第6話 すていたす? ステータス?

 異世界といえば何を思い浮べるか――

 剣と魔法の世界? またはエルフやドワーフ、獣人などの異種族。それとも――


「本日はステータスについて解説します。これについては若い皆さんの方が詳しいかも知れませんね」


 担当教師が黒板にステータスと記述している。

 それを眺めながら俺は欠伸を噛み殺す。ステータスとは、ゲームでよくある能力値だ。身体能力を表す数値であり、魔法やスキルを使うために必要な要素でもある。例えば攻撃力なら筋力・腕力・体力・魔力などを表す数値だ。

 そして、その数値は生まれつき決まっているわけではない。日々の訓練や努力によって向上していく。


「あと、ステータスと切っても切り離せないのがレベルという概念です」


 レベルというのはRPGゲームなどで出てくるあれである。簡単に言えば経験値を積むことで上昇する数値のことだ。

 レベルが上がるごとにステータスが上昇していくのだが、これは生まれ持った才能にも左右されるらしい。


「ステータスの数値が高いほどレベルアップ時の恩恵が大きいと言われています」


 この説明を現代日本の高校で教えているのはかなりシュールな光景だ。ラノベだと当然の様になっているけど現実では普通ないからな。

 そもそもステータスなんてものは日本に存在しないし、あろうはずもない。


「さて、今日はこの辺にしておきましょう」


 そう言って先生が授業を終える。俺は大きく伸びをして机の上に突っ伏した。退屈極まりない時間だった。こんなことをして意味があるのかと思うくらいには。

 実際、先生の言う通りステータスなんてゲームを良くプレイする俺らの方が詳しいはず。だから正直聞いているだけ無駄だと思うのだ。

 しかし、ステータスの存在を知っているということだけでも、今までの帰還者からの情報で異世界ではかなりのアドバンテージになる場合があるのだろう。無知は罪というわけじゃないが無知であることを異世界人相手に知られること自体あまりいい印象を持たれないしな。



