寮祭~夏休み(武宮結季編)

第12話 寮祭はハプニングの香り

 今、クラスの……いや学校全員の生徒が真剣な顔で机に向かっている。

 テストの解答用紙からはシャープペンをカリカリと走らせる音が響いている。

 高校初めての中間試験、その最後の科目だ。

 50分後。


 ――キーンコーンカーンコーン♪


 終了を告げるチャイムが鳴った。


「はいそこまで!」


 担任の声とともにクラス全員が一斉に身体を伸ばし、シャーペンを置く。

 俺も問題用紙を閉じて机の中に入れ、筆記用具と共に筆箱に入れる。


「ああー! 終わったあああ!!」


 思わず声を上げてしまった。


「衛侍、どうだった?」

「ま、赤点はないんじゃないか」


 隣の席の月奈に聞かれたのでそう答えた。あのチャンバラ式勉強法でも頭には入っていたらしい。


「そっかぁ~。よかったあ~」


 月奈は安心したようにため息をつく。


「古村は……大丈夫そうだな」

「武宮先輩……ありがとうございます! この恩は忘れません……」


 古村は感無量と言わんばかりに両手を合わせて拝んでいる。

 そういえば……試験前は古村に付きっきりだった武宮先輩は大丈夫だったのだろうか?

 本人の前では言えないが、異世界経験のせいで荒事には罵倒を飛ばす美人な先輩は、その異世界召喚のせいで留年している。まかり間違って来年俺達と同学年になったりしたら、気まずいどころじゃない。


「武宮先輩……健闘を祈ります……」

「いきなりどうしたのよ……」


 月奈が俺の様子を見るなり呆れている。




 二週間後、放課後に武宮先輩に呼び出されていた俺と月奈は、二年の教室に行っていた。廊下には中間試験の成績上位者が張り出されており。


 ――総合一位 武宮結季


「な……なにいいいい!?」


 思わず公衆の面前だというのに叫んでしまった。しかも、武宮先輩は数学、化学などの理数系、ついでに異世界関係の科目が満点であった。他の科目も満点とまではいかないが、九割以上の点数を取っている。


 ……先輩ってすっごく頭良かったのか……。異世界系科目はともかく。


「久能君? 何で私の成績を見て驚愕しているのかしら? 怒らないから言ってみて?」


 後ろから優し気にもかかわらず、威圧感のある声をかけられた。


「せ……先輩って凄くスペックが高くてビックリしました……」


 とりあえず、振り向いて当たり障りない言葉で誤魔化そうと試みたものの、目が笑っていない笑顔の先輩を見てすぐに白状した。


「全く……私を馬鹿だと思っていたなんて失礼ね。こう見えても毎日の予習復習は欠かしていないわ。そもそも、その程度こなせないと、人に教えるなんてできないのよ?」

「仰る通りでございます」


 武宮先輩の言葉はごもっともなので、素直に納得するしかなかった。

 隣の月奈が本題に入ろうと先輩の方を向きながら。


「あの……衛侍の失礼な発言はともかく、先輩から呼び出すなんて珍しいですね? 部活の話ですか?」

「部活……ではないけど、二人は寮祭どうするのかなって思って」

「あっ……俺達って自宅通いだったから、あまり気にしてなかった……」

「わたしも……」


 この学校、全国から異世界に召喚されやすい人間を集めているため、学生寮が完備されている。生徒全員分の個室があり、大浴場まで完備という贅沢さである。古村が言うには食事もうまいらしい。

