第13話 ハプニング後日談
昨日の寮祭ハプニングから一夜明け、俺は一睡も出来ずにいた。
原因は寮祭ドッキリで、何故か武宮先輩が俺へと突撃し、倒れた拍子に彼女の胸を鷲掴みにしてしまったという、第三者から見ればうらやまけしからん状況だろうが、俺からすれば最悪な出来事だったのだ。
先輩は何やら言い訳しながら、顔を真っ赤にして寮へと帰って行ったが、今頃俺をどう料理するかをサンドバックを叩きながら、いやふっ飛ばしながら考えているかもしれない。
「ああー……もういっそ死にてえ。むしろ、あの場でビンタされてた方が気が楽だったか!?」
ベッドに寝転がりながらそんな独り言を呟いていた。
すると、隣の家のベランダから何やら俺を呼ぶ声が聞こえる。
「おーい! えーいーじー! どーうーしーたーのーーー?」
月奈よ、俺は今、これからの人生の岐路に立たされている状態だ。お前に構っている暇はない。
だから無視したのだが……。
声が聞こえなくなって漸く諦めたかと思ったら、階段をドカドカ勢いよく上って来る足音が聞こえる。すかさず鍵をかけると。
――カチャ
何の抵抗にもならず開錠されてしまった。
「衛侍! 何回も呼んでるのにどうしたのよ!?」
「当り前のように鍵開けて入って来るな!?」
「合鍵くらい、おばさんに頼んだら貸してくれるもの。それで? なに不機嫌なの?」
さすがは幼馴染だけあって、俺の変化には目敏いようだ。だが、今はその鋭さが恨めしい。
「俺な……、学校行ったらヤバいかもしれない……。だからしばらくそっとしておいてくれ……」
真面目な話、女子の月奈に先輩の胸を触ってしまったとか相談できるはずはない。ならクラスの男子連中だが……、こんなの話したら殺気立って、特に先輩に中間試験の勉強を見てもらった恩を感じている古村辺りは絶対黙っていないだろう。下手すりゃ血を見るぞ。
「むー! よし! どっか遊びに行こう! 気分転換に!」
「俺は今日休ませてもらうわ。じゃあな」
そう言って再び布団を被って目を閉じたのだが。
「そおれ!」
俺を布団ごと引っぺがし、ベッドから叩き落していた。
「おい、ベッド落としが職人の域に達してないか!?」
「そりゃあね。毎日毎日やってれば、この位出来るでしょ」
そして床に落とされた俺を見て満足気に言う。
「うん、いつも通りの衛侍だ」
「俺がどんな風に見えてるのか知らんけど、かなり落ち込んでるからな!?」
「それで、遊びに行く? 行かない?」
目を輝かせながら俺に問う月奈。俺が話している時点でどっちでも良いんだろうが。
「分かったよ。行くよ。どこへだよ?」
仕方なく俺は重い腰を上げていた。
「そうだね。考えてなかった。でもなんかいい所あるかな~♪」
腕を組みながら俺の部屋の中歩き回る月奈だった。これなら相談をしても良いかもと思ってしまい、つい。
「月奈……、俺がお前の胸を触ってしまったらどうする?」
「えっ!? とりあえず引っ叩いてその辺に転がす?」
「…………」
「冗談だって! そんな顔しないでよ!?」
月奈の言葉に本気でショックを受けた俺だった。月奈の行動を武宮先輩に置き換えると……、ビンタで転がるだけで済む話じゃない。
下手すれば歯が全て折れた挙句、病院送りになりかねない。それ程までに強烈な一撃を食らうことになるのだ。
「月奈……、俺……やっちまったんだ……」
「ちょ!? どうしたの!? 何で震えながら泣いてんの!?」
自分でも気付かぬうちに涙が出ていたらしい。
「お、落ち着いて……ね? 深呼吸してから、ちゃんと話して!」
月奈に言われ、何とか落ち着いた後、事情を話した。
「先輩が体当たりしてきた拍子に一緒に倒れ込んで、先輩の胸……を触っちゃった……ねえ? ……衛侍?」
「おう、何だ……」
胸にしまい込んでいた荷物を降ろしたようにスッキリした気持ちになっていた俺だったが、月奈の一言によってまた重たい空気が俺の周りを覆う。