 放課後、先日入部した魔法研究部の部室へ月奈と一緒に訪れていた。


「先生の行った異世界にはステータスってあったんですか?」


 不意に月奈が質問を投げかけていた。

 確かにそれは気になっていたところだ。俺らの知っている知識とどの程度一致しているのか知っておいた方がいいかもしれない。


「いいえ、僕のいた場所ではありませんでした……が」

「「が?」」


 俺と月奈が同時にハモると、


「私が行った異世界にはあったわ。ステータス」


 と、武宮先輩が答えた。


「そうなんですか!?」

「どんな感じなんですか!?」


 月奈に続いて俺も身を乗り出して尋ねる。

 すると武宮先輩は少し困ったような表情を浮かべる。


「異世界に行ったばかりの時ならそこまで気にならなかったけど……」

「じゃあ、旅をしていた時は?」


 先輩は手に顎を乗せ、うーんと唸ってから、


「そうね? レベルが上がるにつれて大岩を難なく持ち上げたり、時速50キロ近い速度で走れるようになったり、垂直飛びで20メートルくらいジャンプできたりしたわ」

「……先輩って人間ですか? 実は別種族とか……」

「失礼ね! 私はれっきとした人間よ!」


 武宮先輩が頬を膨らませて抗議する。

 まぁ、異世界での身体能力に関しては人間の範疇を超えている気がするが、そこはこれ以上突っ込まないことにする。


「ちなみに帰ってくる前の私のレベルは999よ」

「そんなに高いんですか!?」


 武宮先輩の言葉を聞いて思わず声を上げる。


「つまりカンスト?」

「えぇ、これ以上は上がらないわ」

「凄いですね……」


 月奈も驚きの声を上げていた。

 先輩が言うにはレベル999と言えばラスボスでも余裕で倒せるレベルだし、普通の人間が到達できる領域ではないらしい。というより……。


「先輩って……ゲームでも同じ事しますか? レベルカンストで魔法も全修得。武器防具も最強とか?」

「よくわかったわね?」


 やっぱりか。俺は苦笑しつつ肩を落とした。

 この人はゲームでもよくやり過ぎてしまう人なのだ。しかもそれが常識だと思い込んでいるため指摘してもなかなか理解してくれないのである。


「ゲームと現実の区別がつかない人っているんだな……」

「……あら? 私はベストを尽くしただけよ?」


 先輩はニコニコしながらこちらを見ている。彼女はなぜここまでベストを尽くしたのか。

「だって……そうしないと、魔王を屈服させるなんてできないもの」

「……今、魔王を倒すより凄い発言しませんでしたか? 屈服って……」


 俺は冷や汗を流しながら尋ねた。

 異世界で先輩は何をしたのか――

 この人は魔王よりも恐ろしい存在だったのではないだろうか?


「私が最終的に異世界でやったことは至って単純よ。レベルを上げまくった後、自分で敵陣に突っ込んで私を好き放題攻撃させた後、何事も無かったかのように立っていただけ。だって多重防護障壁に自動回復で、ほぼノーダメージだったしね! 即死魔法や毒? そんな物は当たり前の様に対策済みよ!」

「……」

「……マジっすか」


 月奈に至っては開いた口が塞がっていない。


「そう……そして、魔王の前でも同じことをして、戦っても無駄って分からせただけよ。そして魔王城は無血開城。人間と魔族はお互いに領地を決めて干渉しないようになったわ」

「先輩? あの……魔王にこれ以上やるなら、子供に見せられないようなことをするぞ的な脅しを殺気を込めながらしませんでしたか?」


 先輩は俺の問いに対してニコッと笑って、


「さぁ、どうかしら?」


 と、答えた。

 絶対したな、これ。先輩がやることだから仕方ないとは思うけど、相手側からしたらトラウマものだろ、それ……。

 先輩の事だから、ヤンキー連中に行ったこと以上の罵倒をしたのかもしれない。

 異世界で魔王城を無血開城させた女子高生の話を聞き終えたところで、先生の方を向き、


「結局ステータスって、ゲームみたいなものって認識で良いんですか?」


 ……と、月奈が訪ねていた。


「……うーん。そうですね……」


 先生は腕を組んで考え込む。


「広義のステータスという意味では、例えばみんなが体力測定をした時の数値やテストの点数もそう言えるでしょうね。ただ……」

「ただ?」

「よく異世界ではステータスや職業、スキルなんてものがありますよね?」


 先生の言葉を聞いて俺たちは一斉に首を縦に振る。

 それは俺も疑問に思っていたことだ。

 異世界でステータスがあるというのは理解できるのだが、何故そんな物があるのか。それが疑問なのだ。


「これは仮説ですが、さっき例えで体力測定やテストの点数を出しました。ですがもし……人間というものの情報をもっと深く知る事が出来る技術があるとしたら、どうでしょう?」

「人間を……知る?」


 月奈が呟くように言った。


「人間を知るということはどういうことですか?」


 俺は思わず質問する。


「人間には色々な人がいます。人それぞれ得意不得意があり、得手不得手があります。その人の性格、行動パターン、趣味嗜好、健康状態、精神状態、身体能力、病気の有無など……」


 確かにそうだ。十人十色なんて言葉があるように、人間は例え一卵性双生児であっても全てが同じという訳ではないのだ。


「そもそも、人間自体が情報の塊と言って良いでしょう。DNAからして、その人間の情報が書き込まれているものですから」

「じゃあ……もしかして?」


 武宮先輩が何を言いたいのか察したようだ。


「はい。恐らく……、ステータスというのは、地球よりも人間そのものの情報を深く解析できる技術が元になっているのではないかという事です。なので、適性のある職業が分かったり、覚えやすいスキルがあったりするのではないかと思います」