 さて話題になった寮祭だが、全国規模で集められた新入生と上級生との親睦を兼ねて中間試験後に行われるイベントだ。武宮先輩も寮生なので当然参加。俺達はというと――


「あれ? 寮生じゃなくても参加って良いんですか?」

「そこは別に構わないわ。ただ、強制じゃないから参加するかどうかは自由よ」


 飯もうまくて、大浴場あり。しかも野外でバーベキューとかもする。なたば選択は一つだ。


「行きます。寮もどんなのか気になりますし」

「うんうん! 面白そう!」


 俺達は二つ返事で参加を決定した。





 そして寮祭当日の放課後、次の日は土曜で休みとなっているので、少しくらいはしゃいでも大丈夫となっている。

 俺と月奈はとりあえず帰宅して着替えてから学生寮へと向かったのだが。その寮は――


「な……なんつーデカさだ……」


 俺は目の前の建物に唖然としていた。目の前には五階建ての校舎のような建物が二棟もそびえ立っていた。どうやら男子寮と女子寮らしい。

 そして、寮の庭には野外イベントの華とも言えるバーべーキュー会場が設置されていた。

 さらに、入り口前には『新入寮生懇親会場』と書かれた垂れ幕があった。


「な……なんか凄いね……」


 月奈も圧倒されていた。


「よう、お前らも来たのか?」

「おう、古村……、お前もって……クラスの連中もほとんど揃ってるな」


 寮生の方が多いので当たり前といったら当たり前だが、まだちゃんと話した事の無いクラスメイトもいるので、いい機会だ。

 とりあえず開催時間となったらしく、生徒の代表が挨拶を始めていた。


「皆さん、今日はお集まり頂きありがとうございます。当校では毎年、新入生と上級生の親睦を深めるためにこの寮祭を開催しています。この学校は全国から生徒を集めていますので、初対面の方も多いと思います。ですので、まずはお互いを知るところから始めましょう。それでは皆様、本日は楽しんで下さい。ただし、あまり羽目を外しすぎないようにしてくださいね。では……乾杯!」

「「「「乾杯!!」」」」


 開催の挨拶も終わり、紙コップに入ったジュースを片手にバーべーキューコーナーへ直行する。


「うわあ、すっごい人……」


 月奈が圧倒されているが、こちとら育ち盛りの高校一年生。例え上級生相手だろうと負けられない戦いなのだ。

 肉が焼かれている鉄板へと手を伸ばし、何とか肉をゲットする。


「えいじー……、わたしのも取ってええ……」

「おう、任せろ!」


 女子の月奈は野獣の如き眼光の男子が群がる焼肉に手を伸ばすのはリーチが足りない。そこは俺がフォローをする。


「はいよ」

「わーい、ありがと。じゃあこっちもあげる」


 月奈が握り飯を俺へと渡し、俺達はクラスメイトが多く座っているブルーシートへと向かって行った。


「よう久能、どうやら肉ゲットできたみたいだな。ほらこっちの焼き鳥もどうだ?」

「おっ! じゃあ貰うぞ。そういえば俺って地元だけど、お前ってどこ出身?」

「ああ、俺か? 俺は熊本だよ」

「わぁ……俺は青森だ!」


 何で一瞬言い淀んだんだろう?


