第11話 山科式勉強法

 高校生最初のGWも終わり、次第に夏へと移り変わり始める。

 気温は上昇し始め、半袖のシャツが恋しく感じる季節となった。

 そして……、そんな高校生にとってウキウキのイベントがあるであろう夏。

 しかし、その前にヤツがやって来る。そう……ヤツだ。彼奴きゃつが来襲する!


「ヤバい……マジヤバい」

「衛侍……まだ慣れないの……? 異世界言語」


 俺は今、席に座り頭を抱えている。

 高校生、いや日本全国の学生が通る苦難。一学期の中間試験が二週間後に開催されるのだ。

 テスト範囲が発表された初日から、既に戦意喪失気味である。


「部活の魔法修得法頑張ってるのに、どうしてだろうね?」

「何で月奈は余裕なんだよ!?」

「だって、わたしは衛侍が部活でやってるのを聞いたり、訳したりしたらなんとなく覚えちゃったし……」


 こ、これが生まれ持った頭脳の違いなのか……!? 確かに俺は中学でも成績の良い方じゃなかったが……。


「まぁ、とりあえず勉強しようよ」

「そうだな……って、古村? お前も大丈夫か?」

「ふっ……」


 俺の問いにニヒルな笑みを浮かべながら。


「全然大丈夫じゃあない! だが、俺は負けるわけにはいかない!!」


 自信は皆無だが凄い気合いだ。これは一体!?


「俺の異世界転生を見逃してくれた女神様との約束を守らないとな! ……テストで良い点とれるとは限らないけど」


 この古村、少し前にトラックに轢かれかけ、心臓が止まった時に夢の中で女神様に出会ったそうだ。

 その際、女神様に懇願して転生をしなくても良いとなったとか。

 この学校、異世界転移や異世界転生しやすい人間が集まってはいるが、実際にこういった話を聞くと、もしかしたら自分も……といった想像をしてしまう。


「古村……、お前、漢だな!」

「ああ! だがどうすれば赤点を免れる!? 実際俺は久能と違って異世界言語以外もさっぱりだ!」


 俺と同じ、いやむしろ悪い状況なのに何故こんなにも元気なんだ?

 とはいえ、この中間試験は赤点を取らずに次の夏休み前の期末試験へ繋げることができればそれで良いのだが……。

 一応先生からも対策プリントは配布されているが、正直あまり役に立ちそうもない。


「うーん。とりあえず、異世界言語に関しては山科先生に相談してみる?」

「そうだな……。あの先生、色々おかしいけど、俺達が履修してる異世界言語を話してる世界に行った人だから良い勉強法があるかもしれない」


 月奈の提案に俺と古村は賛成し、早速放課後相談に行くことにした。




 その日の放課後、部室に山科先生が顔を出すや否や。


「せんせー!! 助けておねがいへるぷみーーー!!」

「ちょ!? 何ですか!? その異様なテンションは!?」

「衛侍! 落ち着いて!! どうどう!」


 月奈が止めに入りながらだが、俺達の様子に若干引きながらも山科先生は事情を聞いてくれた。


「えっと、つまりテストで赤点を取らないようにしたいと?」

「先生……赤点だけは……赤点だけはどうか平にご容赦を!」

「ええと……久能君? 僕が異世界言語の試験を採点するわけじゃないですよ? 僕は物理教師ですから」


 そういえばそうだった。

 つい、この部活で異世界の言葉や文字ばかり使ってたから忘れがちになってしまう。

 それにしても……。なんで先生はなんだ?


「先生って、どうして異世界言語を担当してないんですか? 実際にその言葉を使っている世界に行ったんだから、先生の方が最適だと思いますけど……」

「それはですね……。言わなきゃダメですか?」


 月奈の質問に少し恥ずかしそうに答える山科先生。


「あれは僕が教育実習でこの学校に来た時でした……。今のみんなの様に、実際に異世界に行ったのだから、大学で学んだ物理学の他に異世界言語もやって貰おうと当時の教頭や校長も考えていたようで、一応僕もやってみたんですよ……」


