異世界小旅行(神咲月奈編)
第17話 彼らの日常
――女の子が泣いている。ああ……これは懐かしい光景だ。あいつ……昔はよく泣いてたっけか。別にあいつが悪いわけじゃない。それなのに泣いているのも、泣かせた奴にも我慢ならなかったか……。よくそれでケンカもしてたんだよなあ。
ま、今は――
「そおれ! おっきろー! 起きないと朝ごはん抜きになっちゃうぞー!」
バサッと布団を剥ぎ取られる感覚で目が覚める。それだけなら良い。だが俺はベッドから床に転がるまでの間に空中三回ひねりをさせられ、顔面から床へと着地した。
「ぐへえッ!?」
「いよっし! さっさと着替えてご飯食べる!」
「ちょっと待て!? 今のなんだ!? 一瞬で景色が三回転したぞ!?」
この世の物とは思えない経験をしてしまった気がするが、俺の様子を見た月奈は満足そうに笑っている。
「ふっ! 今朝もベッド落としが冴えておるわ。もう一回やって動画投稿でもしてみる?」
「いらん! っていうか顔面から床に突っ込むのは一日一回までだ」
「起きない方が悪いんですう~。嫌ならわたしが来る前に起きてれば良いでしょ?」
確かにその通りなので言い返せない。
月奈とは家が隣同士で小さい頃というか、生まれたばかりの頃から付き合いがある。所謂幼馴染というやつだ。このツインテ娘はこんなノリなのだ。
「もうちょっと優しく起こせないのか? こう……淑やかに……、ねえ? 起きて? みたいに」
「最初の頃やったけど起きなかったからでしょ。それから日々改良を重ねて今の形に至ってるんだから、これが最善の方法よ!」
胸を張り、腰に手を当ててドヤ顔をしている。そんな誇らしげな態度を取らなくてもいいと思う。
「まあいいや。じゃあ着替えるから部屋の前で待っててくれ」
「はいはーい」
とりあえず制服に着替えて朝食を取るためにリビングへ行く。
「月奈ちゃん、毎朝ありがとうね。ほんと、衛侍もたまには早起きしてみればいいのに」
「いえいえ、わたしも好きでやってることなんで。ほーら早く食べないと遅刻だぞー」
母さんが月奈に礼を言いながら、朝食をテーブルに運んでいる。我が家では毎朝の光景だ。
「ごちそうさま! 行ってきます!」
「はい、気を付けて行ってくるのよ」
玄関で靴を履き替え、速足で学校へと向かう。二学期が始まって二週間ほど、今日も一日が始まる。
本日の異世界関係の授業は、珍しく普通の体育のような事をしている。みんな、竹刀片手に防具を身に着けているのだ。
「異世界の科目で剣道って……ありなのか?」
そんな疑問に対してか、担当の先生が説明を始める。
「みんなの顔を見ていれば言いたい事は分かるが、これに関しては剣自体を使う事に慣れてもらう目的がある。あとは体力作りとかかな。実際にモンスターと戦う時に体が動かなかったりしたら命に関わる事もあるだろう。そういう意味でもこの授業はある意味重要なんだよ」
確かにそれは一理あるかもしれない。
「本当に異世界に行ったら竹刀なんてないから、最初は木剣や木の棒で戦うかもしれないが、ここでそんな事したら怪我人続出の可能性があるからなあ。まあ、まずは慣れろ。という事で素振りだ!」
「「「ええっーーー!?」」」
クラス全員の悲鳴が響く中、俺たちは必死になって素振りをする。授業時間も中盤に差し掛かった頃。
「じゃあ次は、そこの人型に向けて打ってみるか! 物体に当たった時、どんな感じになるかも覚えておくように。意外と当たった時の反動も馬鹿にできないんだぞ! 当たる瞬間にちゃんと手の内を締めろよ」
ほう、言ってる事はかなり的確だと感心する。そんな中、月奈を見ると。
「ふう……」
目を閉じ、精神を集中させ持っている竹刀の柄を右耳の辺りまで持っていく。
そして一気に振り下ろす!
「キエエエエエイ!!」
――ガンッ!
