第17話 元反社会勢力から牧師へと転身
「有難うございました。またのご来店をお待ちしています」
野村は、アールグレイティーを飲んで出ていった。
原口は、れいの隣に座った。
「さっきの話、聞いてただろう。あの人は元反社会的勢力でね、最後には、内部分裂が起こり、野村さんはね、なんと子分に拳銃で撃たれたんだよ」
れいは、興味深く聞いていた。
まるで、東映Vシネマの世界だが、現実はそれよりも冷酷である。
やはり悪の芽が新しい悪を生み出すのだろうか。
「でも、原口さんはどうして野村さんと知り合ったの?」
「実は、野村さんは俺の中学の一年先輩だったわけだ。話せば長くなるけれど、俺はそのとき、ぐれ掛かっている真っ最中だったんだ。母親が死んでいつも一人ぼっちで、そんなとき暴走族がカッコよく見えたんだ。それで、野村さんの族に入ったんだけどね、ここには俺の居場所があると感じたんだ」
なんだか、世間にはよくあるパターンで、いじめられっ子とか、何の目的意識も持たない子が、そういった特殊な集団に入ることで、自己顕示欲を満足させる。
現在は暴走族も壊滅状態にあるが、東横キッズなどという未成年のホームレスまがいが補導されている。
補導されるのは、半分以上は女子であるが、女子は売春、麻薬などに悪用されるので、男性のヒモなどの深みにはまらないうちに、早めに補導する必要がある。
深みにはまってしまうと、相手の男性もストーカーに変わり、新たな犯罪を生み出す恐れがある。
原口さんも辛かったんだなあ。
ということは、元アウトロー牧師の野村氏はもっと辛かったのかな?
「野村さんは、僕から見て幸せな人だったな。父親は、実業家で成功していたし、野村さんも中学までは、家族全員で教会に通ってたんだって。
でもなぜか彼だけはアウトローになってしまった」
意外だな。
「野村さんは、そのときは信仰もなかったし、十字架の意味もわかっていなかった。
しかし、アウトローを辞めてから、信仰に目覚めたんだって」
なるほど。まあ、教会に通っている人全員がクリスチャンとはいえない。
ただ、意味がわからず家族に連れられて通っている人だっているだろう。
「野村さんのアウトロー組織は、武闘派集団で彼も日本刀をもって追いかけらたり、拳銃で撃たれたりしたんだって」
おお怖い。東映Vシネマの世界をはるかに上回る。
そういえば、アウトローの敵は外部ではなく、身内だという。
親分の命令は絶対で、黒ー悪のものでも親分が白-善といえば白になる。
まさに白いカラスが飛ぶー本当は悪なのにあたかも善の仮面を被り、それが世間にまかり通っている。
不始末を仕出かしたら、指を詰められ、シノギだとかいって、組に上納金を納めねばならず、納められないと借金だらけになるので、ますます悪を仕出かすという悪循環に陥ってしまう。
「でもアウトローの人が、一般人と同じ生活をして、一般人に接するのは想像を超える努力が必要だというわ」
「そうだなあ、俺も最初は苦労したよ。しかし、野村さんを見習って、イエス様を信じてからは大分ラクになったなあ」
なるほど。アウトローからの脱出か。大変だな。
しかし、こういう人こそ本当に信仰を持ったら、過去の体験を活かして、常人には考えられないような偉大な働きをするんじゃないかな。
常人ならビビッて逃げ出すような怖いことも、元アウトローの手にかかればお茶の子さいさいであり、アウトロー親分に忠実に仕える代わりに、イエスキリストに仕えれば素晴らしい結果がでるのではないかと期待をもたれることも可能である。
元アウトローが常人と同じように振舞い、同じ生活をするには、想像を絶する努力が必要だというが、イエスキリストと共にならそれも可能である。
むしろ過去の体験を活かして、常人には考えられないような偉大な働きをするんじゃないかな。
キリスト教は迫害の歴史だという。
日本では踏み絵というのもあったし、戦争中は鬼畜米英で、キリスト教のような外国のバタ臭い宗教など消えてなくなると、信じ込まされていた。
現在でも、北朝鮮では共産主義国でキリストなど禁止されているが、秘密の教会というものが存在する。
なんでも小さなアパートの一室で、周りに気付かれないように聖書も音読せず、讃美歌も口パクで歌うという。
それでも信仰のともしびは消えず、どんなに迫害されても無くならないのは、やはり真実だからだろうか。
それとも真実だから、真実を行うことのできない人からはねたまれて迫害されるのだろうか。
正義の味方という言葉の意味は、正義には敵が多いが味方もいるというように、一般的には正義は受け入れられにくいという意味でもある。
しかし、アクセサリーの人気ナンバー1はいつも十字架であり、ナンバー2はスカル(骸骨)だという。
「俺は、野村さんが堅気になったというのを聞いたとき、耳を疑ったよ。
あの武闘派イケイケ集団の若頭だった過去があるのにね」
原口は、演歌調のようなしみじみとした口調で言った。
「武闘派って東映Vシネマみたいに、拳銃や日本刀を振り回すんでしょう。怖いわね」
「でも、最後は内部抗争に巻き込まれ、野村さん自身も拳銃で撃たれたらしい。
それに、小指も詰められたしね」
しかし、そんな人が牧師になるくらいなら、ひょっとしてもともとはインテリなのかもしれない。
「野村さんって、大学卒のインテリアウトローなの?」
「とんでもない。勉強は苦手で高校は二年で中退。暴走族からアウトローになったってパターンさ。どうせ悪いことをするなら、とことん悪くなり、悪のワースト1になってやると思ったらしい」
要するに、周りが自分を悪だと決めつけるなら、本物の悪人になってやろうかという世間に対する復讐か?