 それこそ当然の判断だろう。


「そしたら……その……」


 先生が言葉に詰まっている。だが。


「僕の指摘が厳しすぎて、自信喪失する生徒が続出しましてね」

「……はい?」


 思わず声に出してしまった。


「……もしかして、あの詠唱覚えるパンチマシーンくらい厳しいんですか?」

「『詠唱マスターできなきゃパンチが飛んでくぞ君』ですね。まあ採点基準はあれと同じくらいですね」


 月奈の質問に山科先生は即答で答えてくれた。


「……そりゃそうなるわ」

「……なるね」


 俺達が納得していると、先生はちょっと拗ねてしまった。


「まぁ、そんなわけで、僕の担当教科は物理となったわけです」


 うん。そうしないと生徒がヤバい事になると学校上層部は判断したのだろう。

 そんな会話をしてるうちに部室の扉が開き。


「あら……今日は私が一番最後?」


 武宮先輩が入ってきた。そして俺と古村の現状を耳にして。


「じゃあ、そっちの古村君には私が教えましょうか。先生は久能君の異世界言語を見るという事で」


 先輩がテキパキと割り振りをしたところで、勉強が開始になったのだが……。





「さて、久能君? 予定が変わってしまいましたが、今日の部活で使うと言った僕が渡した伝説の杖は持って来ていますね?」

「は、はい……。あの……何で、勉強するのに……校庭にいるんでしょうか?」


 山科先生の言葉に疑問を投げかける。

 現在俺と月奈は学校の校庭にいた。

 この学校は、部活動や同好会の活動をする為の設備も充実していて、広いグラウンドもある。

 そして、俺が今持っている杖は、先生が異世界で使っていた伝説の杖らしく、この部活に入部した時の記念として譲り受けたものだ。


「では、杖にこの部品を装着して下さい」


 先生が取り出したのは、半透明なプラスチックで作られた何らかの部品だった。


「これは?」

「では実際にやってみましょう。ここをこうして……っと」


 先生が慣れた手つきで杖に部品を取り付けていく。


「ξΨиЖΞ!」


 先生が異世界の言葉を話しながら杖を前に向けると……。


 ――ピロロローピロロン


 杖に取りつけた部品が発光して効果音が鳴っていた。


 ……まるでおもちゃの杖……、ってまんまおもちゃの杖だー!!?


「……何ですかこれ?」

「この追加ユニットは、詠唱が成功すると発光し効果音が鳴るようにしています」

「あの……テストで出るのは詠唱じゃなくて普段使いの会話の方だと思うんですが……」


 俺のツッコミなど想定済みだと言わんばかりに先生は掛けている眼鏡をクイッっと上げ。


「ええ。ですので、今回はこっちを使います。今まで使っていたデータは『魔法詠唱』ですね」


 そう言うと、先生はデータが入ったいくつかのSDカードをを取り出した。


「ええと、『挨拶から始まる日常会話』はこれですね」


 先生はその記録媒体の一つを俺に手渡す。


「他にはどんなのがあるんですか?」


 一緒にいた月奈が先生が持つSDカードをまじまじと見ながら。


「ええと……。『王族や貴族と会う場合の謙譲語』。やっぱりこういったのもあるんですね」


 確かに、町人とは違った言い方が必要な場合もあるか。


「それと……、『荒くれ者とも楽しく話せるスラング集』?」

「どうしても荒事がありますし、そういった人物とも気安く話せるようには、こういったものも必要ですね。まあ……、言葉は多少汚いですが」


 山科先生は苦笑いをしながら、そのカードの説明をしていた。


「あとは……『地方に行っても大丈夫。各地の方言集』」

「先生……、方言ってあるんですか? 異世界に」

「日本にもありますからね。異世界にだって当然あります」


 先生は胸を張っている。まあ……、それはそうだろうけど。


「あれ? でも……先生って召喚時は術式のおかげで意思疎通できたって言ってませんでしたか?」

「それはそうですが……、わけ分からない術式なんていつどうなるか分かりませんでしたしね。……というのは、僕を召喚した女性ひとの受け売りです。色々と覚えさせられましたよ。さて、そろそろ始めましょうか」


 そう言った先生は、月奈に棒のような物を手渡していた。


「先生……、チャンバラ刀で何するんですか?」

「神咲さん、それで思いっきり久能君を叩いてください。素材はスポンジなので痛くないですよ」


 月奈が戸惑ってる。当然だ。これは俺の異世界言語の勉強会の筈なのだ。


「久能君は神咲さんの攻撃を躱しながら、僕の質問に異世界の言葉で答えて下さい。そして神咲さんは杖が光ったら寸止めをする。良いですね?」

「先生!? 言ってることが無茶苦茶です!!」

「本当は敵の攻撃を躱しながら詠唱を行う訓練だったのですが、そこは気にしないで下さい」

「気にしますよ!?」

「では始めましょう。それでは『おはようございます』は?」


 月奈が先生の合図に合わせて、俺に突撃しエモノを振り下ろそうとしている。


「ちょ!? まっ!?」


 俺は慌てて飛び退いてそれを何とか回避する。


「えーいーじー……。あまり逃げ回らないでね? わたしも疲れるから。成功すればちゃんと止めるしね」


 月奈は息一つ乱さず、笑顔のままだ。


「ほら、久能君。早く答えないとどんどん攻撃されますよ」

「分かってます! えーと……、ΘШ§Эψ!!」


 俺の解答と共に杖が光り輝き、効果音が鳴り響く。


「ちっ……、出来ちゃったか」

「おい月奈、今舌打ちしなかったか!?」

「気のせい気のせい♪」


 これが続くのか……。


「はい、次は『こんにちは』ですね」

「キエエエエエイ!!」


 月奈がまるで武士の様な掛け声で俺の脳天を狙ってくる。

 月奈!? チャンバラ刀持って性格変わってないか!?