乾いた音どころか、ヤバい激突音が剣道場へと響き渡る。
「月奈ちゃん……すっごーい」
「もしかして剣道経験あるの?」
などなど、クラスの女子から賞賛の声が上がる。
「ううん、最近部活でやってたから」
そうなのだ。山科先生考案の魔法修得法。
相手の攻撃を避けながら詠唱を完成させるという、わけ分からん内容で、月奈はさっきと同じ太刀筋で俺へと襲い掛かって来るのだ。
部活ではチャンバラ刀を使っているので別段痛みは無いのだが、エモノが竹刀に変わるだけで、おそらく当たれば俺くらいは軽く気絶させる威力となっている。
そんな中、一人の男子が俺へと話しかけてきた。確か九州出身の奴だ。
「むむむ。神咲どんは、示現流の使い手でごわすか?」
「示現流って鹿児島発祥の流派だっけか? よく漫画とかでもでるヤツ」
と、俺はその辺の知識を思い出しつつ答える。
「何か……部活で俺を叩いていると、あのやり方がしっくり来るんだと。ついでにアレをやってる時のあいつはめっちゃ怖い。目がヤバい」
「……そ、そうでごわすか」
そいつに返答していたが、俺の気になる事は一つだ。
「お前の郷里はみんな……そういった話し方してるのか?」
「おいどんはクラスでも影が薄い存在でごわすから……。キャラ作りでごわ」
おい、そんなどうでも良い努力せんでいい。
「久能は、神咲さんとも武宮先輩とも一緒の部活だから、羨ましいねえ」
「古村……、先輩は確かに美人でスタイルも良くて、普通にしていれば優しくていい先輩だ」
俺の先輩評価に、うんうんと頷き納得してくれる。
「だがな……、最近……部活で俺の攻撃役が先輩に変更されたんだよ……。月奈の攻撃が単調だからって」
「おっ。それは増々羨ましいな。あの先輩とマンツーマンで部活ってことだろ?」
古村よ。そう思うのは、お前が何も知らないからだ。
「あのな……、先輩もチャンバラ刀で攻撃してくるんだ」
「そりゃあ、神咲さんだってそうだろ? 流石に竹刀だと怪我するかもしれないしな」
それはそうなのだが、俺からすれば……。
「チャンバラ刀なのに……、先輩に攻撃されると……首を落とされたり……腕が飛んだり……一刀両断にされる錯覚に陥るんだ!? 何度自分の体が無事かどうかを確認したか……、お前に分かるか!?」
「……マジか?」
「マジだ。異世界帰りの恐ろしさを垣間見た瞬間だったぜ……」
先輩は月奈と違い、ただ静かに、そして鋭く攻撃を繰り出す。月奈とは違い無駄口も叩かず、淡々と俺へ攻撃を仕掛けてくる。最初なんて真面目に太刀筋が見えなかったのだ。
「武宮先輩って……やっぱりおっかないのか……。勉強を教えてもらった時はそんな風に見えなかったが」
「あれでも手加減しているらしい。本気だったらチャンバラ刀でもどうなるやら」
「お、おう。大変だなお前も」
「同情ありがとよ」
そんな他愛のない会話をしながら、この日最後の授業を終えて、放課後へと突入した。
「久能君、今日も頑張りましょうね!」
「先輩、良い笑顔ですけど、はっきり言ってその笑顔が怖いです」
部室に到着するや否や、武宮先輩がチャンバラ刀をその手に持ち、俺へと微笑みかけてきた。
「大丈夫よ。久能君、最初に比べたら動きが良くなってるもの。もう少ししたら私も本気でできるわ」
「本気を出さなくて良いです。いやほんとに!」
そんなやり取りをしていると、月奈と山科先生がやってきた。
「神咲さん、資料運びの手伝い、ありがとうございます」
「こんなのどうって事ないですよ」
どうやら先生が授業で使う資料を一緒に運んでいたらしい。月奈は俺へと視線を向けて。
「衛侍! 今日も頑張れ! それとも……わたしがやる? いい運動になるしね」
「お前はお前でおっかない。大体、棒きれ一本であんなんになるなら、子供の時だってそうすれば良かったのにな」
「うっ……。昔の話は禁止。それに自分でも、あの叩き方がしっくりくるとか知らなかったし……」
ガキの頃からあんなのが出来ていたら、月奈は絶対にガキ大将になっていただろう。
「昔って……、ちょっと気になるわね?」
「先輩? 何でそんなに目を輝かせてるんですか?」
俺は思わず一歩下がってしまう。
「いえ別に。何でも無いのよ? ただ、私の知らない子供の頃の二人の事が少し知りたいなーって思っただけよ?」
武宮先輩の表情からして、言わないと毎日質問攻めに遭いそうな気がする。
「ああっ……! 私の昔話だって教えたのに……二人の事を何も知らないだなんて、不公平だと思わない?」
先輩? キャラ変わってませんか?