「……このスケベ。違うか、ラッキースケベ」
「ぐふ!?」
月奈から放たれた言葉の矢が俺の心臓を貫いていた。
「いや待て! 確かにそうだけど言い方が悪すぎる! 事故だぞ!? 不可抗力だぞ!」
「そうかもだけど……、相手は武宮先輩かあ……」
そう、異世界で魔王を倒さずに屈服させ、不良を軽く叩きのめしたのち、言葉だけで彼らの心を折り、あまつさえ男子二人抱えて疾走できるほどの体力を持つ、おそらく俺が知る限り最強の女子高生だ。
「先輩って……、異世界でセクハラしてきた男の股間を蹴り上げたって言ってたよね?」
「そうだな……ついでにその人物を罵倒してもいたらしい」
「ねえ……衛侍が衛子になっちゃう? そうなってもわたし達は友達だよ?」
凄まじく失礼なことを言い出す幼馴染だった。
「月奈……想像したら……また震えが……。どうしよう……」
俺は自分の身体を抱き締めるようにしながら、カタカタと小刻みに揺れていた。
「ああもう! ほら、大丈夫だから!」
俺の背中を擦りながら励ましてくる月奈が眩しい。
「とりあえず、謝るのが先決だと思うけど、その前に」
「その前に?」
「先生に相談してみよう! ああ見えてもわたし達より先輩との付き合いは長いはずだから、いいアドバイスを貰えるかも」
「なるほど……確かにあの人なら的確な答えを出してくれるかもしれない。……多分」
その結論に至り、俺達は月曜日の放課後、先輩が来る前に部室へと足を運んでいた。
先生に事情を説明すると……、何故か悔しそうに。
「寮祭で……僕が酔っぱらっている間に……、そんなラブコメの波動を感じる展開になっていたとは……」
何言ってんだこの物理教師!?
「先生、冗談は衛侍の悩みを解決してからにして下さい」
月奈に真面目なトーンで注意されていた。
「いやいや、少しだけ昔を思い出してしまいまして。異世界にいた頃、とある貴族の令嬢からある依頼を受けました」
……おい、話が脱線しそうになってないか?
「その方が言うには、親が決めた相手ではなく『誰かと燃えるような恋』をしてみたいと」
いや、それよりも俺の悩みの方をだな。
「そして苦難の末、僕は『ラブコメの波動を感じて恋を始める魔法』を開発したのです! これを掛ければあら不思議。交差点で異性と激突したり、荒くれ者に難癖をつけられるとイケメンが助けてくれたりと、正に夢の様な魔法です!」
「異世界でなんつー魔法作ってるんですか。あんたは!?」
ついツッコんでしまった。というか月奈も引いているじゃないか。
しかし、先生は俺達のツッコミなど気にせず。
「これはふざけている様に見えてかなりの高等魔法ですよ。数多の運命の分岐、因果律を感じ取って最適な行動を導き出す……。この魔法は最終的に敵に全く会わずに魔王の玉座に辿り着いたり、相手の攻撃全てに最適な回避や防御をして無効化したりと、まさに至れり尽くせりの超絶チート魔法となったのです!」
……異世界で賢者だった人物はラブコメ魔法からチートを造り出したらしい。そんなの魔王が知ったらどんな顔をするやら。
「先生、衛侍はラブコメがしたいんじゃなくて、先輩に謝りたいだけです。できれば無傷で済むように」
「すいません。熱く語りすぎました。武宮さんですか……、もう当たって砕けるしかないですね!」
……何のアドバイスにもなってない……。
失意の俺は部室の扉へ向かい、そのまま部屋から退出した――
「……と、いうのは冗談ですが、武宮さんは確かに喧嘩では容赦ないですし、僕への発言も遠慮はありません。しかし決して道理を弁えない子ではありません。素直に謝れば暴力的行為に及ぶことは――」
「先生、衛侍なら気力を無くしてフラフラ~っと出ていきましたよ。わたし追いかけますね!」
後ろからそんなやり取りが聞こえてきた。しばらくして月奈らしき足音が追い付いてきて。
「ちょっと待って! 置いてかないで衛侍!」
