第7話 STOP 異世界転生

「それでは今日は異世界転生する際に会うと言われる神という存在について、現在有力とされている説を解説します」


 穏やかな昼下がり、午後一回目の授業内容を担当の先生が説明していく。

 この時間の授業内容は転生や転移などの際に現れると言われている神様の話だ。


「皆さんも何となく聞いているかもしれませんが、そもそも異世界とはなんなのか? そしてその世界を管理している存在とは何かという話です」


 先生が黒板に図を描きながら説明する。

 異世界とはそもそも何か。

 それは地球ではない別の星であるという説。

 これは地球以外にも生命が誕生した惑星があるのではないかと言う説で、この説を唱える学者は多いらしい。

 次に地球のパラレルワールド的な物だという説。

 これに関しては様々な議論が繰り広げられていて、有力な物は今の所ないようだ。

 最後に神と呼ばれる存在が似たような環境の世界を元々作り上げていた説。これは地球でも神話などで神と呼ばれる存在が出てくることから最も支持されている説の一つ。


「ちなみに神が地球を含む似たような世界をいくつか作っているので、その神が作った世界間では転移や転生が可能という説もあります」


 へー。そんな説があるのか。

 まぁ確かにそう考えれば色々と辻妻が合うな。

 俺は興味深く聞きながらノートにペンを走らせる。


「すいませーん! 神様って結局何なんですか?」


 手を挙げて質問する生徒がいた。


「そうですね……神とは人智を超えた力を持った存在であると言われています。便宜的に神と呼んではいますが、私達にとって理解できない力や技術があれば、他の生命体であれ『神』と呼んでも差し支えないのでは? といったところです」

「なるほど~。ありがとうございます!」


 神の存在については諸説あるが、実際に会える訳ではないし、俺からすれば正直どうでもいい話だったりする。

 今こうしてこんな授業を受けているだけでも不思議な気分なのにこれ以上不思議が増えても困る。

 俺はそんなことを考えながら窓の外を眺めた。


「はい、それでは神様に会ってしまった時にはどうすれば良いか。それを話していきましょう」


 先生がおかしな事を言いだしている様に思える。神様に会ってしまったら異世界に連れて行かれて終わりの筈だ。それ以外にあるのか?


「はい、皆さんは神に会うとそのまま異世界に連れていかれると思いますよね? それもあるのですが、大事なことがあります」


 あるんだ……。


「まず、自分は絶対に異世界に行かなければならないかを確認してください」


 はっ!?︎ そっち!?︎


「もし自分が異世界に行きたくない場合はハッキリと伝えないといけません。そうですね……。皆さん、目を閉じてください」


 全員が言われた通りに目を閉じる。


「皆さんは、この日本で暮らしています。そしてその生活の中で大切なものはありますか?」


 皆がそれぞれの生活を思い浮かべる。家族、友人、恋人などそれぞれ答えていく。


「はい、結構です。皆さんにはそれぞれの大切なものがありますね。帰還の可能性もありますが、異世界に行くという事はそれら全てと別れを告げるという事です」


 全員の目が開かれる。


「選択肢がある場合は、自分の大切に思っているもの全てを天秤にかけた上で本当に異世界に行っても良いと思った人だけ行ってください。私はそうして欲しいと思っています」


 教室内は静まり返った。


「でも先生……神様相手に選択肢なんてあるんですか?」


 誰かが言った。確かにそうだ。


「そうですね……。神様と呼ばれる存在が異世界に転生や転移をさせる際、その世界について説明を行う事が多いようです」

「それは……、その世界の情勢とか魔物とかの情報を知ってもらうためでしょ?」


 先生がうなづく。

 確かに普通ならそうなのだが、この先生の言い方だと他にも理由がありそうな雰囲気だ。

 俺はそれが気になり少しだけノートを取る手が止まった。


「まず、話し合いから入るという事は、その神様と呼ばれる存在にも我々と似通った倫理観や文化がある可能性があります。そうでなければ、強制的に転移を行ったり、悪ければ洗脳をして無理やり言う事を聞かせたりと手段を選ばないでしょう」