しかし、罪の報酬は死であると、聖書には記されている。
「悪に強いものは、善にも強いというからね」
れいと原口は、同時に同じことを言ったので、思わず顔を見合わせて笑った。
「実は隼人も、野村さんの世話になったパターンなんだよ」
だから、あんなに真面目に前向きになったのか。
「私も行ってみたいな。野村さんの教会に」
「そうだな。いろんな人が来てるから、俺たち素人にはかえってなじみやすいかもしれないな。いかにも敬虔で地味なお年寄りクリスチャンの集まりだったら、かえって躊躇してしまうかもしれないな」
れいは、好奇心半分で是非行ってみたいと思った。
「れいさん、久しぶりだな。一緒に帰ろうか」
最近めっきり顔が温厚になった早川が、声をかけてきた。
「久しぶりね。元気そうじゃない」
「こうやって、れいさんと一緒に帰るのもこれで最後じゃないかな」
早川は、れいの目を見つめて言った。
「俺、スイートハートを辞めて、親戚の後継ぎをするんだ」
れいは、まじまじと早川を見つめた。
「親戚が、老人介護のディサービスを経営していてね、俺もヘルパーとして働くんだ。いずれは、介護福祉士の資格も取得するつもりなんだ」
少し淋しいけど、新しい門出に乾杯というところか。
「実は元看護士の親戚の姉ちゃんが経営し始めたんだけど、まあ俺も女一人で経営していくのは、これからの時代、何かと大変だと思って手助けしたいと決心したわけ」
「あら、なかなか親戚孝行ね。そうねえ、トラブルが起こったら女一人で解決するのは大変だものね。早川君がついてれば、さぞ心強いと思うわ」
早川は、れいに笑顔を向けた。
「それはそうと、隼人の奴、カフェで働いてるって聞いたけど」
「そうよ。なんでも未来を語り合うカフェだそうよ。一度、行ってあげてよ」
「あいつも、すっかり変わったらしい。あいつなんと、教会に行ってるんだって。あいつが教会なんてガラかよ。笑っちゃうよ」
「教会って、別にかしこまった聖人君子の集まりじゃないわ。私を罪人を招くためにやって来たという言葉もあるしね」
早川は、首をかしげて言った。
「俺、あの十字架というのがわかんないんだ。まあ、そういう俺も、十字架のペンダントをつけてるけどね。あれは、処刑の道具だったというのを聞いたことがあるぜ」
「そういえば、イエスキリストは、人類の罪の身代わりとして十字架にかかられたというわね」
早川は、不思議そうな顔をした。
「まあ、難しいことは俺はわからない。でも、神秘的なものを感じることだけは確かで、お守り代わりにつけてるんだ」
とたんに、早川はれいの手を握った。
「最後に握手して別れよう、元気でな」
「早川君も、介護福祉士の道、頑張ってね」
二人は、笑顔で別々の道を歩き始めた。
れいの心に、未来を暗示するようなさわやかな風が吹き抜けた。
「明日こそ」
明日こそ 夢の一歩を歩んでみせる
今日の日は 夕陽と共に沈んでいく
陽は上り 陽は沈むなんていうのは
人のつくった錯覚
僕たちのいる地球が
太陽の周りを 回転していることに
誰も気づいていない
夢をもって 未来のビジョン
明日は自分の手でつくらなきゃ
未来のハンドルは 僕たちが握っている
れいは即効で早川に贈る歌詞をつくった。
いつか早川に渡せる日が来るだろうという、小さな希望を胸に抱きながら
れいは原口に連れられて、野村牧師の教会に見学に行くことになった。
昼二時二十分に待ち合わせした。
「素藤さん、着いたよ。これが野村さんの牧師をしている教会だ」
えっ、ここはどう見てもスナックじゃないか。
築二十年くらいの古びたスナック
しかし「罪人と共に生きるイエスキリスト教会」と筆書きされた看板が、掲げられている。
れいは、教会というと屋根に十字架が飾られ、ステンドグラスのあるおごそかな建物を想像していたが、どうも当てが外れた。
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