第15話 れいはお笑いの才能あり?

 少なくともれいの周りには、この不況でニコニコ顔の人なんかいやしない。

 高校を卒業した時点で、フリーターなんてことも珍しくない時代である。

 れい自身、将来が不安である。

 この頃は、二十代の若い男子が昼間からスイートハートで長居している。

 無職で、ネットカフェ代わりに時間を潰しているのだろうか?

 これがまだ定年後のおじさんならわからなくもないが、若者がこういうことでは、日本の将来は思いやられる。

 不況と治安の悪さは、常に比例している。

 しかし怖いとか不安とかいってても、何も生み出せやしない。


「れいさん、この前は楽しかったよ」

 原口は、れいを指名した。

 指名といっても、水商売のように客から生じた売上の半分が給料になるわけでもなく、指名料は一回につき百円である。

 しかし水商売のように、売掛金未収ー要するに客のツケを踏み倒され、自腹を切るということは一切ない。

 あくまで主力はスイートハートの食べ物であり、指名というのはプラスαである客に対するサービスでしかない。

 スイートハートは夢や気分転換ばかりでなく、客とのわかちあいを売る店であり、従業員はアイドルと同じであり、どんな辛いときでも、客第一で演技をしなければならない。

 れいもそのことを心得ている。


「原口さん、ご指名有難うございました」

「れいさん、テレビに出る気ない? ローカル番組だけど、視聴者参加番組で面白い人を募集してるんだ」

「そうね。一度テレビに出てみたいわ。スイートハートを宣伝しちゃおうかな」

「お笑い番組なんだけどね。ゲストがなんと岸慎吾だぜ。俺、れいさんを推薦しておいたんだ」

「えっ、それは嬉しいな。でも私でいいの?」

「芸人さんとのトーク番組だけどね、れいさんて、結構誰とでも会話できるスキルをもってるじゃない。物おじしないコミュニケーションスキルを活かしてみたらと思って、番組スタッフがスイートハートを訪れるかもね」

 れいはラッキーと思った。

 まるで、眼前に光のドアが開かれたようだった。

 岸慎吾と絡めるなんて、夢がかなうときが訪れた。


 翌日れいはウキウキ気分で、スイートハートのホールに出た。

 黒いサングラスに、デニムパンツ、黒いTシャツ姿の細身の男がれいに声をかけてきた。

「素藤れいさんですね。私は毎朝放送のスタッフで立花と申します。若手お笑いタレントトーク番組ですが、ノンスタ―ってご存じですか」

「ああ、去年M1グランプリで優勝した漫才師ですね」

「ノンスタ―は、二人共関西出身ですが、れいさんは大阪弁とか得意ですか?」

 得意もなにも、れいは母親が大阪出身だから、家では大阪弁で話すのである。

「はい、うち、大阪弁の方が落ち着くねん」

 れいは、大阪のイントネーションで答えた。

「素藤さんは、即答性がありそうですね。テレビではこれは、すごく重要なことです。何を言われてもひるんだり、えーとかうーんとかの返事に詰まったりせず、臨機応変に面白いことが言える、れいさんには、その才能がありそうです。

 そこで、私が今から提示するものを、れいさんが皆に伝わるように、説明して下さい」

 そういって立花はノンスタ―の写真を、れいの前に差し出した。れいはすかさず

「このノンスタ―の二人はM1グランプリで優勝しましたが、二人共苦節十年で借金を抱え、フリートークが苦手だそうです」

 立花は満足気にうなずいた。

「うんうん、その調子。本番もその調子で頼みますよ」

 立花は、ハンディカメラでれいを撮影し、会議にかけた後連絡すると言った。


 今日のれいは、一生に一度の晴れ舞台だ。

 少々濃いめの口紅をつけ、大きな花柄のドレスを身にまとっている。

 まるで、アイドルになったみたいである。

 今日の午後から、いよいよノンスタ―の番組に出演するのである。

 ゲストはもちろん、今をときめく岸慎吾。

 慎吾を笑わせることができたら、爆笑してくれたらどんなに嬉しいか。

 立花を始めとする毎朝放送のスタッフと、駅前で待ち合わせている。

 三十分も経過しても、誰もこない。

 ひょっとしてだまされているのだろうか?

 スカウトはスカウトでも、AVのスカウトだったりしてね。

 しかし、この番組は毎週二万件もアクセスのある人気番組であるということは、私は二万人に一人の選ばれた人なのかな?