「ああ……ワリィ、方言出そうになってさ。分かんなくなるだろ?」


 地方出身者って意外と気を使ってるんだな。俺が知らないだけで、結構苦労してたのか……。


「ワシは広島じゃけえ」

「ホンマ? ワイは大阪」


 ホントに全国から集まってるな……。


「ところで……、神咲さんっていつも一緒にいるけど、お前の彼女?」

「ちげーよ!ただの幼馴染だ!」


 いきなり変な事言うんじゃねえよ。


「でも、あの子めちゃ可愛いじゃん? 狙ってる奴多いぜ?」

「あいつの本性を知らないからそんな事が言えるんだ。良いか? 毎日俺をベッドから叩き起こし、無理矢理数分で朝食を詰め込もうと――」


 そこまでで、俺の後頭部に衝撃が走った。


「いった!?」


「えーいーじー!! 何わたしの悪口を言いふらしてるのかなあ?」


 振り返ると、拳を振り抜いた姿勢で、ニッコリと微笑む月奈の姿があった。


「なんだよ、本当の事だろ? 毎朝、俺を叩き起こすどころか落とし起こすだろうが!」

「それは仕方ないじゃない! あんたが起きてくれないから悪いんでしょ! 」


 俺と月奈の喧嘩を間近で見ていたクラスメイト達は、ポカーンとしていた。


「おい……あの二人って仲が悪いのか……?」

「いや、逆っぽいな……」

「あれじゃね? ツンデレ同士の夫婦漫才的な?」


 何故か彼らは生暖かい目で俺達の喧嘩を見守っていた。

 そのうち、クラスメイト達も部活ごとに分かれて上級生の方に行ったり、別のクラスの生徒と歓談していたりと、別行動が目立ち始めた。

 すると――


「ははは、ここにいましたか。楽しんでますか? 二人共」

「先生、あまり飲み過ぎないようにしてくださいね。目に余る様なら、そこの池に投げ込みますから」


 お酒で酔っぱらっている山科先生と、その姿に少し呆れ気味な武宮先輩がやってきた。先輩は制服じゃなく、学校指定のジャージ姿だ。


「先生……結構顔赤いですよ、大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ、神咲さぁん。Θξ、ЫШлψ€。ΞωЖΔΨΠ§Юはーい、月奈ちゃん。樹お兄ちゃんですよー

「先生……何言ってるんですか?」


 先生が異世界語で話し始めたので、首を傾げていると。


「先生、かなり酔っぱらってますね? 女子高生を血の繋がらない妹扱いとか正直キモイです。やっぱり池に投げ込もうかしら?」


 先輩から辛辣なツッコミが飛んできていた。


「違いますよお……。神咲さんが赤ちゃんの頃に、こうすると喜んでいたんですよ~」


 そういえば部活見学に行った時、赤ん坊の頃の月奈に会った事があるって言ってた気がする。


「でも先生……、今更ながら本当に日本各地から生徒が集まってますけど、どうやって選出してるんですか?」

「そうそう、わたしもそんな大層なことができるわけじゃないし……」


 俺と月奈は、何気なくそんな質問をすると。


「それはですね……。皆さん、中学の健康診断で脳波測定をしませんでしたか?」

「しましたけど、それが何かあるんですか?」


 確か去年受けた記憶がある。


「異世界召喚されやすい人間には特殊な脳波が検出されるのです。『CHUⅡ波』と言いますが、これが異世界の召喚魔法からの選出や神様に目を付けられやすい原因では……というのが現在の通説ですね」

「はえ~」


 月奈が感心したように、コクコクと何度も頭を上下させていた。


「まあ、そんな縁で集まってしまったのですから、今日は楽しんでいきましょう。毎年ドッキリがあったりもしますしね。では僕は他の先生方の方に行っています~」


 ……ドッキリ? 何だ? ってか先生ほんとに大丈夫なんだろうか……。足がふらついてる……。


「武宮先輩知ってますか?」


 俺の問いに先輩は、顎に手を当て、首を捻ってうんうんと唸ること数分。


「……忘れたわ。私にとっても二年前の事だし、忘れてるって事は大したことじゃないと思う」


 そう言うと先輩は苦笑いを浮かべていた。





 それから三十分程時間が過ぎた辺りで、本日の寮祭終了の挨拶がされた。


「えー。皆さん、本日は楽しい時間を過ごせましたか? これからも学校生活はまだまだ続きます。クラスメイト、部活の部員同士――」


 そんな挨拶がされる中、俺の立っている地面が鈍い光を放っていた。


「えっ……!?」


 ――ドンッ!!!


 何が起こっているか分からないまま、俺の体に衝撃が走った。




 ◆

 異世界から帰って来て数ヶ月。

 また学校生活ができるのは、あっちにいた頃を思い出すと夢みたいだ。

 今日の寮祭も先生は酔っ払いだったけど、あの二人を誘ってみて良かったと本当にそう思う。後はこの挨拶が終われば、片づけをしていつもの日々に戻る。でもそれがとても愛おしく感じる。


「えー。皆さん、本日は楽しい時間を過ごせましたか? これからも学校生活はまだまだ続きます。クラスメイト、部活の部員同士――」


 そこまでで、ふと久能君の方を見ると彼の足元が光を放っている。

 あれは……、召喚陣!?

