第8話 異世界は体力だ!

 国立佐文高校異世界科。

 ここには普通の授業とは違うカリキュラムがいくつか存在する。異世界の言葉を修得する『異世界言語』もその一つ。

 他には――


「この授業……何なんだ!?」

「でもさ……、部活で毛布を着込むよりは……いいかな? でも……重い……」


 月奈も俺と同じ意見だった。そう今の俺達は――


「このクソ重い荷物と重り付けた木の棒って……、何でこんなのを持って校庭歩き回ってるんだ!?」


 先日、交通事故から無事生還した古村も苦言を呈している。

 まぁその気持ちはわかる。だってこれ、ただのトレーニングじゃないもんな……。


「お前ら、文句を言う暇があるならもっとペース上げろ! 異世界行ったらこんなもんじゃないぞ!!」


 担当の教師から怒号が飛ぶ。


「先生……なんでこんなことしないといけないんですか……」

「お前ら……異世界行って丸裸で冒険する気か! こんなのはまだ良い方だ! 慣れてきたら鉄製の武器や防具を装備して歩き回るんだぞ! この他に薬や食料だって持ち歩くんだからな!」


 うわっ……マジかよ……そりゃキツイ……。確かにそうかもしれないけど……。


「せんせー! 異世界行ったらアイテムボックスとかで空間から色々取り出せるんじゃないんですか~……」


 授業を受けているクラスメイトの一人が息を切らせながらそんな質問を投げかけた。


「ほーう? ではお前は異世界に行ったら絶対アイテムボックスが使えると……、そう断言できるんだな?」


先生はニヤリと笑いながら問いかけた。


「そ……それは……」


 生徒は言葉に詰まる。


「いいか! よく聞け! 確かにアイテムボックスを使える場合もある。しかし! ここ百二十年の帰還者からの情報による統計では約四割程度しか使えないらしい! つまり残りの六割以上は、そんな物は無しで魔物蔓延る世界を旅しなくてはならないということだ!」

「「「えぇー!! 嘘ぉ!?」」」


 校庭クラス全員の悲鳴が上がる。


「しかも! 中にはアイテムボックスを使えても容量が少なくてすぐ満タンになる奴もいるそうだ! そうなったら結局は手持ちだ! 場合によっては敵を倒して得たドロップ品すら手放すことになるかもしれん!」

「「「えぇ~~~!!」」」


 再びクラスの全員が落胆の声を上げる。


「だから! 異世界に行く前に少しでも体力を付けておく必要があるのだ! 分かったか、野郎共!」

「「「先生ー! 私たちは野郎じゃありませーん!」」」

「お前ら……意外と余裕あるな……」


 女子からの受け答えに先生は呆れていた。


「まぁ……こんな感じだ。冒険をするためには色々と準備がいる。それがどんな物なのか、実際に経験しないとわからないだろう。だが、今はとにかく体力を付けることが大事だ! わかったら黙って歩け!」

「「はいぃ!!」」


 それから俺達、異世界科の連中は必死になって歩いた。

 途中で月奈はじめ、女子の大半がバテて脱落したが、それでも俺達は懸命に歩き続けた。


 そして――


「よし! 今日のノルマ終了! お疲れ!」

「「ふぅ~……」」


 何とか今日分のノルマを終えられた。

 異世界での過酷な旅に備えて、基礎体力を身に付けるためのトレーニングだったが、予想以上にハードだった。

 もう汗びっしょりだ……。


「あぁ……早くシャワー浴びたいぜ……。異世界なんて行きたくねぇなぁ……」


 隣で古村も愚痴っている。その気持ちはよく分かるが……。


「なあ、古村って女神にチート貰えるとか言われたんだよな?」

「ん? ああ……。俺TUEEEEEEできるとか女の子とムフフとか言ってたな」


 先日の事故で意識を失った際に女神を名乗る人物から、そんな誘い文句があったそうだ。結局は断ったそうだが。


「しかし……女の子とムフフか……」

「ああ……女神様はそう言ってたぜ。現代知識で大金持ちとかな」

「……それって、つまり……」

「ああ……、そういうことだろ?」


 古村は遠い目をしながら、そう言った。


「へえ~? 衛侍もそんなの気になるんだ?」

「月奈……いつの間にいた!?」


 俺は突然現れた幼馴染の少女に驚いた。


「わたしなんて毎日衛侍の寝顔を見ているのに!」

「なっ!?」


 古村は月奈の一言で俺の方を向きワナワナと震えていた。


「お前は俺を毎朝起こしに来てるだけだろうが! 誤解されるような事言うな!!」


 月奈は俺の家の隣に住んでいる。親同士が仲が良く、小さい頃から家族ぐるみの付き合いをしている。


「大体、毎朝ベッドから落とされる俺の身にもなってみろ」

「えー? だってえ、そうしないと起きないしぃ~?」


 からかうようにニヤニヤしながらこちらを見てくる。

 くそ! こっちはお前のせいで散々苦労してるっていうのに……。


「なあ……、お前らって付き合ってるのか?」

「「へっ!?」」


 古村の意外な一言に俺達は一瞬固まってしまう。


「そ……そんなわけないだろ!?」

「そ……そうだよ! なんでわたし達が!?」


 俺達は慌てて否定する。


「なんか夫婦漫才みたいでさー」

「「誰が夫婦漫才だ!?」」


 ハモってしまった。

 どうやらお互いに不本意らしい。

 しかし……。チラッと横を見る。

 するとそこには少し頬を赤らめながら、何か言いたげにしている少女がいた。……なんだか可愛い。

 しかし、すぐにいつもの不機嫌そうな顔に戻る。


「ふんだ! ベッドから落とされるのが嫌なら早起きすれば良いじゃない!」

「お前なぁ……!」

「なによぉ! 衛侍はもっと女の子の扱い方を学んだ方が良いわ!」

「何だと! お前こそもう少し慎みを持て!」


 月奈は俺に対して遠慮がない。

 それは小さい頃からずっと一緒だからかもしれない。


「お前ら……荷物持って動き回った後だってのに元気だな……」


 古村が呆れた様子で言う。とりあえず、この授業はもう終わりで、次は昼休みだ。

 すぐ後に昼食を取って昼寝できるだけ良いかもしれない。



 午後一発目の授業。

 日本史の講義だが、午前中の荷物持ち行軍を行った疲労からウトウトしてしまっていた。それはクラスの大半がそうであるらしく、頑張って眼を開けてノートを取っている者、夢の中に旅立っている者と様々だ。

 隣の月奈は頑張ってノートを取っているが、ここで俺が寝てしまうと……。


『わたしのノートを当てにしてたの? ふーん?』


 とか言って、勝ち誇ったような顔をされるのが目に見えている。

 とりあえず、寝ない様にと何気なく外の風景を見ていた。

 校庭では違うクラス――おそらく二年生がさっきの俺達と同じ荷物持ちのウォーキングを行っていたようだった。

 その中に見知った人物が居た。


「あれは……武宮先輩じゃないか?」


 体操着を来てはいるが、長い黒髪を束ねて動きやすくし、運動しやすい格好になっている。あの端正な容姿。間違いないだろう。

 問題は先輩一人だけ――


「何で……他の生徒の倍以上の荷物を持ってるんだ!?」


 よく見ると他よりも大きなリュックを背負っている。それだけではない。

 手足にはウエイトを付けているし、リュックの他には肩に鞄をかけている。

 おそらくさっきの授業で先生が行っていた薬やそれを飲むための水筒が詰め込まれているのだと思われる。

 だというのに先輩は……。


「あの人……あの荷物持って……他の生徒をごぼう抜きしてる!?」


 信じられない光景を目の当たりにした。

 今、ウォーキングを行っているのは二年という事で、さっきの俺達よりも明らかに荷物の量が多い。先輩はさらにその倍以上を持って歩いている。

 しかもそのスピードは衰える事無く、むしろどんどん早くなっている。


「す……凄い……」


 思わず感嘆の声が出てしまった。

 あちらの授業はそれで終わりではなく、今度は生徒同士がペアになって一方がもう片方をおんぶして校庭を走っている。

 さっき少しだけ聞こえて来た先生からの説明では――


『魔物に襲われた時に仲間を背負って逃げる練習』らしい。

 そんな事までやるのか!? と心の中でツッコんでいたが、またしても武宮先輩は俺の度肝を抜いてくれた。


「えっ!?」


 なんと先輩は二人の人間を両脇に抱えながら校庭を全力疾走している。


「えぇっ!?」


 おんぶをして走っている生徒は当然の様に引き離している。

 というか、先輩の脇に抱えられているクラスメイトと思しき男子生徒は、目を回しながら白目を剥いていた。


「う……嘘だろ……?」


 俺は唖然とした表情でその様子を眺めていた。

 その後、先輩はその二人を抱えながらさらに走る速度を上げていく。終わった時には流石の先輩も疲れが出たらしく息を切らしていた。

 そしてふと、窓の外を見ていた俺と目が合ってしまう。

 先輩は微笑みを浮かべると小さく手を振ってくれた。


「は……ははは……」


 汗を拭って陽光を浴びながら凛としている先輩。これだけ見たら正にクールビューティー。

 さっきの光景を知らなければ、その姿にドキッとしていたかもしれない。本当にさっきの姿さえ見ていなければ。



 放課後。


「月奈……ちょっといいか?」

「えっ……? どうしたの?」


 教室から出て行こうとする月奈を呼び止める。

 月奈は不思議そうな顔で俺の方を見る。

 幼馴染とはいえ本当にこれを言って良いものか迷ってしまう。


「月奈……お前を脇に抱えてみて良いか?」

「衛侍? 頭大丈夫?」


 月奈は呆れ切った様子で言った。

 俺だってこんな事を言われたらそう思う。


「いや……これはな? さっき武宮先輩が生徒を抱えて校庭疾走してたから、案外やればできるんじゃないかって……な?」

「……無理だと思うけど?」

「……だよなぁ……」


 いくら幼馴染だからと言って、そんな事は普通しない。


「まぁでも、やってみても良いよ。別に減るもんじゃないしね」

「へっ?」

「ほら、早くやって」

「お……おう!」


 意外にもあっさりと許可が下りたので拍子抜けしてしまった。

 俺は恐る恐る手を伸ばし、月奈を脇に抱える。


「うわっ! 重ッ!?」


 想像以上に重くて驚いてしまった。


「な……何よ……それ……」

「あ……ああ……悪い……」

「失礼ね……!」


 月奈は頬を膨らませて怒っているが、


「ねえ、片腕で持つのって流石に無理じゃない? せめて両腕でやってみたら?」

「そ……そうだな」


 確かに片手だけで持ち上げるのは難しい。

 なので右腕を月奈の肩に回し、左腕を両膝の裏に通して抱きかかえようとした。

 いわゆるお姫様抱っこというやつだ。


「これでいけるか……?」

「ちょ……ちょっと待って……」

「ん?」


 すると、何故か顔を真っ赤にして慌て始める。


「これは恥ずかしいから、ちょっと待って」


 月奈は深呼吸を始め、スーハ―スーハ―と息を整えている。


「よし、良いわよ!」


 何故か気合が入っている月奈だった。


「じゃあ行くぞ?」


 再びお姫様抱っこの姿勢となり、月奈を一気に持ち上げようと力を込める。


「ふんぬぅ~!!」

「きゃっ!?」


 しかし、やはり月奈は重い。というより人間自体がこの位の重さなのだろう。

 何とか頑張って持ち上がったものの、その重さで身体がよろけてしまう。


「つ……つきな……お、おもい……」

「なっ!? 衛侍が軟弱すぎなだけでしょ!? わたしは全然重くないんだから!!」

「くっ……もう腕が……」


 少しだけしかやっていないはずなのに、腕がプルプル震えて悲鳴をあげている。


「ちょっと!? 衛侍ここで腕離さないで! ゆっくり下ろして! 落ちるから!!」

「お……おう……」


 ゆっくりと下ろしていき、無事に地面へと着地させる。


「ふう……やっと解放されたわ……。衛侍、貧弱すぎるんじゃない?」

「人間がこんなに重いとは思わなかった……。両脇に一人ずつ抱えていた先輩って一体……」

「まあ、武宮先輩だし……」


『武宮先輩だから』――この言葉には全てを納得させる説得力が存在していた。


「っていうか……、あれって他の人達はおんぶして運んでたんでしょ? 先輩のマネしなくても良いじゃない」

「そういえばそうか」

「……ねえ、おんぶだったらできる? これで出来なかったら貧弱王子様になるわよ?」

「ええっ? またやるのか?」

「ほら早く!」


 俺は月奈に背中を見せてしゃがみ込む。


「はぁ……分かったよ。やりゃあいいんだろうが!」


 仕方なく、月奈をおぶってみる。


「よっと……」


 月奈は華奢な体付きをしているが、それでも女の子一人分だ。

 かなり重く感じる。とはいえ、脇に抱えたり、お姫様抱っこよりはかなり楽だ。


「衛侍? 大丈夫? ちゃんと歩ける?」

「ああ……こっちの方がやりやすいな。やっぱり先輩の方が特殊なん……だ!?」


 さて……これはちょっとマズいのでは!? 

 さっきまで馬鹿みたいなやり取りをしていたせいか気にしていなかったが、今、俺の背中には月奈の胸が当たっている。


「衛侍どうしたの?」

「あ……ああ、何でもない! 何でもないぞお!!」

「本当に大丈夫?」


 下手な事を言えば、両手が自由な月奈が俺を目一杯叩こうとするのは想像に難くない。

 というか背中の感触が結構柔らかい。武宮先輩程じゃないにしろ、中々に大きい方だと思う。


「衛侍……何か変な事考えてるでしょ?」

「いや、そんな事は……うおおおっ!?」

「衛侍!?」


 動揺を悟られまいと必死になっていたが、それが悪かった。ちょっとした段差で転んでしまい――


「痛てて……」


 思いっきり床に体を打ち付けてしまった。


「衛侍、大丈夫!?」


 月奈も道連れにしてしまったが、俺が下になってクッションの役割を果たしたので大したことは無いようだ。


「ああ……大丈夫だ……。ふう、ちょっとふざけ過ぎたか……」

「だね。でも、衛侍がそこまで軟弱君じゃなくて安心した」


 と、月奈がイタズラっぽい笑みを浮かべて言う。

 この後、俺達は帰宅したのだが……。


「やっぱりあいつら……付き合ってるんじゃないのか?」


 俺達のやり取りを遠目で見ていた古村がそんな独り言を口にしていたらしい。

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