第19話 招待は突然に

 ――ワレワレハイセカイジンダ

 空に展開している謎の魔法陣から降り立った人物が最初に発した言葉がこれだった。

 ……異世界人? いや、けどなんでわざわざおかしな発音で喋っている!?

 そんな俺の疑問を他所にその人物は続ける。


「……む? 言葉が通じていないのか? これがこの世界での正式な挨拶と聞いていたが……」


 おい、普通に喋れるんかい!? 

 困惑しているらしい異世界人(仮称)さん達は円陣を組んでコソコソ話をしている。


「やはりアレでは? 自分の人差し指と相手の人差し指をツンっと合わせるのが心を通じ合わせる方法なのでは?」

「なるほど! それか!」


 何言ってんだあの人達……!?

 俺がどうすれば良いか分からなくなり、前に立つ先生の背中を見るとプルプル震えている。

 どことなく、爆笑したいのを堪えてる様に見えた。

 その様子を不審に思った先輩が、先生の所までスタスタと進み。


 ――ドゴォッ!!!


 武宮先輩の拳が先生の後頭部に激突し、まるで巨大な鈍器を全力で振り回したかの様な音を立てていた。よく見ると先輩の拳が鈍い光を放っている様に見える。

 うわぁ痛そう……。


「……正直に答えて下さい。連中のふざけた行動の原因は先生ですね?」

「武宮さん……、魔力を使っての攻撃は危険ですよ。僕でなければ、頭蓋がスイカ割りで割られたスイカみたいになっているところです」

「大丈夫です。先生が自分の周りに障壁を展開しているのは、ちゃんと見えてましたから。で、どうなんですか?」


 先輩が殺気立って先生へと詰め寄っている。


「いやあ……、ほらアレです……。昔……、色々と城下の子供に教えたりもしましたので……、曲解されちゃったのかも……」

「先生の事ですから……、異世界であることないこと吹き込んだんじゃないでしょうね?」


 先輩は先生の襟首を掴みながら尋問しているが、先生は目を逸らしながら答えている。

 そうしているうちに、異世界人(仮称)さん達の議論もヒートアップしていた。


「やはり、人間よりもお犬様とやらを大切にしなければならないのか?」

「いや、伝説に聞く山吹色のお菓子を持参するべきだったのでは!?」

「だが、その菓子を持つ者はシィゴトゥニーンに狙われるというぞ!」


 ……どこからどうツッコんだら良いんだろう?

 先生と先輩を見ると。


「ほら、どうです? 僕より前に召喚された人達の伝えた知識もごちゃごちゃになってますから、僕のせいというわけでもないでしょう?」

「……でも、一番最初のは先生しか伝える人はいませんよね?」

「ははは……」


 先輩の威圧感に先生は愛想笑いで誤魔化すしか無かったようだ。


「あの……先生? このままだと、あっちも困りますし、こっちから話しかけた方が……」

「そ、そうですね。どうやら敵意があるわけではない様ですし、警戒も解きましょう。あの魔法陣は僕がいた異世界のものですから、まあ何とかなるでしょうし」


 先生はコホンと咳払いし、異世界人(仮称)さんへと近づいて行く。


異世界イグレシアから来られた方……でよろしいですか? 言葉が通じていなければ、そちらに合わせますが?」


 先生の一言に議論していた方々はピタリと止まり、その中のリーダーと思しき男が一歩前に出た。


「失礼。突然の来訪にも関わらず寛大な対応に感謝します。言葉に関しては問題ありません。して、貴方は?」

「僕は山科……、いえ、イツキ=ヤマシナと言えば、分かりますか?」


 先生は眼鏡を直し、キリッとした表情で答える。だが先生の後頭部には、さっき先輩に殴られてたんこぶが出来ている。

 イツキ=ヤマシナ――この名を聞いた途端、男たちの表情が見る見るうちに変わっていく。まるで信じられないものを見たかの様に……。


「まさか……! 本当に!?  あの二十年前に活躍した『黄昏の賢者』!?」


 おお! 先生のネームバリュー凄いな!


「今でも語り継がれ、子供達も真似をして遊ぶ程の有名人!」

「ああ! 子供達は『紅蓮の炎にかれて煉獄で燃え尽きろ!』とか、『闇に呑まれて永遠とわに彷徨うがいい』など言いながら決めポーズをしているな!」


 ……これは聞いて良い事なのだろうか? 聞くとまたおかしな話になりそうな気がする。

 隣の月奈を見ると、俺と同じ事を思ったらしく、難しい顔をして困っている。だが、武宮先輩だけは容赦がなかった。


「先生? 異世界で中二病を発症していたんですか? 当時高校生だったのに?」


 凄まじく良い笑顔で先生に問いかける先輩。

 すると先生はみるみると顔色が悪くなり、額からは冷や汗が流れ出していた。


「ふっ……、僕も若かったんですよ……。昔の事は忘れてください……」


 遠い目をしながら呟いている先生を見て確信した。盛大に黒歴史を生徒の前でバラされて泣きそうになっていると。







 この騒動に他の放課後に残っていた他の生徒も周囲に集まり始めていた。来訪者は鎧を着ていないが物語に出てくるようなお貴族様の様な格好をしているので、生徒達がざわめいている。