 まーさか、平凡でこれといった取り柄のない私がそんなはずないよね。

 応募してくる人のなかには、正式にお笑い学校の卒業生も数多く占めるといが、お笑い学校というのは、学歴、資格、年齢は一切不問であるが、入学者千人に対しデビューできるのは学年に一組であり、二組もあればいい方だという。

 まさに「狭き門から入れ。滅びに至る門は広く大きいであろう」(聖書)

 授業料は、年間で百万円近くかかり、あとイベントごとに費用が必要である。

 しかし、たとえ一日も出席しなくても、一円も返金してもらえないらしい。

 一度手にした金はもう二度と返却しないという、がめつささえ感じさせる。

 しかし、それを承知の上で我こそはコメディアンになれるかもしれないという、希望を胸に年間千人もの若者から還暦を過ぎた年配者まで入学してくる。

 人の夢を金で買っているのだろうが、れいには百万円などという金はない。


 立花とスタッフ三人が、待ち合わせ場所に現れた。

「説明上手な女のれいです。よろしく頼んまっせ」

 れいは、笑いをとったのに満足した。

「ノンストップは、収録がまだで、三十分遅れるそうです」

 ノンストップはスターの階段上昇中である。

 近くのソバ屋で、打ち合わせも兼ねて、食事を済ませようということになった。

「素藤さんは今、近所のコンビニにいます。なんとノンストップから、電話がかかってきました。おばちゃん風でお願いします」

「わあ、あんたノンストライクとちゃんかった。ノンストップ? 信じられへん」

「そうそう、その調子」

「ノンストップの亮です。素藤さんって結婚してらっしゃるの?」

「ううん、独身やで。でも女優の松たか〇に似てるって言われるねん」

「松たか〇似だったら、どうして結婚しないの?」

「ただ私好みの人がいてなかっただけやん」

「なーるほど、相方に変わります」

「ノンストップ敦です。僕じゃダメですか。なーんちゃって」

「えっ、今からアジトに行ってから決めるわ」

「お待ちしています。でも松たか〇に似てなかったら、責任とってもらうよなーんて、これは脅し」

 れいは、さっそくスタッフと車でアジトと呼ばれる撮影所に向かった。

 小太りの五十歳過ぎの中年男が、満面の笑みを浮かべ挨拶してきた。

「私が番組ディレクターです。ノンストップの二人ですが、あいつら、いろいろと突っ込んでくると思いますが、ひるまずに『あんたら、何言うてんの。このおばちゃんが、あんたらに教えたがるがな』といった感じでお願いします。

 それとテレビでは即答性が大切。えーとかあーとかと詰まったりせず、即、答えて下さいね」

 もっと神経質な強面だと思っていたが、笑顔が優しそうな人だ。

 だから、お笑い番組に採用されたのかな。


 本番いきますの合図で、れいはノンストップの前に登場することになった。

 頼みましたよというスタッフの声が、少々悲壮感を感じさせる。

「こんにちは」

 ノンストップの二人は、少々緊張気味にれいを見て、挨拶してきた。

 ツッコミ専門の敦が、れいのために椅子を用意してくれた。

「松たか〇には、似てないわ。申し訳ないけど」

 ここでひるんでいてはならない。ディレクターの言う通り突っ込まなければ。

「えっ、でも目のあたりが似てるって言われるんですよ」

 ボケ専門の亮が話題を変えた。

「あのう、説明がすごくうまい女ということですが、まずスタッフからの話を説明していただきましょう。うさぎの目はなぜ赤いのか」

 えっ、これ何も聞いていない。もちろん台本などある筈もない。

 れいは即答した。

「うさぎと亀の競争って知ってますね。うさぎの方が足が速いのに、さぼってから亀に競争で負けたという話ですがね。

 うさぎは、なぜさぼるようになったのか。それは亀がうさぎに

『もしもし亀よ。亀さんよ。世界のうちでお前ほど歩みののろい者はない』とバカにされたので、その腹いせにウサギ専用の目薬の中に、すっぽん汁を入れたおいたのです。うさぎはそのことに気付かず、そのすっぽん汁入り目薬を目に差し、それが原因で目が真っ赤に充血してしまったのです。それに加えて、亀に負けた悔しさで、泣き晴らし、それ以来目が赤くなったまま、元に戻らないんです」

 れいは、とっさにフィクションの作り話を口にした。

 ツッコミ専門の敦が、驚嘆したように言った。

「たしかにうまいなあ」

 ボケ専門の亮が、あいづちを打った。

「そういえば、そういう話があっても不思議がないような気がするなあ」

 売出し中若手タレントに褒めてもらい、れいは満足気だった。



 

 

 

 

 

 

 

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