第16話 武宮結季 その想い
その夜、今度は別会場で懇談会が行われた。これに関しては、帰還者同士の親交を兼ねているらしく、特に最近帰って来たばかりの武宮先輩にも是非参加してもらいたいとのことだった。
「はい皆さん。これからは堅苦しい挨拶は無しでお願いします。あまり
司会の一言で場の空気が和らぐ。大学生や社会人など幅広い年代の帰還者が来ていたようだ。とはいえ、まず俺のやる事は一つだ。
「権田原さん! 今朝はヤクザって言ってすいませんでした!」
「ん? 山科んとこのボウズか。まあ気にすんな。オレもよく間違われるんだよなあ、ガハハ!」
権田原さん、あまり気にしていない様だった。少しばかり酒が入って機嫌が良いせいかもしれない。
「ところでボウズ、高校卒業したら自衛隊に来ないか? お前んとこの学校、三年いりゃあ体力もつくし武道もそれなりにできるようになる。警官や自衛官になるヤツも多いんだぜ」
「か……、考えておきます……」
俺の肩をバンバン叩きながら勧誘してくる権田原さんに圧倒されつつ、なんとか言葉を絞り出す。
「お前さんも、山科やあのお嬢ちゃんと一緒にいて退屈しねえだろ? 特に山科はおもしれーヤツだしなあ」
「面白い……というか……よく分からない人と言うか……」
確かに一緒にいると飽きないタイプなのは間違いないが、時々何を考えているのか分からなくなる時がある。
「まあ、なんだ、あいつらとは……特にあのお嬢ちゃんとは仲良くしてやってくれ。ああ見えて、異世界帰りってのは日本じゃ経験できねえことを山ほどしてる。良くも悪くもな」
そう言う権田原さんの目はどこか遠くを見つめているようだった。
「はい! 武宮先輩、たまーに言動は怖いけど、根はとても良い人ですから!」
「うぉ!? 月奈、いつの間に!?」
いきなり後ろに現れた月奈に驚いてしまう。
「さっきからずっといたわよ?」
権田原さんに気を取られ過ぎていたのだろう。全く気が付かなかった……。
「ボウズ、その嬢ちゃんと楽しんどけ。ま、オッサンはここいらで退散すっか」
そう言って、権田原さんは他の参加者の所へと酒を持って行ってしまった。
「しっかし……見た目通り豪快な人だな」
「だね……。先輩と先生はどこかな?」
月奈の言葉に従い、会場をぐるっと見渡すと、少し離れた所で武宮先輩と松浦教授が談笑している姿が見えた。
「先輩……異世界を行き来する方法を研究したいって言ってたな……」
「うん……。なんて言うか……あの時の先輩……」
そう、あの時の先輩は確固たる意志を秘めていて、それが言葉の端々から感じられたのだ。
「ん? 松浦教授……が、俺らを手招きしてる?」
「だね?」
何だろうか。俺たちを呼ぶ理由が全く思い当たらない。とりあえず行ってみることにした。
「呼び出したみたいになって済まないね」
「あの……俺達に何か用ですか?」
松浦教授が笑顔で話しかけてくる。なんとも爽やかなおじさまといった印象を受ける人だった。
「いや、山科が面白おかしい事を部活でしているらしいじゃないか。ちょっと詳しく聞かせて欲しくてね」
「……言わなきゃダメですか?」
はっきり言って、あまり言いふらしたい事ではないのだが……。
「頼むよ〜。僕も興味あるんだよ〜」
「……分かりました」
松浦教授の押しの強さに負けてしまった俺は渋々と了承した。
「えーとですね……、まずは――」
部活の内容を一から説明していく。すると教授は興味深そうに顎に手を当てながら聞いていた。
「なるほど。毛布か……、山科からも聞いていたが、これは中々興味をそそる」
「……えっ!? 毛布に
この人も変わってるなぁと思っていると、教授は困ったような顔をしながら。
「毛布そのものではなくてね。魔力を体に纏わせると温かく感じる……という事は、その魔力は熱エネルギーを持っている事になる。つまり、魔力が熱へと変換されるなら、その逆、例えば熱、または我々が知るエネルギーを魔力に変換する事も可能なのではという考えも出来る。まあ、まずは魔力そのものがどんなエネルギーなのかを知らなければならないが」