 成る程、この先生が言いたい事が何となく分かってきた。


「だから、皆さんには、ちゃんと自分の意思で考えて行動して欲しくてこのような話をしています」

「わかりました。先生ありがとうございました」




 今日の授業が終わり、友人達と雑談をしていた。


「しっかし……、異世界に行くやつが本当に現れるのかねえ……」

「二年の武宮先輩みたいな人もいるけどな」


 古村君――君付けは止めてくれと言われたので、古村とそんな話題で盛り上がっている。


「あぁ、あの人な。確かに凄かったよな。美人なのに不良をボコるし」


 ついでに凄まじい罵倒が飛んでくる……。あの人の場合は、罵倒の方が精神的なダメージが大きいかもしれない。

 俺が見た中で最強の生物は間違いなく彼女だろう。


「さてと、じゃあ俺は帰るわ。帰るって言っても寮だけど」

「そういえば、古村は寮生だったか」


 この学校、全国から異世界に召喚されやすい人間を集めているので、生徒達の為に学生専用の寮が存在する。武宮先輩も寮生と言ってた。

 俺や月奈の様に自宅から通っている生徒の方が少数派なのだ。


「まぁな、お前も来ないか? 飯は美味いし、風呂も広いぞ」

「考えとく」

「おう、また明日」


 その言葉と共に各々帰宅の途についた。





 久能と別れて寮への道を歩いていると、目の前にボールを追いかける小さな女の子が飛び出してきた。

 それだけじゃない。女の子は道路のど真ん中で背後にはトラックが迫っていた。

 俺は咄嵯に走り出した。

 くそ! 間に合え!!︎  

 全力疾走した。心臓の鼓動が聞こえる。バクバクバクバクと。ただあの子を助けなければと、その一心で足を動かす。

 女の子を突き飛ばしたところで、トラックの姿が視界一面に――

 キキーッ!!! ドン!!


「ぐふぅ!」


 意識が飛んだ。




 目が覚めるとそこは真っ白な空間だった。


「はい? 目が覚めましたね? 突然ですが私は女神様なのです」


 そこには金髪碧眼の綺麗なお姉さんがいた。真っ白だった空間はいつの間にかテーブルとティーセットが置かれており、女神と名乗った女性は紅茶を一口飲むとカップを置いた。


「おーい、聞いてますか?」

「はい、聞いてます」

「それでは本題に入ります。あなたにはこれから異世界に行ってもらいます」

「それよりも……あの女の子は……」


 そう言うと、女神様の顔色が変わった。


「安心しなさい。ちゃんと怪我一つなく無事よ。それとあなたは……言い難いのですが……」

「死んでしまったんすよね?」

「はい、残念ながら。でも、あれだけ幼い子を庇ったのだから誇るべき事ですよ?」


 そう言ってはいるが、女神様は目を逸らしている。


「……なんすか? 何かあったんすか?」

「いえ……、その……、あなたの体ですが……」


 損壊が酷いとかそう言った話だろうか?


「ぷっ……、体には傷一つありません……」


 おい、今笑わなかったか!?


