第15話 山科の研究発表
昨日の砂浜での幽霊風異世界勧誘女神事件から一夜明け、俺達――特に俺と月奈は夢でも見ていたのではないか? という疑惑を自身に持っていたが、ホテルのエントランスで山科先生を見つけた時、それは紛れもない現実だったのだと確信してしまった。
「おや、みんな、おはようございます。昨日はよく眠れましたか?」
先生の挨拶など耳に入らず、一緒にいた男性に目を向けて、思わず。
「き、昨日のヤクザ!? 先生!? 実はヤバい組織と知り合いだったんですか!? 確かに怪しい部活の顧問ですけど、そんな事する人じゃ……って!? その人、俺達の目の前で消えた筈だーーーー!」
今の俺、絶賛大混乱中。もう自分が何を言っているか定かではない状態だった。
「衛侍、落ち着いて! わたしもびっくりしてるけど、とにかく落ち着いて!!」
月奈もどうしたら良いのか分からなくなっていたのだが。
「もしかして、昨日……、
「えっ!?」
先生の質問に戸惑う俺達二人を尻目に、武宮先輩が先生へと返答していた。
「はい。この方は、女神と名乗る人物によってどこかに連れ去られたのを私達三人が目撃しています。……でも」
そう、そこなのだ。あの権田原という人は俺達の目の前で消えたのだ。それが現在、目の前にいる。その事実に対して先輩も困惑していた。
「成程、こいつらは山科んとこの学生だったか。ならそっちの黒髪のお嬢ちゃんが噂の帰還者だな」
権田原と呼ばれていた目の前の男性は掛けていたサングラスを外し、先輩の前に手を差し出して。
「オレは
ニィっと笑い握手を求めていた。ポカンとする俺達だったが先輩は差し出された手を握り返しながら自己紹介をしていた。
「私は武宮結季と言います。こちらこそよろしくお願いしますね」
先輩もにこやかに挨拶しながら握手をしている。
「ほう……中々、気の強いお嬢ちゃんだ。気に入ったぜ。お前さんの事は覚えておくよ」
二人が手を離すと、先生が咳払いをして。
「この権田原さんは僕達異世界帰りの中でも『最強の帰還者』と呼ばれている方ですよ。ところで、昨日何があったのですか? 何やらトラブルがあったようですが」
「ええと……ですね……」
先生からの質問に昨日の夜にあった出来事の詳細を説明する。
「――そうでしたか……。権田原さん、結構なハードスケジュールだったようですね。あちらにはどのくらいの期間いたのですか?」
「なあに、一ヶ月ってとこだ。今回はそこまでキツくはなかったぜ」
先生と権田原さんだけが納得している様な表情をしていたが、俺達にはチンプンカンプンなのだ。
「先生……、この人は俺達の目の前で消えました。でも今ここにいます。昨日のって実はトリックとかドッキリとかですか?」
「ははは、違いますよ。権田原さんは昨日、異世界に行って一ヶ月間過ごした後、昨日の夜帰って来たんです」
「……は?」
先生の言葉の意味が分からない。何故? どうして? どうやって? 色々と疑問符だらけになってしまう。すると月奈が恐る恐る口を開いた。
「あの……、ちょっといいですか? その人が異世界に行って一ヶ月過ごしたのに、何で今いるんですか!?」
「異世界転移の中には、帰還する際に僕達の世界ではあまり時間が経っていないことがあったりするのですよ」
「じゃあ……、権田原さんは本当に昨日異世界に行って、こちらの世界に昨日帰って来たんですか?」
俺達は呆然としてしまう。そんな事があるのか!? と。だが、その答えを知っているであろう権田原さん本人は至って普通の様子でいた。
その様子を察してか。
「昨日、お前らと会ったのが21時頃。オレが帰って来たのは22時くらいだったか。異世界人の召喚と違って神様連中だと、その辺融通が利きやすからな。ついでに今まで行って集めた武器やら防具やら乗り物やらも持って行けたんでね。お前らが行っていたら軽く数年かかっていたろうよ」
い、今まで集めた武器、防具、乗り物!?