などと、一気にまくし立てた。そして、その目は爛々と輝いている。どうやら、かなり研究意欲を刺激されたようだ。
「あの……、もし熱とかを魔力にできると何かメリットがあるんですか?」
月奈が首を傾げながら質問する。確かに、言われてみれば今まで考えたこともなかった。
「そうだね……。君達も異世界科の生徒なら、昔から現在までに異世界人が地球の人間を召喚した事例があるのは知っているだろう?」
俺達は顔を見合わせてから、首を縦に振る。
「そして、その召喚は魔力を使って行われる。つまり魔力というのは異世界に干渉できる性質を持つエネルギーである可能性が高い」
「はえー……」
月奈は感心しているが、正直よく分からん。
「そして、その魔力が地球でも作れるのならば、さっき武宮君が僕に言っていた『異世界を行き来する方法』にも応用ができるかもしれないんだ」
「マジすか……」
異世界人の知識や技術は、まだまだ謎に包まれている事が多い。それを解き明かす糸口になるかもと期待してしまうな。
「ま、まだ仮説に過ぎないがな。それに、どうやって魔力を作るのかも考えないといけないからなあ」
松浦教授は苦笑いを浮かべながら頭を掻く。
「何と言うか……毛布からここまで思考できるって……、俺には無理だ」
「あはは……」
月奈に至っては、もはや笑うしかないといった感じだった。
「でも……、不可能って感じがしないのが凄いですよね」
「そこは異世界といえど、同じ人間の使っている技術だからな。何かしらの類似点があるもんさ。道のりはかなり険しいが」
松浦教授は遠い目をしながら言う。きっとこれまで様々な苦労があったに違いない。
「先輩……、どうしました?」
ふと武宮先輩の顔を覗いてみる。すると、先輩は何やら思い詰めた表情をしていた。
「武宮君、自分の想いを胸にしまっておくのも悪くはないが、君のやろうとしている事は、途轍もなく険しい茨の道だ。もしかしたら自分の生涯を徒労で終わらせてしまう可能性もあるぞ? それでも君は進むつもりかい?」
松浦教授は真剣な眼差しを先輩に向ける。それは、生徒を想う先達としての言葉であった。
「……はい」
「そうか……。分かった。僕は何も言わない。ただ、これだけは言っておこう。あまり我慢ばかりしていると碌な事にならないから、吐き出しちまえ」
「……ありがとうございます」
松浦教授はそれだけ言うと、俺達の方を向いて。
「邪魔して悪かったね。後は君達に任せるよ。多分、僕より適任だろうからな」
と、言い残し去っていった。
「先輩……、大丈夫ですか?」
「……ね? 二人共……少し外で話さない?」
俺達は心配そうな顔をしながら、先輩の後に付いていく。
外に出ると、心地よい風が頬を撫でた。誰もいない砂浜に腰掛け、星空を見上げる。
「私ね……。異世界には一人で行ったんじゃないの。結果的に帰って来たのは私だけだったけどね」
「そういえば……異世界の科目を担当してる先生がそんな事言ってた気が……」
確認するように月奈の方を向くと、彼女は静かにコクりと首を縦に振った。
「私が召喚された時、一緒にいたのが……幼馴染の男の子でね。ちょうど今のあなた達みたいな感じだったかな」
「えっ!?」
月奈が驚きの声を上げる。まあ、当然の反応だろう。
「ほんと、二人であっちに飛ばされて、色々あったわ。魔物の群れに追いかけられたり、盗賊に襲われたり……、挙げ句の果てに魔王まで倒せなんて言われちゃったり……」
先輩はクスリと笑みを溢す。だが、その笑顔はとても悲しげなもののように思えた。俺は思わず言葉を失ってしまう。
「でも……二人でなら何とかなった。喧嘩ばっかりしていたけれど、お互いがいたから勇気付けられた……」
そこまで話すと、先輩は俯き黙ってしまった。
どうしよう。何か気の利いたことを言った方がいいのだろうか。でも、こういう時に何を言えばいいのか分からない。
「あの……、先輩ってもしかして……その人の事……」
月奈が察したように呟く。