「要件を伺いたいところですが、ここでは落ち着かないでしょう。僕について来て下さい」


 その提案に異を唱える者はおらず、全員が素直に従ってくれた。


「先生……、あの人達がこちらに来ることができたのって……」

「ええ、おそらく、僕が残した術式を使ったのでしょうね。あの術式を使用された場合、僕の付近に魔法陣が展開されるように設定していました」


 何でそんな事を……、そんな疑問を察してか。


「もし万が一、悪意のある者があの術式を使って、こちら側に移動した際、僕が迎撃するためですよ。今回はそうではなかったですが」


 先生は苦笑しながらそう言った。

 あの魔法陣を見てすぐに結界を張ったりしたのは、そういったことらしい。

 移動する事、数分。学校の応接室に付くと、そちらで待っている様にと先方へと伝えていた。

 それから、待つこと三十分あまり。見知った人物が現れたので、少し驚いてしまう。


「お父さん!? 何で?」

「月奈、それと衛侍君も一緒か。これでも異世界に関する業務を行っているからね。今回は山科君の指名でここに来ている」


 その人は月奈の親父さんである、神咲誠さんだ。俺も子供の頃から知っているお隣のおじさんでもあるが、仕事姿を見るのは初めてなのだ。


「月奈、同席しなさい」

「……えっ!? 何で……わたしが……?」


 神咲のおじさんの言葉に戸惑う月奈だったが、先生が俺の方を見ながら意見をしていた。


「神咲さん……、込み入った話になるのは僕も承知していますが、久能君と武宮さんも同席を許可していただけませんか?」


 先生の表情は真剣そのもの。続けて。


「久能君も、あながち無関係という訳ではありませんし、武宮さんは『帰還者』です。何より、二人も一緒なら、神ざ……いえ、月奈さんも安心でしょうから」


 神咲のおじさんは数秒ほど考えていたが、先生も本気だと分かっていたのだろう。俺達の同席を許可してくれた。







 応接室で俺を含む五人は、異世界からきたらしい四名と向かい合って座っている。


「我々はイグレシアにある、エルドリアと呼ばれる国の者であります。そして私は騎士団長を務める、バルクス・ガルフォードと申します」


 まずはあちらから、自分の身分を明かしてきた。

 それに続いて、他の面々もそれぞれ名乗っていく。そして、神咲のおじさんも自己紹介を終え本題へと入っていた。


「あなた方がここに来た理由を伺いたいところですが。まず、こちらに来た方法について……、山科さんが残した残り一回の送還術式を使ったという事で間違いありませんか?」

「ええ、その認識で間違いはありません」


 バルグスさん……、さっきおかしな事をしていた人と同一人物に見えない。


「あの……先生? 送還術式って……?」

「地球から異世界に我々を呼ぶ『召喚術式』。この逆で、異世界からこちらへ移動するために僕が開発したのが『送還術式』ですね」

「残り一回って言うのは……?」

「術式を造り出してから、同じ効力を持つ使い捨ての魔道具を二つ作って、あちらの……、僕を召喚した方に渡していました。一つは今回使っていますね」

「もう一つは……?」


 俺の疑問を先生は答えなかった。そして、先生が彼らに向かって真剣な眼差しで問いかける。


「エルドリアは今……、どうなっていますか? 失礼ですが……、下手をすれば壊滅しているとも思っていましたので」


 壊滅って……、何でそんな事に……。

 先生の言葉を聞いて、バルクスさんの眉間にシワが寄る。


「ええ……十五年前、私はまだ若造でしたが、魔王軍の残党が大軍を率いて攻めてきました。小国と侮られていたのでしょうな。それこそ、王や王妃も国が焦土となると。その認識でおりました」


「ですが……あなた方はこうしてこの場にいる。それは何故……?」


 神咲のおじさんが口を挟む。


「それは……」


 バルクスさんは当時を振り返るように、そっと目を閉じ語りだした。


「王も、国が成す術もなく蹂躙されるくらいなら、出来るだけ抵抗しようと……。そちらの賢者様が残した、我々では理解できない力と知識で構築された数々の魔道具を使用する事としました。その結果、制御不能となっても構わぬとばかりに起動させたのです」


 そこで、彼は言葉を止める。


「しかし、結果は我々の想像を超えるものでした。その魔道具は暴走することはなく、圧倒的な力をもってして、魔物の大軍を瞬く間に殲滅していきました」

「おお!」

「先生……やりますね」


 俺と先輩が驚嘆の声を上げる。そして、異世界から訪れた男性は続けて。


「今、思い出しても壮観です。巨大なゴーレムが魔王軍の残党を追い払うその姿! ゴーレムの腕が凄まじい勢い敵陣へと発射され、胸部が開いたかと思えば、辺り一面を焼き尽くす熱線! 目の部分からは当たれば相手と周囲を瞬く間に凍らせる魔法!」