俺は、はぁ……っと溜息をついてから語り出す。
「別に大した話じゃないですよ。月奈のヤツ、昔は泣き虫でよく近所の子供にからかわれていただけです」
そう言うと、月奈が顔を赤く染めながら抗議してきた。
「ちょっと!? 勝手に人の過去言わないでくれる!?」
「事実だろ?」
「むぅ~……」
頬を膨らませている月奈を見て、武宮先輩がくすりと笑う。
「成程……その度に助けていたのが久能君だったわけか」
「何で分かるの!? 先輩って読心術ができるの!? 実は異世界で覚えて来たとか!?」
月奈が慌てた様子で捲し立てる。
「もう……この位、神咲さんの顔を見れば分かるわ。だってずっと久能君のこと見てるんだもの」
「~ッ!!!!」
月奈の顔が赤くなる。しかし、今度は先生が……。
「おやおや、とんだ悪ガキもいたものですね……。僕がその場にいたら、二度とそんな気が起きないように出来たというのに」
先生は何故か持っていた資料をクシャクシャにして、にこやかにも関わらず怒りの籠った声を漏らしていた。
「えぇっと……山科先生? 先生までどうしたんですか? 正直怖いです」
「ああ……、すいません。何せ神咲さんを赤ちゃんの頃から知ってますからね。親戚のおじ……、お兄さんみたいな気分でして」
「先生……、三十代半ばで『お兄さん』は無理があります。年を
先輩から辛辣なツッコミが聞こえて来ていた。
「ふっ……僕ももう三十代半ばですか……。時が経つのは早いですねえ……」
先生が哀愁漂う背中を見せながら、今日の部活が始まる。
校庭で向かい合うのは、武宮先輩。その手には剣代わりのチャンバラ刀が握られている。俺は先輩から視線を外さずいるにも関わらず、彼女が踏み込んだ瞬間、姿を見失ってしまう。
「くっ!? 何でこんなに早く動けるんだよ!?」
文句を言いつつ、視界に入った先輩から距離を取りながら詠唱をしようとする。
「そこは『光刃』ですね。はいどうぞ」
先生から指示が飛ぶ。すかさず。
「
「遅い!」
「ぐあっ!?」
先輩が足を狙って、横薙ぎを放つ。俺はバランスが崩れてしまい、尻餅をつくように倒れてしまう。
そこへ先輩が目線を合わせるようにしゃがんで話しかけて来た。
「いてて……」
「大丈夫だった? そこまで強く打ってない筈だけど……」
「むしろ……どうやったら、チャンバラ刀で人を転ばせられるんですか?」
「うーん……、気合?」
先輩に首を傾げながら答えられた。俺が立ち上がろうとすると、先生が近寄って来る。
「久能君……、思っていたよりもずっと動きも詠唱も良いですね。最初は冗談はんぶ……、こほん、この調子なら僕が召喚された異世界に行っても即戦力になりますよ!」
「今……、冗談半分とか言いそうになりませんでしたか?」
「ははは、気のせいです。魔法修得法に関しては、地球においてこれ以上のものはないとの自負はあります」
そう言って先生は眼鏡の位置を直しながら、ドヤ顔を決めてくる。
「でも……最初はあんなに苦手だった異世界言語も、そこそこできるようになったし……、やっぱりわたしの言う通り、この部活に入って良かったでしょ?」
「ああ……。グローブが飛んで来たり、お前や先輩に叩かれながらじゃなければな。むしろこれは物理的に異世界言語を叩き込まれた気分だ」
「あはは……」
月奈が苦笑いする。先輩が再びチャンバラ刀を構える。
「じゃあ……、行くわよ?」
その一言とともに、一時間後、俺は先輩に何度叩かれたか分からない位にボコられていた。無論、エモノの素材はスポンジなので怪我なんて無いのだが。
「お疲れ様です。今日はこれくらいにしましょうか」
先生の言葉を皮切りに、三人は片づけを始めて本日の学校生活は終わった。
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