第16話 れいはついに岸慎吾との共演を果たした

 ノンストップの二人は、思ったより気さくだった。

 中堅タレントの説明をして下さいなどと言ってきて、それに応えると感心したように相槌をうってくれる。

 まるで、昔からの友人とカフェでダべリングしているみたいである。

 そこでなんと岸慎吾の登場である。

「本日のゲストは、浪花ボーイの岸慎吾です」

 アイドルのオーラを漂わせた岸慎吾が登場するや否や、スタジオから緊張感がみなぎった。

「僕たち、浪花ボーイは今度‘ありえへん世界’という新番組を司会することになりました。宜しくお願いします」

 亮は「実は、岸君と僕は同じ地元出身なんですよ。だからそのよしみで、ゲストとして呼んでください」

 岸慎吾はすかさず

「そうですね。亮さんが面白いことをしでかして、現実にはありえへん世界を構築して頂いたら、ぜひゲストとしてお招きしたいですね」

 なんだか、的をえた優等生的発言である。

 すかさず、れいは

「私、慎吾君のための作詞家としてちょっとだけありえへん世界を作詞しますので、ありえへんことかもしれないが、ぜひ出演させてほしいですね」

 慎吾は、予想外の会話に一瞬驚いたような顔をしたが、笑いながら

「ぜひ、お待ちしています」と優等生的な答えを返した。

「カット」

 歯切れのいいディレクターの声で、れいの出番は終わった。


 れいは交通費込みの五千円をもらい、駅まで徒歩で帰ることになったが、慎吾との共演がかなったことに、作詞家としての夢が開けるようだった。

 そうだ、岸慎吾のために作詞をしよう。

 そして浪花ボーイを単なるアイドルで終わらせるのではなく、スマップのような、バラエティーもドラマもできる息の長いタレントていてほしい。

 慎吾のために即効で歌詞をつくった。


 「君を笑顔にしてみせる」

 アイドルを目指していたら

 なぜだか 関西お笑い専門部門なんて呼ばれ始め


 君を元気づけることが 俺たちの使命

 最大の悲劇を喜劇に変えたい

 涙は地に流すよりも 風に飛ばして

 笑い飛ばそう


 弱気が不安にならないうちに 僕たちと共に

 夜を飛び越え big tomorrowをつくっていこう

 ありえへん世界なんて言わせないよ


 ベタな歌詞かもしれないが、歌詞をつくることは楽しい。

 ささやかな脳内革命が起こることは、まぎれのない事実であり、日常に光が差し込んでくる。


 ふと、隼人はどうしているだろうか?

 原口とコンビを組み、ドライバーを続けているのだろうか?

 隼人をテーマにしたラップ調の歌詞もつくってみた。


   「Little bad人生」

 気がつけば 周りと一線を引いていた

 被害妄想かもね

 自分だけが不幸のかたまりと思い込み

 視野が狭すぎるね 

 人を傷つけることで アイデンティーを

 見出そうとしていた

 いつか罰があたっちゃうよ


 今まで泣かしてきた人 ごめん

 いちばん泣いているのは 母親かもね

 アンフェアな世間に対する ささやかな抵抗だった

 もっと別の方法があったはずなのにね

 このままじゃあ地獄一直線

 そうだよ 底なし地獄の一丁目だよ

 方向転換 やり直せるよ 人生は

 うん 早く方向転換しなきゃ 乗り遅れるぞ 


 ふと即席で作ってみた。

 ラップ調にすることで、説得力があるかもしれない。

 れいは、この歌詞を隼人に見せることに決めた。


 なんと、翌日隼人が一人でスイートハートに訪れた。

「いらっしゃいませ」

 れいは、挨拶した。

 しかし、店員の方から客のプライベートを聞いてはならない。

 隼人は「原口さん 来てる? よろしく言っといてください。

 俺、契約満了で福本通運を辞めちゃったけどね」

 隼人は投げやりな調子で言った。要するに派遣切りということか。

「はい、そう伝えておきます」とれいが返事をするや否や

「さあ、新規事業に突入だ」と隼人は目を輝かせた。

 隼人は、急に目を輝かせた。

 なあに、自営業でも始めるっていうのかな?