とんでもない発言が聞こえて来たので思わず月奈と顔を見合わせてしまう。
「ちょ、ちょっと待ってください! その言い方だと異世界に行ったのは何回もあるように聞こえます! それに今まで集めた……って!?」
「ん? ああ、何回か行ってるぜ。オレは最初に行った異世界で運よく無制限アイテムボックスを手に入れてな。地球じゃあ使ねえが、異世界だと使える場合もある。ま、昨日はあの女神様と交渉してアイテムボックス使えるようにしてもらったわけだ。ついでに帰還する日時も指定してな」
……開いた口が塞がらないとはこの事か。俺と月奈はその言葉にただ驚くしかなかった。
「じゃあ、次は発表会場でな。山科、教え子の前で恥かくなよ?」
「ええ、そこは頑張りますのでご心配なく」
先生がにこやかにそう答えると、権田原さんは去っていった。ふと武宮先輩の方を見ると。
「……先生、あの人……化け物ですか……」
「武宮さんもあまり不特定多数にケンカを売るものではありませんよ。世界は広いというのが分かったでしょう?」
「……はい」
先輩は権田原さんの背中を見送りながら力無く呟いていた。
「先輩? さっきから元気がありませんけど……どうしたんですか?」
その問いに先輩は苦虫を噛み潰したような顔をして、俺達に説明を始めた。
「私……さっき握手は全力で、権田原さんの手を握りつぶしながら投げて地面に叩きつけるつもりでやってみたのよ」
先輩、とんでもない事を言い出したぞう
「何でまた……」
「だって……先生以外の帰還者に会ったことなかったし……、気になるじゃない」
うーん先輩、戦闘脳になっていらっしゃる。
「けど、どれだけ力を込めてもビクともしないのよ。まるで数十トンの大岩……。地球であんなのあり得ない。あの人が私のいた異世界に行ったら――」
「「行ったら?」」
俺と月奈が同時に聞き返す。
「……多分、魔王、秒で泣くわね……」
その一言で俺達は納得してしまったのだ。あの権田原さんはそれだけの規格外だと。
「それと久能君。権田原さんはヤクザではなく、自衛官ですよ」
「えっ!? あーいや、すいません……」
後で本人にも謝ろう。絶対にそうしよう!!
このリゾートホテルの貸し切り会議室にて、発表会の準備が行われている。俺達は公聴のみではあるが、発表待ちで前席に座っている先生が、今回集まった人物を紹介を始めてくれた。
「あちらの白衣の男性は、異世界で負傷した人物を敵味方問わず治療し、ついには双方の和解まで成し遂げた『治癒術士』です。地球でも世界各地を回り、多くの人を救っているようですね」
へえ、そんな凄い人もいるんだな。そう思っていると。
「あちらのスーツの男性は、異世界で一大財閥を築いたにも関わらず、何故か現地での生活を捨て帰還した変わり者と言われています。一説では……」
「一説では?」
「女性関係のトラブルで地球への帰還を余儀なくされたとか」
そんな理由で帰ってくんな!
「つまり、女の敵ですね!」
月奈がズバッと言い切ったぞ!?
「そして、あちらの髪を後ろで束ねている無精髭の方ですが、異世界に関する研究における第一人者と呼べる方です。大学でも教鞭を取っている教授ですね」
「あの人は帰還者じゃないんですか?」
「はい、彼は帰還者では無いのですが、異世界関連、特に召喚前後に計測されると言われる謎のエネルギーについて研究を行っています。昨日の夜、君達がいた辺りでも計測されていましたが、そこに権田原さんが駆けつける形になったようですね」
そんな話をしているうちに、この場に集まった先生方の発表が始まったのだが……。
……ヤバい。全く分らん!
意味不明な単語、謎の記号、数式の羅列。それが耳の右から左へと抜けていく、まるでお経の様に聞こえてしまい。
「……すぅ」
「寝るな!」
隣に座っていた月奈が小声で注意しながら肘で小突いて来る。
「ほら! 次は山科先生だよ! 先生の発表くらいはちゃんと聞いて!」
はっ!? それはマズい。流石に先生の話は聞かないとまずい。
……待てよ!? 先生の研究って……俺の魔法修得法じゃないのか!? 俺の毛布人間とかパンチングマシーン殴打とかチャンバラ月奈が白日の下に晒される!?
「せんせっ……ちょ!?」
思わず立ち上がり、先生を止めようと手を伸ばすが、月奈に止められてしまう。
「止めないでくれ月奈! 先生の研究だけはダメだ!!」
だが、時すでに遅し、先生はマイクを手に取り。スライドを起動させる。
ああ……俺、この会場で変な方向で有名人になってしまうのか……。
もう諦めて、終わったらまた海をたのしもー、ああ海の家めぐりいいなあ……、お土産はどうするかー。権田原さんはじえいかんー。
そんな現実逃避に入っていた。
「皆さん、国立佐文高校、山科樹です。今回の
おい、全然違うじゃねえか!