「うん……。好きだった……と思う」
「「……」」
俺達は何を言えば良いか分からなくなっていた。
「けど……、彼が好きになったのは私じゃなくて……、異世界で出会った女の子だったのよ。しかもそれが、魔王の娘だったんだから」
「魔王の娘って……!? ええっ!?」
月奈が再び声を上げた。
先輩はその反応を見て苦笑いを浮かべながら。
「その娘さん、私が言うのも何だけど変わっていてね? 戦火で行く場所を無くした人間や魔族を集めて村を作っていたの。そこに彼は惹かれたんだと思う……」
どこか遠くを見つめるようにしながら、先輩は語る。
「だから……先輩は一人で帰って来たんですか?」
「そうね……。帰るチャンスは一回だけだからって説得はしたけど、彼の意志は固くて……。けど、本当に辛かったのは地球に帰って来てからだった」
先輩は顔を伏せてしまった。
「彼のご両親……、自分達の息子が生きてるって分かったけど……俯いて泣いてた。もう二度と会えないから……」
「それは……辛いですね……」
月奈は沈痛な面持ちで言う。
「私……、彼の意志を尊重するべきだったのか……、それとも腹パンで気絶させてでも……、彼に恨まれても一緒に帰るべきだったのか、今でも答えがでないのよ」
途中、先輩らしい脳筋発言が聞こえて来たが、聞かなかった事にしよう。
「だから……、『異世界を行き来する方法』を探したいんですか?」
「そうね……。もし叶うなら、もう一度、ご両親に彼を会わせてあげたい。立派になった彼を見て欲しい。それが私の夢かな」
俺と月奈はお互いをチラっと見る。
「俺ははっきりいって勉強はできないけど応援しますよ、先輩!」
「うん、わたしも! 出来る事なんてないかもしれないけど……、頑張ってください!」
そんな他愛のない言葉に、微笑んでくれた先輩だった。そしてスッと立ち上がり、両手を口の横に添える。
「こらー!! 祥司いいいいい!! こっちはあんたのおかげでこんなに悩んでるんだからねーーーーー! 今度会ったら覚悟しておきなさいーーーー!」
誰もいない真っ暗闇の海に向かって叫んでいた。それは先輩の決意であり、願いでもあったのだ。
「あんたがあの娘を好きになったせいで、私がレベルカンストまで上げて魔王を屈服させて、生かしたまま首根っこ引っ張って、あの娘の所まで連れて行って説得させたんだから、無駄にしないでよーーーーー!!」
「「へっ!?」」
あまりの内容に、俺と月奈は目を丸くする。
そういえば、先輩はレベル999まで上げて魔王を屈服させたって言ってたが……、その魔王の首根っこ引っ張って……だと!?
「それとも、祥司はアレなの!? 銀髪オッドアイで儚げな雰囲気が良かったのかーーー!! それともあのエルフ耳か! あの尖った耳に萌えたのかーーーーーー!!」
どう考えても、魔王の娘さんの事だよな? っていうか……先輩、個人的な不満を漏らしてないか!?
「それとも……
これは俺達が聞いて良い内容なのだろうか? そんな疑問が頭に浮かぶ。だが、先輩はこちらを振り向き、ニコッと笑みを浮かべていた。
「ふう……。ちょっとスッキリしたかな。二人共ありがとうね、こんな話に付き合って貰っちゃって」
「「いえ……とんでもないです……」」
俺と月奈は一言一句違わず、同じ言葉を返す。すると先輩はいたずらっ子みたいな笑みを浮かべながら、俺達に向かって。
「あなた達も幼馴染なんて立場に甘えていたら、横から相手を取られちゃうわよ? 私みたいに!!」
そんな事を言ってきた。俺達はお互いをチラッと見てしまうが。
「私みたいに!!!」
「先輩!? 自虐ネタが過ぎますって!!」
先輩の空気読まない発言に、そんな一瞬の意識なんてどこかに行ってしまっていた。
「じゃあ帰りましょうか。まだ会場にお料理もあるし、やけ食いでもしようかしら?」
一人だけ満足げな先輩に俺達は何も言えずに、ただ付いて行くしかなかった。
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