 ……えっっ!? それってまるで……。


「せ・ん・せ・い? 巨大ロボット……お好きなんですね?」

「……い、いやー……、ははは……、僕も……ほら、当時青春真っ盛りの男子でしたから……」


 武宮先輩のジト目での指摘に対して、乾いた笑いを浮かべながら答える先生。


「それで、その後どうなったのですか?」


 おじさんが続きを促す。


「はい。我々は勝利し、損害もそれほどではありませんでした。しかし……」

「これからが、本題ですね?」


 その言葉に、首を縦に振るバルクスさんだった。


「その戦いの前、王妃はまだ生後間もない姫様を逃がすことにしました。もし国が滅んでしまえば王族といえど、ましてや赤子。生きていけるはずもない。そう考えた結果の行動でした……」

「……」


 沈黙がその場を支配していた。バルクスさんは続けて。


「しかし、姫様を逃がそうにも、敵は強大な力を持つ魔王軍残党。護衛の兵士だけでは逃げ切れるものではありません。そこで王妃様は――」

「こちらの世界にその子を送ったんですね? 先生が残した『送還術式』と同じ力を持つ魔道具を使って」


 武宮先輩が、彼の言葉を遮り続きを口にする。


「はい……。それが十五年前の出来事です」

「先生? もうちゃんと言ったらどうです?」


 先輩の一言に先生はそっと目を閉じ数秒。瞳を開き決意を持った表情で語りだした。


「ええ、その子は先程と同じ魔法陣から……、この世界へと降りて来ました。僕の元へ……。手紙が添えられていましたよ。『遠い世界の友人へ、この子を託します』……と。詳細も書かれていましたからね。とはいえ、当時の僕はまだ学生でしたから、子供を育てる事はできませんでした」


 その様子を見つめていた神咲のおじさんが口を開く。


「その後、山科君からその件で相談を受けたのが、私だった。そして、私達夫婦がその子を引き取ることになったのだよ」


 待て。それって……。

 月奈を見る。あいつも気付いたようだ。顔が真っ青になっている。


「い、いや……、ちょっと待ってよ? ね? 冗談でしょ? だってわたし……、顔立ちだって日本人で、異世界人みたいな特徴なんてないじゃない!!」


 必死になって叫ぶ月奈の言葉を聞いているのかいないのか、先生は話を続ける。


「あの国は……、数世代、早い場合は二~三代ごとのペースで日本人を召喚していました。そして、その多くは王族と婚姻をしたと聞いています。ですので、日本人の様な顔立ちの子が生まれるというのも不思議な事ではありません」


 月奈は自分が神咲さん夫婦の実の子ではないとは分かってはいるが、あまりにも突拍子の無い事実を突きつけられて混乱しているようだった。


「それで……、月奈をどうするつもりですか? まさかそっちに返せ……って言うつもりですか? 今更?」


 俺の言葉に先輩も先生も目を見開いて驚いている。俺からこんな言葉が出てくると思っていなかったのだろう。それと同時に、二人共どことなく顔がほっとしているように感じた。


「先生、彼を同席させたのはファインプレーでしたね?」

「でしょう? やっぱり一番近くにいた人が言ってくれると違いますね」


 二人がヒソヒソ話をしている。

 そして、バルクスさんが口を開く――







 話し合いが終った後、俺達は真っ直ぐに帰宅し、自室の窓を開けて月奈と話していた。


「しっかし……、次に『道』を開けるようになるのは、いつになるか分からないから……、できれば自分の娘に会いたいって……、どうなんだ? ふつーうちの娘返せやあ! とかって展開じゃないのか?」

「うーん、先生の話だと……、あそこの人達は日本人に恩義を感じているから、おかしな事はしないって言うけど……ねえ?」

「「まさか……、異世界に招待されるとは思わなかった」」


 俺と月奈が同時に呟く。

 そう、あの異世界人の一団は、月奈を連れ戻すのではなく使節団の様な役割で来たのだという。


「でも、月奈は里帰りじゃないのか? お姫様なんだろ?」

「わたしがお姫様に見えるの?」

「どこからどうみてもおひめさまだー」


 俺は棒読みで返す。すると月奈は頬を膨らませながら。


「ふんだ! あっちでドレスとか着た時、覚えてろ!」

「おー。楽しみにしてるぞー」






 そんな会話をしている中、月奈の部屋の外では――


「衛侍君には感謝しなければな。あの一言が無ければ、私も今日どうやって月奈と話したら良いか分からなかったところだ」

「あら? 衛侍君は子供の時から、やる時はやる子ですよ。あなたも知ってるでしょうに」


 神咲夫妻が話していた。


「だが母さん……、いくら衛侍君とはいえ、まだ月奈は十五歳……、もうすぐ十六歳だが、男と一緒に旅行とか早すぎないか!? やはり私も育ての親として同行を――」

「あなたは仕事があるでしょう! 大丈夫ですよ。武宮さんも一緒って言ってましたから。二人っきりって訳じゃありません」

「だがな……」


 神咲のおじさんは、月奈を溺愛しているが故に心配らしい。娘が遠くへ行ってしまう様で気が気でないと、あとでおばさんから聞かされて、返答に困ってしまった俺であった。

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