 まあ、若いから取り返しもつくだろう。

 れいは、隼人の成功を陰ながら祈った。


 この頃、喫茶店が閉店しているが、喫煙する人が大幅に減少し、未成年入店可能の店では、喫煙できないから当然のことであろう。

 れいが子供の頃から存在していた、三十年来の喫茶店が次々と閉店している。

 ふと、オレンジの看板が目についた

「未来喫茶 for4次元」と書かれ、花輪が三個ほど置かれている。

 れいは、好奇心半分から入店してみた。

 十八歳から五十歳までの、年齢はバラバラの男女が、白い衣装を着たまま出迎えてくれた。

「いらっしゃいませ。未来の夢を語りましょう」

 そう言って、れいの隣に座ったのは三十歳前後の男性である。

 な、なんだ。ここはホストクラブならぬホスト喫茶か?

 それにしては、女性客が百万円負担のシャンパンタワーも置かれていないし、アルコール類は一切置いていない。

 わかった。新手のキャッチセールスだな。

 街頭でアンケートを取り、展示会がありますといって連れていかれ、頼みもしないのに、勝手に毛皮のコートを肩に羽織り、百万円のコートを購入するように執拗にねだるのだが、商品も置いていない。

 なんだこりゃと怪訝そうな顔をしたれいの前に、なんと隼人が現れた。

「こんにちは。このカフェはね、未来の夢についてお話する四次元空間です。人間は誰でも、現実に悩みがありますね」

 れいはすかさず答えた。

「赤ん坊以外、悩みのない人間なんていやしないわ」

 隼人は目を輝かせて語った。

「この三次元である現実を、四次元の夢を具体化したビジョンを語ることで、現実のみを解消していくのです」

 れいは一瞬ひるんだ。

「なあにそれ、占いか新興宗教の類?」

「違いますよ。純粋に未来について語ろうというだけですよ。

 人間、現在や過去のことをいくら愚痴っても仕方がない。それより、未来や夢を語ることで、生きる希望を見出そうとするのです」

「なるほど。いのちの電話のカフェ編ね」

「まあ、そうですね。ここでは、お客さんのことを、未来さんと呼ぶのですよ」

 面白いアイディアだとは思う。

 別次元空間を味わうという意味では、酒やギャンブルよりは健全である。

 れいは思わず夢を語った。

「実は私の夢はね、作詞家になることなの」

 れいは、思わず夢を語った。

「へえ、大きな夢ですね。でも夢は大きければ大きいほどいいですよ。だって、かなう夢はその十分の一でしかないですからね。

 ところで、どういった歌詞を書いてらっしゃるのですか?」

「まあ、淡い恋とか、応援ソングですね」

「もっと、具体的にターゲットを絞った方がいいですよ。たとえば十代向けのポップス調子なのか、ユニット向けのオクターブのせまい曲なのかという風に。

 ドラマや映画のようなフィクションのように具体的をもたせ、キャストのセリフ、衣装ひとつにしても、こだわりをもたせることですね。

 もっと詳しく、細かく考え方がいいですよ」

 なるほどな。隼人の話は説得力がある。

「ねえ、隼人君、そのことをどこで勉強したの?」

「実は、キリスト関係の本を読んで研究したんですよ」

 そういえば、隼人の首には、大きなクロスのネックレスが光っている。


 れいは宗教には関心が無かったが、キリスト教は信用できそうな気がした。

 れいの地元にも、キリスト教会は存在している。

 れいが永遠だと思っていた都市銀行も料亭も、英語専門学校も姿を消したが、なぜか教会だけはれいが生まれたときから存在している。

 神の働きだろうか、不思議としか言いようがない。


「いらっしゃいませ。あっ原口さん」

 なんと原口と、連れのグレーのスーツを着た温厚そうな雰囲気の四十歳過ぎの男性が来店した。

「やあ、隼人、張り切ってるな。あっ素藤さんもいる」

 隼人はその男性の方を見て言った。

「初めまして。ねえ、原口さん、この人ってまさか野村さんじゃないよね。でも似ているね」

 男性は口を開いた。

「実は僕は野村です。そう申しにくいことを言いますが、元山川連合の組長代行の野村です」

 隼人は、あんぐりと口を開け、まじまじと男性の顔と手を見た。

「私は、正真正銘の野村です。指詰めした薬指の方はね、義指をつけたんですよ」

 要するに、野村は元有名な反社会勢力のナンバー2だったわけだ。

 反社の世界も過酷なものであり、インテリヤクザという名の通り、最近は法律に長けたインテリが出世し、元暴走族など学のないヤンキーは、麻薬などに利用され、刑務所から出所したとたんに破門だという。

 野村は隼人に言った。

「いやあ、隼人君だっけ。私も原口さんも、一時はその筋の人間だったがね、こうして生まれ変わり、新しく人生をやり直すことができたんだよ」

 隼人は、信じられないといった表情でまじまじと二人を見つめた。

 

 

 

 

 


 

 

 

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