれ? そういえば……、帰還に関しては先生がいないとダメなんじゃ……」

「それですが……、久能君の持っている杖。それにも同じ術式が起動できるようにしています。後はこれを」


 そう言って、先生は俺に分厚い本を手渡した。


「これは、僕がイグレシアの魔法についてまとめた著書になります。実は僕しかできないオリジナルスペルも書いていたりしますが。勿論、『送還術式』もです」


 その本をパラパラめくって中を見ると。


「先生……これ、日本語ですけど?」

「ははは、この世界間移動方法なら、言葉も自動的に訳されるようですから、普通に日本語で詠唱する感じで問題ないはずです」

「先生、異世界の言葉を覚えるのに、飛び出すグローブで殴られたり、先輩や月奈に叩かれたりした俺の苦労は!?」

「まあまあ、テストで赤点を取らなかったので、それで良しとしましょう!」


 バンッ……と肩を叩かれたが、うまいこと言い包められたように感じてしまう。


「さて……、そろそろ時間ですね」


 先生がそう言った瞬間、魔法陣が光を放ち始めた。


「では、三人とも良い旅を」


 こうして俺達は異世界へ旅立つこととなった。







 眩い光のせいで一瞬目を閉じてしまう。そして、次に目を開けると――

 そこにはゲームやラノベで出てくるような、絢爛な部屋にいたのだ。

 正面には二つの玉座があり、一人は男性が腰かけている。もう一つは空席だが、おそらく王妃が座っていたのだろう。

 左右には兵士のような格好をした者が十名程立っている。皆一様に鎧を身につけており、かなり重装備だ。

 そして、俺達の真正面には女性が一人。

 バルクスさんが一礼し。


「バルクス・ガルフォード、ニホンより帰還いたしました。陛下」


 陛下と呼ばれた、おそらくはこの国の王と思しき男性が立ち上がり、言葉を発しようとしたその時――


「きゃああああああ!! セレネちゃん、本当に来てくれたあああああ!!」


 俺達の正面にいた女性が突然叫びだし、目の前まで走って来て月奈を抱きしめていた。


「おっきくなってる! 十五年も経ってるもんねえ? でもやっぱり可愛いぃいい」

「うぇ!? ちょ!?」


 月奈が困惑しているのだが、その女性はお構いなしとばかりに頬ずりをしている。


「王妃様、姫様も困っておりますので……」


 そう言ってバルクスさんが注意を促すと、ようやく我に返ったのか。


「あはは……、ごめんなさいね? 殆ど初対面みたいなものなのに……」


 と謝罪していた。


「えっと……、初めまして。私はシーラ=グランツ=エルドリアと申します。この国、エルドリアの王妃です。よろしくね!」


 王妃という割に、随分とフランクな態度で接してきた。

 これがこの世界のスタンダードなのかと思ったが、どうやら王妃様がそういった性格のようだ。


「妻が済まなかったね。遠い世界から訪れた者達よ。私がこのエルドリア国王、アルフレット=グランディア=エルドリアだ。此度は我々の我儘に付き合ってくれたことを感謝する」


 そう言って王様も頭を下げてきた。どうやら、授業で教わったような召喚者を道具の様に扱う人達ではないらしい。


 武宮先輩が一歩前に出て。


「武宮結季と申します。今回は山科樹の代わりとして同行させていただいています」


 先輩が一礼すると、俺の方を一瞬見ていた。挨拶しろという事らしい。


「久能衛侍です。えっと……」


 つい言い淀んでしまう。

 この場での俺の立場って何なんだ!? 月奈のクラスメイト? それとも家が隣なだけの幼馴染? どう答えれば良い!?

 俺が言葉に困っていると、兵士の一人が驚いたように。


「その杖は……、賢者様が所持していた物と同じ……!? まさか……、あの『黄昏の賢者』の後継者!?」

「おお! 彼が同行していないのは不思議だったが、まさか後継者をこちらに送ってくるとは!」


 俺の評価、先生のせいでおかしな事になってる!?


「あ、いや、確かに先生には魔法の使い方を教わっていますけど――」

「やはりか! 流石は賢者様。自らの世界に帰った後も若き力を育てる事に尽力していたとは……!」


 いえ、違います! この杖だって部活の入部記念で貰ったものだし、俺は魔法なんて使ったことありません! ヘンテコな指導はされたけど!!