「なるほど」


 俺は感心して、何度も首肯した。


「ちなみに、この話はまだ研究段階のものです。本当にそうなのかは分かりませんし……それに、私の専門も違いますしね。偉い学者さんの受け売りです」


 だけど、それだと辻褄が合わないような事もある。


「よく異世界って中世みたいな所って聞きますけど、現代の地球以上の技術なんてあるんですか?」


 それこそ物語では馬車を使って移動したり剣と魔法の世界だったりするのだ。

 自動車のような乗り物は存在しないし、銃などの武器もない。魔法にしても魔力とかどうやって計測しているのか分からないし……。


「えっと……それはですね……」


先生は頬を掻きながら困った顔をしていた。


「ただ地球の人間を自分達の世界に招き入れるという手段を持っているという点においては、こちらの科学技術よりも勝ってはいるでしょうね」


 先生は苦笑いしながら言う。


「……そっか。そういう考え方もあるのか……」


 俺は納得しかけたが、月奈が横槍を入れる。


「ちょっと待ってください。先生。それってつまり、異世界の人達はこの地球に何かしようと思えば出来るってことですよね? だったら、この世界を侵略しようと思ったら簡単に出来てしまうんじゃないですか!?」


 月奈の言い分も最もだ。


「確かにその考えも理解できます」


 先生は顎に手を当てて、考える仕草をする。


「ですが、もしできるならとっくの昔にやっているはずですね。世界と世界を繋げるには条件があるのでしょう」

「先生は……分からないんですか? 確か召喚術式を逆用して日本に帰って来たって……」

「確かにその通りですが、術式を100%理解していたわけではないのです。おおまかな所は分かりましたが、細かいところまでは……。ですから、僕には断言する事はできないのです」


 そう言って先生は再び申し訳なさそうな顔になる。


「そういえば、前にも話が出ていましたけど、異世界を研究している人達がいるんですか?」

「はい。異世界を研究する人は結構いますよ。僕の様な帰還者も参加していますしね」

「先生もですか?」

「ええ。学会もありますから今度参加してみますか? 今年は8月開催で丁度海辺のリゾート地です。海水浴も兼ねて行くのもいいでしょう」


 リゾート! それはいいかもしれない。


「俺達高校生ですけど、大丈夫なんですか?」

「気にしなくて大丈夫ですよ。研究発表の他に帰還者同士の交流の場でもありますしね。久能君と神咲さんは帰還者ではありませんが、若い生徒の参加は歓迎してくれます」


 チラッと月奈と先輩の方を向くと、


「わたしは行ってみたいです!」


 目をキラキラさせながら月奈が言った。

 先輩の方を見ると、小さくコクンと首を縦に振る。

 どうやら問題はないようだ。


「じゃあ、俺も行きたいです」

「了解しました。後で詳しい日程を教えますね」

「楽しみにしておきます」


 特に揉めることなく決まったのは良いのだが、今の俺はというと……、


「先生、まだ毛布人間してなきゃダメですか?」


 先生考案の地球で魔法を覚える訓練の真っ最中なのだ。


「もう少しだけお願いします。久能君は筋が良いので、僕も安心です」

「本当ですか?」

「はい。なので、頑張ってください」

「分かりました……って、これだけで筋が良いとか分かるんですか!?」

「はい。だって、ここまで僕の言う事を素直に聞いてやってくれる人はいませんでしたから!」


 そりゃそうだ。こんなのやらされたら、普通はこの部活を辞める。


「先生。実はドSだったりしません?」

「違いますよー。僕は褒めて伸ばすタイプなのです」


 うわぁ……この人絶対嘘吐いてないぞ……。


「月奈もやってみるか? 魔力を感じるための模擬訓練」


 こうなったら月奈も道連れだ。


「むー……。これって恥ずかしくない? 他の人が見たら笑われそう……」


 それは確かにその通り。部室の中だからやっている部分もある。


「これはまだまだ序の口ですよ? 慣れてきたらこの状態で動き回ってもらいますから」

「なっ!? マジですか!?」


 俺は先生の顔を見るが冗談を言っている様子ではないのは一目瞭然だった。

 先生の目は輝いているのだ。まるで新しいおもちゃを買ってもらった子供のように……。


「では毛布はここまでにして、異世界の言葉を喋る練習をしましょうか……」

「あのマシンで?」

「ええ。あのマシンです。ちなみに名前は『詠唱マスターできなきゃパンチが飛んでくぞ君』と言います」

「先生、ネーミングセンス……」

「ありがとうございます」

「褒めてねぇ!?」


 こうして今日も異世界魔法修得の訓練が始まるのであった。

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