「衛侍……事前配布された資料見て無かったでしょ?」
「うっ……」
俺は月奈の言葉を聞いて、目を背けてしまった。実際、公聴だけだから別に見なくても良いかと思っていたのだ。
「まず、こちらのスライドをご覧ください」
先生が画面を操作すると、中世ヨーロッパの様な街並みの光景が広がっていた。辺りは暗いので夜のようだが、日本と違い街灯が無いので月明かりが照らすのみで少し薄暗いようだ。
「この写真は
さっき先生が紹介していた『異世界研究における第一人者』は松浦教授という名前らしい。そうして先生は次のスライドを映し出す。
「この異世界の月、皆さん、見覚えはありませんか?」
先生の言葉で俺もそのスライドを見るが、どこからどう見ても月にしか見えない。うさぎさんが餅つきしているアレだ。
「月奈、俺には普通の月にしか見えないんだが?」
俺が言葉とは裏腹に武宮先輩は、顔が強張っている。
「久能君? これは異世界の月よ。それが……地球の月と同じ模様をしているの。はっきり言って異様よ」
「あ……!?」
言われてみると、確かにその通りだった。次第に会場もざわめき始めた。そして、先生は次のスライドへと進める。
「さて、今度はこの月を写した数日後の同じ時間帯の写真です」
その写真は先程とはまるで異なる模様の月が映し出されていた。
「現地での月と言われているのは、こちらの写真。そして」
また先生は地球の月と同じ模様の異世界の月を映し出す。
「こちらに関しては、幻の月、または古い時代には浮き舟と呼ばれてたらしいのです。この幻の月は現地では数ヶ月から数年の期間を開けて出現し、人々にも親しまれています」
先生の説明に誰もが食い入る様に聞いていく。
「
つまり、先生はその世界がの住人が異世界人である俺達を召喚する際の条件の一つが、その月だと考えているわけか。
「そして、この幻の月と
先生の仮説に対して質問が飛び交い始める。
「では、二つの月は何の役割を持ってると考えますか?」
「そうですね……、表現は難しいでが、ゲートの様な役割だったのではないかと。幻の月が不規則に出現することから、その機能は相当劣化している可能性もありますね」
……こう言っては悪いが、山科先生が……凄く先生っぽい!?
「先程ゲートと仰いましたが、何者かが建造した可能性も?」
「この中には帰還者もおられると思いますが、その中には転生、転移の際、『神』に会った方もいるでしょう。その『神』、……高次元知的生命体とでも言いましょうか。そういった存在が作っていても不思議ではないと考えます」
『高次元知的生命体』……、すっごく厨二的な響きだが、神って昨日俺の足に縋りついて大泣きしていたはず。
俺の思考は先生達の討論からかけ離れて行き、気が付いた時には。
「では質問は以上のようですので、これで終了とします。ご清聴ありがとうございました」
先生が一礼し、拍手が鳴り響く中、自分の席へと戻って行った。
「先生って……、自力で帰還したって言ってましたけど、その時も……その幻の月が出てたんですか?」
先輩がそんな疑問を投げかけた。
「ええ、そうですよ。ただ本来は、僕を召喚した一族でないと魔法としては起動……というか承認されないようだったので、そこはハッキングみたいな裏技でほぼ無理矢理起動させたような感じですね」
「先生……、犯罪みたいな響きですけど……」
「まあ、出来るのは僕だけですし、仕組みはバレてませんから大丈夫です。多分」
そんな話をしながら、発表会は終了となり他の参加者も席を発つ中、俺達は各々の部屋に戻ろうとしていだのだが。
「そういえば、武宮さん。松浦教授に会いに行ってみますか?」
「あっ……。はい、そうですね。先生、お願いします」
松浦教授って異世界研究の第一人者とか言われていた人だ。先輩何の用だろう?
「月奈? 俺達も行ってみるか?」
「あの教授ってどんな人だろうね? 興味あるから行ってみようか!」
意外にノリノリな月奈だった。先生達に付いて行くと。
「よう、山科。面白い発表だったぜ。で、そっちの娘がお前の言ってた生徒か」
松浦教授、思っていたよりも親しみやすい人物っぽい。
「はい。武宮さん挨拶を」
先生に促され、先輩も自己紹介をする。
「初めまして、私は武宮結季と言います。まだ高校二年ですけど、大学に入学したら教授のゼミに入りたいと思っています」
「おう! いいぞー、山科から聞いたが成績優秀らしいじゃないか。そんな学生なら歓迎するぞ」
先輩、自分がかなりの好印象なので、嬉しそうな顔をしている。しかし次の瞬間、先輩は表情を引き締めて本題を切り出した。
「教授……、私……、地球と異世界を行き来する方法を研究したいです! どうかよろしくお願いします!!」
そう言って頭を下げる。俺と月奈は先輩のあまりの真剣な様子に圧倒されていた。
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