「つまりですね、死因がアレなんです」

「アレって何すか?」

「その……、トラックはあなたにぶつかる寸前で止りました。いやー凄いですね。自動ブレーキ? でしたっけ? 地球の科学技術も侮れません!!」


 女神様は興奮気味に語るが、こっちはそれどころではない。


「それで、止まったのならいいんじゃ……」

「その……あなたは……トラックに轢かれたと思って……そのまま……心臓が止まってしまって……、ぷっ……」


 実際にトラックと激突しているわけではないのに、ここにいる俺がツボに入ってしまったらしい。


「……マジですか?」

「はい、大真面目です。今、お医者さんが蘇生を行っていますが……。行きますよね? 異世界」


 ああ……、そう言えば今日の授業でちゃんと異世界に行くかどうかは良く考えろって教わったっけ。


「その……絶対に俺が行かなきゃならないんすか……?」

「別に強制ではありませんよ? ただ、異世界に行くという事は命の危険があるという事でして……。その代償として……所謂チートスキルは授けます」


 聞いていた通りのテンプレとも言える誘い文句だ。


「そのチートがあれば、俺TUEEEEも出来るし地球の知識でお金を稼いで大富豪だって夢じゃないわよ! ついでに女の子とムフフな事とかも!」

「ちょっと待てやコラァアア!! 後半部分詳しく説明しろやぁあ!!」

「うわぁあ!? ビックリしました!」

「いや、あんたが驚かせてんだろ!?」

「はぁ……、とにかくどうします? 異世界に行きますか?」


 ……異世界に行く。それはつまり……。


「俺さ……勉強なんて本当に苦手で……、でも腕力とは体力にはそれなりに自信があるから、中学卒業してすぐに土木作業の仕事でもしようかと思ってたんだ」


 女神様は黙って聞いてくれている。


「親父はガキの頃に事故で死んでてさ。おふくろは女手一つで俺を育ててくれたんだ……。どうせ高校行っても落第するのがオチだろうと思って中学卒業してすぐ働くって言ったんだよ」


 俺の話を文句ひとつ言わずに女神様は聞いてくれている。


「けどさ……。高校に入学できるって教えた時のおふくろがさ……。すっげえ喜んでくれて……、俺、きっちり勉強して卒業したら働いておふくろを楽させてやりいてえんだよ! 頼むよ! 俺を異世界に連れて行かないでくれ!!」


 俺は心の底から目の前の人物に訴えかけていた。女神様は俯いたまま、ピクリとも動いていない。しかし、彼女が口を開いた。


「あなた……」


 人間の癖に生意気とか、そんな事を言われるのかと思った。だが、彼女の言葉は予想外だった。


「……あなた……良い子ねえええええええ!」


 女神様は大粒の涙を流しながら抱き着いてきたのだ。


「ちょ……、やめてくださいよぉおお!!」

「ごめんね、ごめんねぇ! 私ったら感動しちゃってぇえ! あなたはきっと立派な大人になるわぁああ!」


 この女神様は一体何を考えているのだろうか? 俺みたいな奴に感極まって泣くなんて……。


「はいはい。それじゃあ続きを話すわよ? あなた異世界には行きたくない。しかも体は傷一つない。なら早く戻りなさい」

「あのー、まだ聞きたい事が山ほどあるんすけどいいんすか?」

「いいわけないでしょう? 本当は駄目だけど、今回は特別に許してあげるわ。感謝しなさいよ? ちゃんとお母さんに親孝行なさい」


 そう言うと彼女は俺の額に手を当てた。その瞬間、意識が遠のくのを感じた。



 目を覚ました時、そこは病室であった。

 そこには医者に担任の先生、クラスメイトも集まっていた。そして―――、


「おふくろ……?」


 おふくろが泣いている姿があった。


「良かった……、良かった……、生きてる……。生き返ってくれて……ありがとう……」

「おふくろ……、おふくろ……、おふくろぉおおお!!」


 おふくろの姿を見て、俺の目からも涙が溢れていた。


「全く……、心配かけさせないでよね……。本当にもう……」


 おふくろは泣きながらも笑っていた。

 その後、夢かどうかは分からないが、女神と会った事なんかを先生はじめ、どっかの役人にも聞かれたりした。こういった経験も貴重なデータとなるらしい。



 その頃、天界では――


「……異世界転生のノルマ……どうしよう!? あの子が良い子過ぎて見逃しちゃったけど……、最近の車ってブレーキも勝手に効いたりして遺体も綺麗に残って蘇生しやすいし、それに最近……異世界に行きたいって子が減ってる気がするのよね!? どうしてえええええ!?」


 女神様が大泣きしながら叫んでいる声が響き渡っていましたとさ。


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