柳の下の景色
日前みかん
第1話片野川のせせらぎ。
昭和三十三年。
日本のとある片隅の町。
「姉さん今日は何しんさりますかのう」
賄いのおじさんが言う。
「うちは好き嫌いが無いけえ何でもええですよ」
「あはは、何でもええが一番困りんさる」
「すいませんねえ。塩鱈の茶漬けと豆腐がありゃあ幸せですけえ」
「ほんに贅沢を言わんお人じゃのんた」
(のんた)とは「そうでしょ、あなた」そう捉えて良い言葉。
賄いのおじさんと話すのは、特殊飲食店の娘凪乃。
赤線の遊女である。
凪乃には好いた客がいる。
土木建築会社の息子で跡取りの雄吉だ。
彼も凪乃を気に入っており身請けまで考えている。
周りからもええ方向に向かやあええのうとか言われているので、やっかみも無く後押しされてたりする。
凪乃はまだ16のおなごだ。
無論登録は年齢を誤魔化していて、バレれば店は処分される。
孤児が故に出来るが闇でも有る。
店の張り出しから片野川のせせらぎを眺めると、柳の葉が流れて来る。
それを拾うと凪乃は近くの橋の上を見る。
見ると男が手を振っている。
これが凪乃と雄吉の逢い引きの合図なのだ。
雄吉の車で海岸沿いより少し山の中の道へ入ると、所謂連れ込みホテルへ入りその時を楽しむ。
事を終えベッドの中で雄吉は凪乃に、身請け金を今度払うから家へ来て子供の面倒をみて欲しいと頼む。
そう、身請けされても妾の身。
それでも凪乃は雄吉に頷いた。
側に居られるだけで良いのだ。
今で言うベビーシッターの様な仕事をして、雄吉の家では揉め事も無く良い環境で過ごしていた。
時と神は残酷で有る。
雄吉と正妻の子が夕方になっても帰って来なくて、家では騒然と成っていた。
警察に連絡して探して貰う算段迄した。
休みを貰い少し遠出をしていた凪乃が隆之を見たのは偶然だった。
雄吉の子隆之は1人で10キロ米を歩いて帰る途中だったのだ。
六歳くらいの子は時としてそんな冒険をするものだが、大人と言うものはそれを忘れる。
隆之と凪乃を見た正妻はまくし立て雄吉もその言葉に乗ってしまった。
凪乃は誘拐犯扱いだ。
雄吉は凪乃に札束を投げつけ、「出ていけ!!」と罵る。
凪乃はゆっくり腰を屈めて札束を拾う。
私はこんな紙切れだったんだ。
雄吉との愛はお金で精算されるものだったんだ。
凪乃は走り出していた。
雄吉の顔面に札束を投げつけ走り出していたのだ。
子供の面倒をみて働いた金が有る。
何とか成るわよ。
そんな強気の頬から流れて落ちそうになる何かを、空を見上げて我慢する。
優しく流れる片野川のせせらぎ。
側で揺れる柳。
遠く甦る雄吉との出会い。
橋の上から名も知らぬ男に柳の葉を落とす。
ゆらゆらとゆれる柳の葉。
男は屋形船から手を差し出すが、ひらりと柳の葉は、まるで男をかわす妓女の様に手を掻い潜る。
ああそうだあの柳の葉は私だ。
私だったんだ。
片野川のせせらぎを聴きながら凪乃は駅に向かった。
広島にでも行こう。
何かいい事有りそうで。
そんな気がした。
赤線が秋冬を迎える。
柳の下の景色 日前みかん @hikumamikan
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