「おい!? 怖すぎるぞお前!?」

「これはね? 愛の鞭よ。ね? 怖くない怖くない……」


 ヤバい……笑顔なのに目が座ってる。確かに当たっても痛くないが……。

 幼馴染の今まで知らなかった一面に恐怖を感じながら、そして俺は何度も叩かれながら、どうにか今日の課題を終了した。




 さて、俺達はどうにか終わったが……、古村と武宮先輩はどうなっているだろうか?

 正直、先輩の言葉は辛辣だ。山科先生にだって容赦ない場合もある。今頃古村は心身が消耗しきっているのではないだろうか?

 そう考えながら恐る恐る部室の扉を開けると……。


「はい。よくできました。勉強ができないって言うから心配してたけど、このペースで進めれば大丈夫よ」

「先輩……! ありがとうございます! 俺……俺……ぐすっ」

「古村君は素直だから私も教えやすいわ。また明日頑張りましょう」

「俺……勉強で褒められた事なんて一度もなくて……すいません、泣いてしまいました……」


 まるで女神の様な慈愛に満ちた笑顔の武宮先輩が古村を慰めていた。


「あら、どうしたの?」

「いえ……、なんでもありません」


 なんというか……、先輩ってああしていれば本当に美人で優しい先輩だ。異世界の経験を引き出さなければ……だが。


「ところで、久能君。そっちはどうだったの?」

「月奈が怖いです。先輩変わってください。お願いします!!」


 先輩は今日の俺の勉強方法を一通り聞いた後、月奈からチャンバラ刀を受取った。そして何度か素振りをしたのだが。


「先輩!? 速すぎて刀身が見えないんですけど!?」

「……私とやってみる? その変な勉強法?」


 絶対に嫌だ。すると先生が先輩の方を向きながら。


「本当は武宮さんに、攻撃役をしてもらうつもりでしたが、しばらく神咲さんにお願いした方が良さそうですね」


 え……!? そうだったのか!?


「ってか先生! 敵の攻撃を掻い潜りながら詠唱するとか本当に出来るんですか!? 普通詠唱なんて後方でやるもんでしょ!」

「……ではやってみましょうか。武宮さん、そのチャンバラ刀を持って校庭まで来てください」


 俺の何気ない一言で何故か山科先生vs武宮先輩の疑似バトルが勃発してしまった。




「ルールは先程説明した通り、僕が詠唱を成功すれば杖が光って効果音が鳴りますので、武宮さんが魔法を喰らったという事で寸止めでお願いします」

「ええ。分かりました。では行きますね!」


 先輩が身を乗り出し、足に全体重をかけて一足飛びで先生の懐へと入り込む。

 速い!!  一瞬見失った!?

 先生は半歩下がりながら杖を先輩へ向けて。


「ЖξЫΞ」


 先生の詠唱と共に杖が光輝き、ぴろりろりーんという気の抜けた効果音が鳴っていた。

 それと同時に先輩のチャンバラ刀が先生の首に当たる直前で止まっている。


「武宮さん……。意外と容赦ないですね」

「先生こそ、詠唱速すぎませんか? こんな速さなんて私のいた異世界でも見たことありません」


 二人共、相手を称賛しながら笑っていた。その表情は歓喜の様にも思える。


「и€――」


 先生が先んじて詠唱をしようと言葉を紡ぐ……が。


「させません!」


 武宮先輩は信じられない程のスピードを持って先生の背後に回り込み背中を貫こうと刃を向ける。

 だが先生も負けていない。


「ΞЮ‡лΘ!」


 杖で先輩の斬撃を受け止め……いや、受け流しながら体を反転させて先輩に反撃しようとする。


「甘いですよ!」


 しかし、先輩は即座に加速し、再び先生の背後を取った。

 そして――


「今度は私が先に当たりましたね」

「全く……、ここまで動き回られると、詠唱をするのも一苦労です」


 二人の息もつかせぬ攻防は続く。

 というか、あの二人は時間を忘れてひたすらやり合っている。

 一時間後、夕焼け小焼けでカラスがカーカーと飛びながら去っていく時間になり。


「はあ……はあ……ふう……。いやー久しぶりにいい運動になりましたね。武宮さん、ありがとうございます」

「先生こそ二十年位前にこちらに帰還したのに衰えている感じがしません。実はかなり鍛えてますね?」


 ……と、山科先生と武宮先輩は汗だくになっていた。

 二人は夕暮れの中、お互いの健闘を称える様に硬い握手を交わしている。


「月奈……俺達は一体何を見せられているんだろうな?」

「ええと……先生と先輩の間に芽生えた……友情?」

「先輩! 凄すぎます! カッコいいです!!」


 古村だけ喜んでいたが、正直俺と月奈には理解できない世界だった。

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