 そう心の中で叫びながら、どうしようかと考えていると、月奈が笑いを堪えているのが見えた。

 ここは話題を変えなければ、ドンドン話が大きくなってしまう。そう思い、王妃様へと問いかけた。


「あの……、セレネっていうのは……、月奈の?」

「そう。そちらでは、ツキナと名付けられたのね。セレネは、こちらにいた時……、と言っても赤ちゃんの頃だけだけど、その時の名前よ」


 王妃様は微笑みながら答えを返してくれた。

 月奈を見ると少し恥ずかしそうな顔をしている。可愛い名前じゃないか。


「さて、君達が滞在できる期間もそう長くはないし、城で接待ばかりでは飽きるだろう。なので、この国を色々と見て貰おうと思っている。と言っても、城下とその周辺だけだがね」


 王様が言うと、扉の方を向き。


「入って来なさい」


 その一言と共に、男女二人の子供が謁見の間へと入ってきた。

 二人共、十歳くらいに見える。二人が王へと駆け寄り、何かを話し始めた。


「この二人は私の子であり、双子の姉弟だ。名は弟のエイルハルトと姉のフェリスだ。今年で十歳になる。彼らをつけるので、共に街へと赴き、我が国を見て回ってくるといい」


 そう言って王様は俺達三人を見る。

 こんな子供が……というか、王様の子供ってのは、要は王子様とお姫様だ。そんな子達に街の案内なんてできるのか?


「陛下。申し訳ありませんが、彼らに万一の事があれば……」


 武宮先輩も俺と同じ事を思ったらしく、あちらに恥をかかせないように断ろうとしているが……。


「この子達、若い時の私と同じで城下に遊びに行くのが好きなのよね~。だから街には詳しいし……、二人もお姉さんセレネと一緒にいたいでしょ? それに護衛ならユキさんがいれば何とかなりそうだしね」

「そういえば……先生、山科樹を召喚した時も城下だったって……」

「あら? イツキったらそんな事まで話してたの? あの時は、空から落ちて来て私とぶつかって痛かったわね~」


 王妃様は昔を思い返しながら笑っているが、月奈が弟や妹と一緒にいられるように取り計ったという事らしい。

 二人が俺達の前に並んで立つと、自己紹介を始めた。


「はじめまして、ぼくはエイルハルトです。お初にお目に掛かります。姉上」

「わたしはフェリスです。よろしくお願いします。ねえさま」


 二人は特に、初めて見る姉に興味深々と言った様子だ。


「衛侍……、どうしよう!? 異世界に来たら弟と妹ができちゃった!?」

「月奈……こういう時は、まず落ち着け」


 興奮気味の幼馴染を宥めつつ、どう対応するべきか思案する。俺も兄弟がいるわけじゃないが……。


「俺は久能衛侍。好きに呼んでくれ。とりあえず明日からよろしく頼む」


 二人に目線を合わせ挨拶をする。フェリスは少しばかり照れながら。


「は、はい! こちらこそよろしくお願いします。エージ様」


 と、丁寧な対応をしてくれた。だが……。


「本当に……あの賢者様の弟子か? 魔力が全然感じないぞ!」


 エイルハルトの方は生意気っぽい。さっきは月奈の前で猫被ってたのかよ。

 まぁ、確かに魔力は無いけどさ。


「エイル……、彼はきっと見た目通りではないのです。きっと凄い人ですよ!」


 フェリスがフォローを入れてくれた。良い子だ。


「ふーん。でも僕より弱そうだもんな~」


 こいつ、絶対わかっててやってるだろ。


「いい加減にしなさい。お客様に対して失礼でしょう?」


 王妃様の一声で場の雰囲気が変わった。


「ごめんなさいね。異世界からのお客様が珍しいのよ」

「いえ、気にしないで下さい」


 そんなやり取りの後、謁見の間から出て廊下から割り当てられた部屋へと向かう間。


「街の案内……、あいつらで大丈夫なのか? 特にエイルハルトの方が」


 どう考えても衝突してしまいそうな気がする。


「まあ、男の子ってあんな感じでしょ? 衛侍だって生意気な時もあったし。大丈夫、あの子達良い子だよ」


 確かに否定はできないが。


「ま、お前の弟と妹だしな。時にお姉ちゃんになった感想は?」

「弟と妹って……可愛い!!」

「そうね! やっぱり子供って可愛いわ!!」


 先輩まで二人が気に入ってしまったらしい。


「じゃあ、今日は早めに寝ましょうか。明日は早いし……」


 それに賛成し、俺達はそれぞれの部屋へと帰り、ベッドに入ったのだった。

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