第14話 海だ! 水着だ! 勧誘だ!?

 一学期の学校生活も無事進み、期末テストも問題なく……、俺はまたまた山科先生監修のおかしな勉強法で異世界言語を覚える羽目になったり、チャンバラ刀装備型月奈の猛攻を掻い潜ったりと、まったく問題なかったわけではないが、赤点だけは免れる事となった。


 そして、期末テスト終了という事はつまり夏休みに突入したのだ!

 今年の夏休みには目玉イベントがある。

 そうそれは異世界関係の学会への参加だ。俺達は高校生という事で公聴のみだが、その学会は海辺のリゾート地で開催されるらしい。

 夏といえば海。高校一年の夏という人生の中で一番輝いているであろう青春真っ只中のこの季節を俺は逃すわけにはいかない!

 そんな事を考えながら日々を過ごしていたある日、先生からメールが届いていた。


『学会の日程は〇月△日からとなります。前日に現地へと向かいますので、集合場所と集合時間は――』


「ついにこの時が来たか」


 そう、遂に待ち望んでいた日がやって来た。

 着替えに学会用の資料。そして水着等々を用意しなければ!

 それにしても海沿いのリゾートとはなんとも素晴らしい響きだ。きっと美しい景色が広がっているに違いない。


「おーい! 衛侍ー! 準備できた? 着替えは? 資料は? 水着は? 歯ブラシ持った? 宿題やった?」


 隣の家の窓から月奈の元気な声が聞こえてくる。まるで子供の準備を見守る母親のようだ。


「ああ! 大丈夫だ!」


 俺は自信満々に返事をする。


「本当に~?」


 月奈が疑うように聞き返してくる。


「本当だって! それよりもそっちこそ大丈夫なのかよ!?  水着とか!」


 俺が聞き返すと、少し間があった後に月奈の声が返ってきた。


「ふっふっふっ。わたしを甘く見ないで欲しいわね。ちゃんと用意してあるわよ。抜かりはないわ!」


 自信ありげに言ってくる月奈だった。


「じゃあ明日……」

「レッツゴー!」






 次の日、集合場所である学校の校門前まで行くと既に他のメンバーが集まっていた。


「おはようございます皆さん。昨夜はよく眠れましたか? 僕は発表があるので、ちょっと寝不足ですが」

「先生? 寝不足なら少し寝てから行きますか? 車の運転は先生しかできませんから、くれぐれも安全運転でお願いします」

「大丈夫ですよ、武宮さん。途中で休憩を挟みながら行きますので」


 先輩がそれとなく注意を促しながら助手席に乗る。続いて山科先生も運転席に乗り込んだ。俺と月奈は後部座席で並んで座る。

 車を走らせること三時間程で目的地に到着した。


「着きましたよ。ここが会場になります」


 車を降りると目の前には青い海が広がっていた。快晴なので日差しが眩しい。そして車を止めた駐車場から後ろに目を向けると、いかにもリゾートホテルといった佇まいの建物が見えた。


「さぁ、今日は各自部屋に行って荷物を降ろした後は自由時間です。ただし、あまり遅くならないようにしてください」

「先生……見るからに高そうなホテルですけど……お金とか大丈夫ですか?」

「ああ、うちの部活は……部費もあまりかかりませんし、僕が学生の頃からの余った部費を貯めていたので問題はありません」


 ……約二十年貯めた部費をここで使っていいものだろうか?  まぁ、ここは先生に任せよう。


「では解散!」


 俺達四人はそれぞれ部屋に荷物を置きに行く。先生と相部屋かも思ったが一人一室となっていたので、そこは驚きだった。

 俺達は早速、海で遊ぶべく着替えて浜辺へと向かった。

 ビーチパラソルやレジャーシート等を設置し終えたが、俺が一番先だったようで、月奈や先輩の姿はまだ見えない。

 しばらくすると……。


「衛侍! おっまたせ~!」

「ごめんなさい。待たせたかしら?」

「いえ、ゆっくり待っていたので全然です」


 月奈と先輩が合流した。


 普段と違う姿の二人に目を奪われてしまう。月奈は白を基調とした花柄のワンピースタイプ。一方の先輩は紺色のビキニスタイル。

 二人はいつもと違った雰囲気を醸し出していた。


「どうしたの衛侍? そんなに見つめて……」

「い、いや! なんでもないぞ! ただ、その、あれだ。二人共綺麗だからつい見惚れてしまっただけだ」

「あらそう。ありがとう。でもあんまり見られると恥ずかしいわね」


 照れくさくなり目を逸らす俺に対して先輩は余裕のある表情で答える。

 やっぱりこの人は大人びているな。


「ふふん! そうでしょう!もっと褒めてくれても構わないのよ!」


 月奈は胸を張って得意げに言う。


「お、おう。月奈もよく似合っているぞ」

「えへへ」


 月奈は嬉しさを隠しきれずニヤける。

 そんなやり取りをしているうちに、先生も到着したのだが……。


「……せ、先生、筋肉すげえ……」

「いやいや、そんなにマジマジと見ないで下さい。流石に恥ずかしいので」


 俺は先生の鍛え抜かれた肉体を見て思わず声が出ていた。


「先生って物理教師でしたよね?」

「はい。そうですよ? それなりに鍛えているって言いましたよね?」


 これは『それなり』ではない気がする。ふと、武宮先輩の方を見ると、先輩も出る所は出ているが、全体的が鍛えられた引き締まった身体をしていた。

 これが異世界帰還者の体つきなのか。俺は改めて異世界帰りの人達との差を感じた。


「ところで久能君。ここで部活でもしますか?」

「絶対に嫌です! この真夏に毛布人間とかチャンバラ回避詠唱訓練とかしたくありません!」

「流石に毛布は着せませんよ。熱中症になっても困りますし。ですので、今回は塗る温湿布を全身に塗って、魔力を体に纏わせるような感覚を――」

「もう勘弁して下さい! お願いですから普通の遊びにしてください!! 最近、寝ていても全身が毛布にくるまれている様な感覚に陥るんですから!」

「それは良い傾向ですね!」


 先生は俺の肩をバンッと叩き、満面の笑みを浮かべた。


「良くないですよ!!」


 俺の全力の拒否により、部活はやらない事となった。本当に良かった。


「よーし、衛侍、海に入って遊ぼう!」

「そうだな。よし、行くか!」


 その後、俺達はビーチボールでバレーをしたり、砂山を作ったりと楽しく過ごした。途中、月奈が波打ち際まで走り出した時、足を滑らせて海にドボンしたりしたが、楽しい時間だった。


 一度、休憩の為に浜へと戻ると、先輩が見知らぬ男数名から声を掛けられてた。どう考えてもナンパだろうが先輩なら軽く追い払いそうだ。

 ……って、ちょっと待て!? 先輩が下手に手を出したりしたら、連中の体と心はボロボロになりかねないだろ!?

 その想像をしてしまい、急いで先輩の元へと駆けつけると。


「ねえねえ……、一人で海なんてつまらないだろ? 俺らと一緒に遊ばないかい?」

「結構です。私には連れがいるので」


 案の定、しつこい輩がいた。しかも、相手は複数人。どう見てもチャラいナンパ男達だ。


「いいじゃん、そんな奴放っといてさぁ~」

「そうそう。ほら、俺らの方が色々楽しませてあげられるぜぇ?」

「……」


 先輩は無言で立ち去ろうとするが、男が腕を掴む。すると先輩は目を鋭くし。


「今なら何もしないであげるから、素直にその汚い手を放しなさい」

「あ"?」

「聞こえなかったのかしら。私はあなた達に用はないと言っているの」


 ヤバい!? もう一触即発だ!?

 何とか止めるべく、先輩の腕を掴んでいた男の前へと行き。


「もう止めて下さい! 先輩も挑発しないで!」


 俺は二人の間に割って入った。


「連れが迎えに来たので、もう良いですか? あなた達みたいなのよりも余程マシなので」


 先輩は冷たい目で睨むが彼らも負ける気は無い様で。


「そんなのよりこっち来いよぉ? 」

「あら? なら彼みたいに、毛布で全身を覆ったり、パンチを何度喰らってもへこたれなかったり、棒(っぽいチャンバラ刀)を持った人に何度叩かれながらも頑張れるなら考えてあげても良いわよ?」


 それを聞いた途端、ナンパ男たちは、俺を見てドン引きして先輩の腕を離していた。


「おい、あの女……特殊趣味のやべー奴じゃね?」

「ああ……、残念美人ってヤツだ」


 などなど、彼らの声が風に乗って聞こえて来ていた。

 うん、俺の名誉がズタボロになった気がするが、この場で救急車を呼ぶ事態にならなくて……良かった。


「久能君。来てくれてありがとね」

 そう言った先輩は少し嬉しそうだった。






 その後、海を堪能した俺達はホテルに戻った。

 このホテル、大浴場もさることながら食事も豪華でとても学生が宿泊できる様な値段ではないだろう。


 そして今は夕食を食べているが、月奈がこんな噂を聞いたらしい。


「なんかね、最近この海辺で幽霊が出るんだって」

「夏だしな。怪談なんてよくあるだろ」

「それはそうかもだけど、外人の女性の霊が、おいで……おいで……って手招きしてるらしいよ」


 何で外人って分かるんだろう?

 この手の怪談は昔海で地元の人間が溺れたとかだろうから、基本的に日本人で髪が異様に長くて顔が見えないなんてのが定番だと思うのだが……。


「私も聞いたわ。金髪の女性が出てくるって」

「金髪だから外国人ですか?」


 俺の問いに二人はうんうんと頷いている。


「まあ、夜に散歩する時は気を付けるか。幽霊じゃなくても不審者だっているかもしれないし」

「そうだ! 売店で花火売ってたから、やらない?」

「おっ! いいな」


 月奈の提案に俺と先輩も賛成し、食後に売店で花火を購入した。すると先輩がお土産でよくある木刀コーナーを眺めていた。その一振りを手に取るとレジへと持って行き迷わず購入する。


「先輩? お土産ですか?」


「いいえ、さっきの幽霊の話、一応用心しようと思って。こちらにレイスとかゾンビはいないと思うけど……念の為よ。不審者ならこういったのをチラつかせるだけでも有効だしね」


 つまり、相手が人間でも幽霊でもゾンビでも木刀でやり合う気満々らしい。


「でも珍しいですね? 先輩なら素手でも大丈夫そうなのに」


 月奈がそう言うと、先輩は少しばかり苦い顔をして。


「……もし万が一ゾンビが出たら素手で殴りたくないから」


 うん、そりゃそうだ。腐った体を素手でとか俺も嫌だ。異世界ならともかくこの地球でそんな心配は無用だとは思うが。






 砂浜で花火を楽しみ、もう帰ろうと火の始末をし終えたその時。


「……で……いで」


 どこからともなく女性の声が聞こえて来ていた。


「この声……、先輩か月奈じゃないですよね?」

「違うわ」

「うそ!? ほんとに出たの!?」


 月奈が俺の後ろに隠れて目を瞑っている。相当怖いらしく、小刻みに震えている。

 俺は勇気を出して周囲を見渡すが誰もいない。そして先輩は俺の前に立ち、木刀を構えてすでに戦闘態勢へと移行している。

 先輩は周りを見渡しながら、声の主を探すが全く見当たらない。しかし、また声は聞こえてくる。


「おいで……おいで……、こっちに来て……私のお願いを……て」


 今度ははっきりと聞こえる。しかも、声は背後からだ。


「久能君! 後ろにいる!」

「はい!!」


 言われた通り振り返ると、そこには金髪ロングヘア―の外人の女性がいた。あまりにも近くにいたため、全体を見たわけではないが思わず飛びのいてしまう。

 そこに――


「はあああああああ!!」


 先輩が裂帛の気合と共に木刀を振りかぶり、全力でその女性へと叩きつける。どうやら木刀は頭ではなく肩へとヒットしたらしい。


 後で先輩に聞いたのだが、『もし人間の場合、脳天なら命の危険があったかもしれないから、一応肩を狙った』……と真面目な顔をして語っていた。

 それはともかく、木刀で叩かれたその女性は――


「いたああああああああい!!? ちょっと待ってください! 私は怪しい者じゃありません!」

「この夜更けに、こんな事をして不審者以外の何だというの? 警察に突き出してあげるから覚悟しなさい!」


 先輩がさらにもう一撃を入れようと構えを取ると、その女性が慌てて弁明を始める。


「違います! 本当に不審者じゃありません!  ってか肩が痛すぎます!? 絶対に折れてるかヒビ入ってます! 『ヒール』、『ヒール』!」


『ヒール』。その声と同時に女性が手を当てた肩から優しい光が溢れていた。


「えっ!? これって魔法? あなた……何者!?」


 先輩も驚きを隠せていなかった。先輩も先生も異世界からの帰還者ではあるが、地球では魔法は使えない。目の前の女性はその魔法を当然のように使用しているのだ。

 俺と月奈もその光景に呆然としていた。


「ふう……。やっと痛みが取れました。初めまして。私の名前はテイアー。こう見えても女神なのです!」


 胸を張り、自己紹介をする自称女神様が一人。その全身を見ると、まるで物語に出てくるような白い衣を着た女性だった。

 普通なら女神なんて信じられるはずはないが、さっきの魔法を見てしまったので判断に困ってしまう。

 とりあえず……敵意はなさそうだけど……。

 月奈も俺と同じ気持ちの様で、戸惑ったような顔を見せていた。


「あなたが女神かどうかは判断できないけど……、少なくとも地球にいる存在ではないと理解したわ」


 少しだけ警戒を緩める先輩だが、それでも木刀を構えたままだ。


「それで? 何故私達の前に現れたのかしら? ただの通りすがりとは思えないのだけど?」