俺の腕にしがみつきながら必死についてくる幼馴染だった。いつの間にか二年の教室まで来ていたらしい。武宮先輩がちょうど教室から出て来たたしくバッタリと鉢合わせした。
「せ……先輩!?」
「く……久能君!? あのね? こないだはね?」
何故か先輩まで都合の悪そうな顔をしている。
「先輩、衛侍がちょっと話したい事があるので、ついて来てください!!」
月奈が突然大声を出して、先輩を引っ張っていった。そして人気のない校舎の裏まで連れて行くと。
「ほら! 後は頑張って!」
と、俺の背中をバンッ……と押して、月奈は俺達から遠ざかっていった。
俺は先輩に向き合うが……。
「あの……先輩……」
何も言えず、俯いて立ち尽くすしかなかった。
しばらく沈黙が続いたが、面と向かっている以上は覚悟を決めるしかないのだ。
「あの時……、先輩の胸を思いっ切り掴んでしまってすいません!!」
「私の体当たりで怪我とかしてない? 大丈夫だった!?」
俺の土下座しながらの謝罪と同時に先輩も頭を深く下げて心配してきた。
「は、はい。それは平気でしたが……」
「そう……良かった」
先輩はホッとした表情だったのだが、顔を上げてよく見ると頬が赤くなっていた。
「……久能君? さっき何て言ったの? 私の聞き間違いでなければ……、その……私の胸を?」
先輩は自分の胸を押さえる様に腕を組んで俺を見据えてくる。
うわぁ……怒っているのか恥ずかしがっているのか分からないけど、凄い迫力だ……。
「はい、実はその……ぶつかった拍子に偶然……。本当にごめんなさい!!」
「……」
先輩は無言のまま俺の顔を見て近づいてきた。
そして目の前に来ると、いきなり俺の両肩をガシッと強く握りしめてきて。
「あ……あれくらい別にいいのよ! 私だって悪かったから! それに私は全然気にしていないから! だからそんなに謝らないで!」
気にしないようにと、言ってくれているが……。
「せ、先輩!? あ、握力が!? 肩の骨がミシミシ言ってます!?」
武宮先輩は先日の事実を知ってしまい、顔を真っ赤にしながら動揺していたせいか、手加減無しの怪力で俺の肩を握っていた。
痛いし、このままだとマジで肩の関節外れる!!
「へっ!? ああっ……!? ごめんなさいごめんなさい!」
先輩は慌てながらもやっと手を離してくれた。
俺はその場から立ち上がり、ズキズキする肩を擦りながら息を整えた。
「は……ははは……」
乾いた笑いしか出てこない。やっぱり武宮先輩は只者じゃない。
「うーん? 終わった? ええと、二人だけの世界を作ってたけど、ここにはわたしもいるからね?」
月奈が校舎の影からヒョコッと出てきた。
「えっ!? 神咲さん!?」
またまた動揺する先輩だったのだが、月奈は俺の方を向き、体全体をまじまじと観察した後で。
「よし、体には異常なしっと! 良かったね、ビンタとかされなくて」
「お……おう、そうだな……」
なんか釈然としないが、とりあえず無事を喜ぼう。
「それで衛侍、ちゃんと謝れたんだから、もうこれで終わりにしよう。これ以上、先輩を困らせたらダメだよ」
月奈が人差し指を立てながら、やれやれという仕草をする。
どうやら俺の気持ちが分かるようだ。流石は幼馴染。
月奈の言う通り、今回の件はこれで終わらせよう。俺も武宮先輩もお互いが納得できるなら、きっとそれでいいはずだ。
「ほんと、武宮先輩が衛侍の股間を蹴り上げて、それはもう大変な事になるんじゃないかって――」
「いくらなんでも、不可抗力でああなった久能君にそこまでしないわ。私はそんな鬼畜じゃないわよ!」
先輩が両手を前に出し、ブンブンと横に振っていた。
その後、部室に行くと――
「おや、どうやら問題は解決したみたいですね」
異世界でラブコメ魔法作った元賢者が、安心した表情を見せながら今日の部活を開始した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます