第9話 閑話 武宮結季の独り言

 私は武宮結季。高校二年生……、本来は三年生のはずの17歳。

 別に勉強ができないとか、そんなわけじゃない。私が留年した理由は約一年前、二年に進級したばかりの頃に異世界に召喚された。

 私だけでなく、もう一人が一緒にあちらの世界に飛ばされた。

 結果的に私は一年後に帰ってくることができたけど、その一年間は向こうの世界で過ごした。

 だから私の年齢が一つ上なのはそういうこと。

 帰って来た時に先生や元クラスメイトが大騒ぎだったのは、まだ記憶に新しい。

 この学校は異世界に行きやすい人間が集まっているとは聞いていたけど、まさか自分がその経験をするだなんて思いもしなかった。

 あちらから帰ってからはかなりのハードスケジュールだった。

 どこかの役所の担当者からの事情聴取だのと、家族や学校への説明と、さらには、行方不明になった事で親にもかなり心配させたみたいで涙を流してまでいた。

 正直あれはちょっときつかった。

 幸い、私は一年で戻ってくることができたので、学年は違うけど友人達とも学校で会う事も出来る。


 しかし――


「おーい、武宮って異世界でどんなことしたんだ?」


 とか、


「こっちの世界じゃありえないような魔法見せてくれよ」


 などと言われても困る。実際、日本では魔法なんて使えないのだ。

 でも、私は嘘をついて誤魔化したりしない。ちゃんと説明した。あまつさえ、


「武宮せーんぱい? 先輩って、どれだけ強いんすかあ~?」


 なんて、どう考えても私を舐め切っている様な態度で挑発するクラスメイトまでいたのだ。


「あら? ここだとただの女子高生よ? そこまで強くないわ」


 この手の手合いは本気で相手しても仕方ない。のらりくらりと躱そうとしていたけど――


「え~、だって武宮せんぱぁい、向こうでは魔王倒してたんすよね?  どれだけ強いか教えてくださいよお?」


 別に魔王を倒したわけじゃない。私に敵わないことを分からせてやっただけだ。

 そう言おうと思ったけど、これ以上煽るとまた面倒な事になりそうだし適当にはぐらかすことにした。


「……まあまあってところかしらね」

「ふぅん、じゃあさ、俺と戦ってくれませんかね? 俺はそこそこ戦えるんですよぉ~。もちろん本気でいいですから」


 そこまでで周りからは、


「ちょっと止めなよ」

「おい、いい加減にした方が良いんじゃ……」


 なんてのが聞こえて来ていた。だが、煽って来た当人はそうはいかない。


「じゃ、行きますよ?」


 そんな事を言いながら、私に殴りかかってきた。

 確かに魔法は使えない。身体能力はあちらにいた時に比べたら格段に低い。けど、こんな遅いパンチなんて見切るのは苦じゃない。

 あっちでこんなパンチなんてカウンター入れて下さいと言っている様なものだ。

 私は余裕を持って拳を避けた。そしてそのまま腕を取って関節技を決めた。


「ぐあああっ!? はっ離せっ!」

「あら、もう終わり? これなら一般人の方がまだマシな動きできるわよ?」


 そう言って手を放すと彼は尻餅をつく様に倒れ込んだ。

 この一件から、同学年以上で私を挑発しようとする輩はいなくなったけど……。


「武宮って……ちょっと怖いよな……」

「わかる……」


 とか、一部の同級生から恐れられるようになってしまった。くすん……。

 そんな時、担任の先生から物理を担当している山科先生を紹介された。彼が顧問をしている『魔法研究部』の部室に行くと……。


「初めまして、僕は山科樹と言います。僕も異世界からの帰還者ですから、あまり身構えないでください。担任の先生に言い難い事もあるでしょうし、そんな時は僕に相談してくださいね」


 そう言った山科先生はとても優しい笑顔を浮かべていて、少しホッとした。

 のも束の間。


「ところで……この部に入ってくれませんか? 去年までいた部員が卒業してしまって部員ゼロなんです。まあみんな幽霊部員でしたが」


 先生が困ったように私へそんな提案をしてきた。


「……先生って、意外と抜けている部分があったりします?」

「武宮さんも結構辛辣ですねえ……、ははは」


 先生の誘いで私はこの部活に入ることになった。

 私の場合、部活動というよりは先生へ相談を持ち掛ける事が主な活動内容となったけれど。

 例えば――


「先生、私を挑発する人がいるんですけど、どうすれば良いですか?」

「まあ僕も似たような経験をしていますしね。この学校、試験がないのでいわゆる不良も普通に入学してきます」

「やっぱりそうなりますよねえ……。どうしたものでしょうか?」

「それは簡単ですよ。あなたより弱いって思わせれば良いだけです」


 それはクラスでやってしまった。だけど、


「……今度はクラスで浮いてしまって……、具体的には怖がられたみたいで……」

「それは仕方ない部分もありますが……、そうですね? 武宮さんはクラスのみんなより一つだけ年上なので、クラスのまとめ役をやってみるとか……って、どうしました?」

「せんせい……、留年って考えてみたら……結構恥ずかしい気がしてきて……」


 これに関しては私が悪いわけではない。そうなのだが、この事実を思い返すたびに泣きたくなってしまう。


「ああっ!? 落ち着いて。落ち着いてください……ね?」


 私の泣き顔を見て、先生がオロオロしている。


「……すいません……」

「いえ……。でも、そうですねえ。さっきの相談の続きになりますが――」


 先生からの提案で私はクラスの委員長をすることになった。



 後日。

「おはようございます」


 普通に挨拶をしていただけなんだけど……帰って来た挨拶は……。


「「「お、おはよう……」」」


 どこか怯えた雰囲気だった。これについて、山科先生は。


 ――一度、自分の力を見せてしまったので、しばらくは怖がられると思いますが、気長に行きましょう。


 との見解を示していた。

 それからというもの私はクラスでは空気のような存在になっていた。元々このクラスでは友達と呼べるような人もいなかったので問題はなかったけど……。

 そして入学式から数日経ったある日。

 あの二人に出会ったのだ。

 久能君と神咲さん、この二人はいつも一緒にいる。という事は、きっと仲が良いんだろう。

 まるでこの学校に入学したばかりの、あの頃のの様に。

 この二人の前で、入学して来たばかりの不良達をボコって……もとい、懲らしめてしまった。

 ついでに、普通なら聞くに堪えないような罵倒も聞かれてしまった。もう嫌われた。そう思っていたのだ。


 なのに――


「俺達に異世界の言葉を教えてください! このままじゃ落第してしまいます!」


 そんな相談をされてしまった。

 結局、その日は放課後まで使って異世界言語を教えたんだけど……、やっぱり怖がられるよりは気分が良い。

 その後、二人は……特に久能君は、ほぼ無理矢理……しかも先生の腕力で入部を余儀なくされていた。

 これについては神咲さんの提案もあったのだけど、この部活、私が言うのもなんだが、まともじゃない。

 だってどう考えても、『魔法研究部』は山科先生が自分の趣味のために存続させている様な部活だ。

 でも、そんなまともじゃない日常を、少しだけ楽しいと感じてしまっている自分がいた。

 私も大概だなあ。

 何故か先生は久能君の入部に関してはかなり熱心に勧めていた。これについて聞いてみたのだけど。


 先生曰く――


「一目見てピンときました。彼は僕の後継者となりえる人物です!」

「先生、顔が嘘っぽいです。もっとマシな言い訳した方が良いですよ? 実は先生は男子高校生をイジメるのが大好きなドSだとか」

「いやいや、違いますよ。本当に僕には分かるのです。彼の内に秘めたる才能が」

「……まあ、それなら良いんですけど……」


 私も最初の内は絡んでくる輩には、のらりくらりと躱そうとしていたけどすぐに手が出てしまった。先生は何を言われても受け流してしまう器量を感じてしまう。これが帰還してからの年季の差だろうか……と思う事もある。



 そんな日々の中、最近になってからクラスメイトから話しかけられる事が多くなった。


「ねえねえ、武宮さんて一年の子達とよく一緒にいるけど、何で?」

「ん、部活の後輩。それと異世界言語教えて欲しいって言われて」

「そっかあ、その時の武宮さん、楽しそうだったし、それに……」


 それに、何だろう?


「最近、雰囲気が柔らかくなった気がして。前はもっと怖い感じがしたから。気を悪くしたらゴメン」


 そう言って彼女は席に戻って行った。

 ――あれ、もしかして、私は変わったのかな?

 そう思うと、ちょっと嬉しかった。



 この学校、授業で大量の荷物を持ったウォーキングなんてものも行う。異世界で冒険する際に持ち運ぶ物資を背負いながらの行軍の訓練らしい。

 こんなのはあちらにいた時でかなり慣れている。あまりにも大量の物資は馬車に乗っけたりもしたけど、手持ちでもかなりの量を持てるとの自負はある。

 まあレベルの概念がない地球では、持てる量はかなり少なくなってしまうのだけど。ついでに、校庭みたいな整った地面じゃなくて山道や雪道での運搬経験もある。


「武宮……すげえ……」

「どうやって持てるの? あれ……」


 とか、クラスメイトの声が聞こえたけど気にしない。

 次は『魔物に襲われた時に仲間を背負って逃げる練習』という事で、二人一組になってペアになった人をおんぶして全力疾走するというものだった。


 うーん、一人背負うだけだと練習にならないかも……。


 これだって実際に散々やって来たことだ。異世界に行って最初の内は逃げる事も多かったから。だから。


「先生、私……二人持って良いですか?」

「た、武宮……? だ、大丈夫なのか?」

「大丈夫です。慣れてますから」


 そうして男子二人を脇に抱えて全力疾走。途中、


「うおおおぉ!?」

「ちょ、待って! 早いぃ!!」


 という声が聞こえてきた。とりあえず走り終わってから抱えていたクラスメイトに向かって。


「その……大丈夫だった?」

「ま、まあ大丈夫……だいじょうぶ……うん」


 なんか歯切れが悪い。倒れこんじゃったし、抱えられていただけでもかなりの疲労になってしまったみたい。

 全力疾走は良くなかったかな? あれでも異世界にいた時よりはかなり遅いけど。

 彼らはゆっくり休んだ方が良さそうだから、私は離れておこう。

 何やら話しているっぽいけど、私がいると話しにくいことかもしれないし。


「なあ……抱えられている時に上を見たら……武宮の胸が……」

「ああ……、すっげえ揺れてた。あんなの反則だろ」

「しかも太腿も至近距離だったし……」

「抱えられた時に二の腕が……柔らかかった」

「お前、それは俺が言おうとしてたのに」


 私の方をチラチラ見ながら、しかも何故か他の男子まで混ざっている。


「武宮って美人だよなあ……、知ってたけど」

「彼氏っているのか?」

「いるんじゃねえか? あの容姿だぞ」


 私を見ながらコソコソと話している。また怖がられてしまったのかもしれない。ちょっとヘコんでしまう。

 ふと校舎を見ると、久能君らしき人がこちらを眺めていた。少しだけ手を振ると、彼もそれに気付いたようだ。


「「「誰だ!? 武宮に手を振って貰ったヤツは!?」」」


 ……? なんか殺気……とまでいかないけど、妙な雰囲気が漂ってきた。なんだろう?


「ああ……、あの罵倒をされてもいいから、もっとお近づきになりたい……」

「あの不良達をボコった時みたいな、ゴミを見るような目で蔑まれたい……」

「罵られて踏まれたい……」


 男子達が変な顔をしながら私を見ている。なんかこう……あまり近づきたくないような感じがする。

 まあ、今度から人を運ぶ練習をする時は、もっと相手に気を使おう。うん、それがいい。

 さて、もうすぐ放課後だ。今日も久能君が先生にヘンテコな魔法訓練を受けるだろうけど、終わったら神咲さんと三人でどこかの喫茶店にでも行ってみようかな?

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