「それは……聞くも涙、語るも涙の事情がありまして。こうして直接この地に降り立ったのです」


 女神様らしき人物は袖で涙を拭う素振りをしながら、切々と語り始めた。


「私の管理する世界ですが……、魔王と呼ばれる存在が暴れまわっていて、人々は日々怯えています。このまま放置しておくといずれ世界を滅ぼそうとするでしょう。そこで勇者召喚を行い、異世界より救世主を呼び出ことを決定しました」


 おーう、テンプレ展開だあ。


「しかし……、最近この世界の神による異世界転移や異世界転生の成功率が下がっているらしいのです。この前、素質のある方を異世界転生して貰おうとしたら、担当の女神が見逃しちゃったので、しばらく該当者を送るのは遅れると連絡がありました」


 ……最近、どっかで聞いた話だなあ……。確か古村が似たようなこと言ってた様な?


「もう待ちきれないと、私自らこの世界に降り立ち、魔王と戦ってくれる方をスカウトしようと、こうして日々頑張っていたわけです」

「それで呪われた幽霊みたいな勧誘をしていたと」

「幽霊みたいとは失礼ですね! ここ数日で、素質のありそうな方がこの場所に集まっているので……、あれ? あなた方も該当者ですね? どうですか? 転生は一度死んでいただかなくてはならないので……ちょっと面倒ですが、転移だったらこれからすぐにでもできますよ!」


 いや、そんな簡単に言われてもなあ。

 月奈の方を見てみると首を横に振っていた。俺も同じ意見だ。


「もちろん、タダでとは言いません。こうして出会えたのも何かの縁、ちゃんと超強いスキルとか魔法とか全部あげますので、是非! 私の世界に……」


 そこまで聞くと先輩は構えていた木刀を下ろしながら、彼女の目を見てこう言い放った。


「話はわかったわ。でも悪いけれど、私達は行かないから」


 その発言に女神様は目に涙を浮かべながら。


「どうしてですか!? せっかく私がここまで来たというのに!? ああっ!? これはきっと夢!? 女神である私は過労で倒れて幻覚を見ているんですね!?」


 すいませんが、これ、紛れもなく現実です。


「おねがいしますーーー! どうか……どうか! うええええええん!!」


 俺の足に縋りつき、大泣きしてしまった。こんなのを見ると可哀そうになってくる。俺の方に来たのは先輩が怖いからだと思われる。


「なあ、月奈……どうする?」

「行きたくないけど、ただ断わるのも……悪い気が……」


 俺達二人が大泣きしている女神様をどう宥めるか思案していると。


「女神様よぉ。あんまり若いのを困らせるもんじゃあねえぜ。変な反応があるからと様子を見に来ればこれだったか」


 背後から野太い声が聞こえて来た。察するに中年の男性だろうが、背中から感じる威圧感が半端ではない。

 俺達が振り向くと、そこには高校生の俺より一回り以上体格が良く、着ているアロハシャツの上からも分かる筋肉質の男がいた。髪は角刈り、サングラスをかけ視線は分からないが、左眼の上から頬にかけて傷跡が刻まれている。

 どこからどう見てもヤの付く職業の方にしか見えない。


「ひっく……、あなたは?」

「通りすがりのオッサンさ。どうだい女神様、その世界……オレが行ってやろうか?」

「ほ、本当ですか!?」

「ああ、だが色々と確認してえことがある。ちょっと話そうか」


 そこまで言うと、女神様と中年の男性は俺達から離れた後、何やら話し込んでいた。


「――ええ、それでしたら可能です。アイテムに関しても……」

「そりゃあ助かる。オレにも仕事があるんでね」


 そんなのが聞こえて来ていたが、詳しい内容までまでは分からない。どうやら話がまとまったようで。


「ありがとうございます! うええええええええん!!」


 今度は女神様、嬉し泣きをしていた。

 そして、どう見てもヤクザな男性は俺達の方を向き。


「ちょっくら行ってくらあ。若いの、またな」


 そう挨拶すると、女神様が展開した魔法陣らしきものによって次の瞬間、忽然と姿を消していた。


「皆さん、ご迷惑をお掛けしました。では、またご縁があれば」


 女神様も俺達に一礼すると段々と体が透けていき、砂浜には最初から俺達以外は誰もいなかったかのような静けさを漂わせていた。

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