 それを認識した瞬間、私の体は無意識のうちに動いていて――。

 腕を引いて陣の外に出す。……間に合わない。

 突き飛ばす。……これもダメだ。他の生徒に激突してしまう。

 私は目を瞑りながら彼を抱きしめ地面へと倒れた。


 ……あーあ。やっちゃった。


 できれば異世界なんて行きたくない。またあんな事しなきゃいけないのかぁ。でも仕方ないじゃない。久能君一人で知り合いが誰もいない世界に放り出すよりマシだから。

 私が一緒なら先生や神咲さんだって少しは安心するだろう。うん、こうなったら絶対また帰って来てやる! 今度は二人で!

 目を開けたらそこは王宮か、見知らぬ草原か、はたまた未開の森林か。

 覚悟を決めて目を開けると――



 ◆

「……あ、あの……先輩? その……こ、これは!? ええと……」


 何で先輩……いきなり俺にタックルしてきた挙句、一緒に倒れ込んでいるんだ!? それに……。


「く、久能君? その……ごめん……ね? びっくりさせちゃったでしょ?」

「い、いえ、大丈夫です。その……けど……」


 注意したいがこれはヤバい。何がヤバいって、今……俺って先輩の胸を鷲掴みしてる!? 

 これは故意じゃない。先輩が俺にアメフト張りのタックルをしたのが原因だが、それよりも……。

 こ、この感触……、いけないと分かってはいるが、もっと堪能していたい。前に月奈をおんぶした時に背中に胸が当たっていたが、比べ物にならない圧倒的な彼我戦力差。

 これが先輩の……。けど、これを言った瞬間、俺の尊厳を完膚なきまでに破壊される罵倒罵詈雑言の嵐のうえ、あの身体能力でビンタなんてされた日には俺は社会的にも身体的にも瀕死確定だ。

 逃げるか!? いや、俺の脚力では逃げきれない。ここは素直に謝って土下座するしか道はない!


「せ、せんぱ――」

「はーい! 何やらハプニングはありましたが、今のは寮祭名物、『異世界召喚ドッキリ』でしたー!」


 挨拶をしていた生徒のネタバラシを耳にした先輩は……。


「へっ……!?」


 間抜けな声を上げた後、周りを見渡し。


「あ……あのね? これは……ね?」


 しどろもどろになりながら、何やら弁明をしようとしていた。


「そ……そういえば、うん、一年の時の寮祭でもあったわ……。すっかり忘れてた……。でもね? ああっとええっと……」

「せ、先輩? 落ち着いて聞いてくださいね? その……」


 俺と先輩の今の状況を冷静に理解してもらおうとしたら、周りの視線が痛い事に気が付いた。主に二年男子からの殺意とか嫉妬とかがすごい。

 先輩は涙目になりながら。


「そう! これはね! 部活の一環! 神咲さんの攻撃を避けながら詠唱練習してるっていうでしょ! だから奇襲でも対処できるように試しただけよ!」


 凄まじく苦しそうな言い訳を自分自身に言い聞かせるように、大声で言い放っていた。


「久能君? あの程度の体当たり……避けられないようじゃ先生のようになれないわよ!」

「別になりたくありません……。それより……退いてもらって良いですか?」

「あっ……。うん、ごめんなさい……」


 先輩は立ち上がり終始顔を赤くしながら、寮へと帰っていった。

 そして俺は――


「先輩……、どうしたんだろうね?」

「うん、真面目に奇襲だったのかもしれないな……。武宮先輩だし」


 そんな会話を月奈としていたが、先輩の胸を触ってしまった事が有耶無耶になったのを心の中で安堵していた。

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