第11話 人生いつでもやり直せる

 早川はあいづちを打った。

「ああ、知ってる。ミッションバラバといって、元アウトローの宣教集団だろう。現在は牧師や伝道師、会社社長になっているらしいな」

 れいは、急に元気づいた。

「そうよ。現在は、子供の非行に悩む親の相談に乗ったり、更生に導いたりしているわ」

 早川は、感心したかのように言った。

「なるほど、この頃はアウトローも稼げないから、未成年を麻薬などで縛りつけるケースが多い。だから、自分の過去の体験を活かしてるんだな」

「そうよ。でも、逆にアウトロー時代に培ったことを活かしている場合もあるわ。例えば口が堅い、礼儀正しさ、人の奥さんとは二人きりでは会わないし、車の助手席にも乗せない、親分の命令はなにをさておき、絶対守るとかね」

 早川は吹き出した。

「まあ、アウトローといっても人間集団だもの。いいところもあるし、秩序も存在している。それを青少年問題という難しいことに生かしてるんだな」

 れいは、急に元気づいた。

「そうだよ。人間、絶望してはダメよ。誰にでも未来の扉は開かれているんだから」

「まあ、前科者とか元アウトローとかが、全員更生して、青少年を導いていけたらいいんだけどな」

「まあ、そうなったら世の中全員ハッピーになるわね」

 れいも早川も、口には出さないが、これは理想論であることは、お互いわかっている。

「こういうことは、人間の力では無理だけど、神の力を借りれば可能かもよ。聖書の言葉に『すべてのことはイエスキリストに働いて益となる』」

 早川は、真剣に聞き入っていた。

「話は変わるけど、私からのお願い、隼人君のこと黙っていてあげてほしいの」

「わかった。その方があいつの将来のためだものな」

「しかし、隼人君も更生してくれたらな。今のドライバーの仕事が成功したらいいのにね」

「俺、あいつとは幼馴染だがな、生来は生真面目な奴なんだ。それが裏目に出て、人に嫌がらせをしたりして、心の傷を解消しているんだ」

「そんなことをしたら、心の傷がますます広がっていく一方なのにね」

「そうかもしれないな。罪責感に悩まされたあげく、麻薬に手を出すケースも少なくない」

「いや、そうとも限らないわ。だって刑務所に服役中の受刑者は99.999%までは、自分が悪いとは思ってないものね。悪いのは、自分以外の社会だと思い込んでいるんだって」

 ふと、れいは思いついた。

「ねえ、お人よしのようだけど、私たち一応サービス業じゃない。だから、人に役立つことをしたいのよ。例えば隼人君の更生のお手伝いをするとか」

「まあ、俺もあいつには同情していた。あいつがまかり間違ってアウトロー組織でも入って、麻薬をばらまいたら大変なことだしな。もし、俺があいつと同じ環境に置かれればどうなることか、もしかして知恵を働かせ、あいつ以上の頭脳犯罪をしでかしてるのではないかなどと、想像したこともあるよ」

「そうよ。犯罪者なんて誰でもなりたくてなる人はいないわ。しかし、周りと合わないなんてボタンの掛け違いでどんどん広がっていくものよ」

「じゃあ、俺たち二人は、隼人の保護者がわりということか」

 れいは、自分でも突拍子もないことを考え付いたと思う。

 隼人が根っからの悪人とは、どうしても思えないのだ。

 早川は、少々うんざりしたような口調で言った。

「俺さあ、れいさんの考えは素晴らしいと思うよ。しかし現実はれいさんの思ってるような甘いものじゃないんだ。だって、日本って国は更生施設が少ないだろう。

 アメリカだったら、そうでもないんだけどね。だから、日本の再犯率は六割を超えるよ」

「でも隼人君は、いわゆるそういった施設に入院してたわけではなかったでしょう」

「そりゃあそうだが」

「だったら、まだ見込みがあるわ。だって少年鑑別所の場合だと、鑑別所仲間ができただの、はくがついたということで、そこで知り合った人同志さらに悪いことをして、少年院に入院する場合が多いもの」

「実際、宇梶剛〇は、元暴走族で鑑別所から少年院出だというわ。

 原因は、ケンカが原因ね。宇梶は、高校野球の名門校の野球部に入部していたが、暴力が原因で野球部は試合にでられなくなり、先輩も就職の内定が取り消されたりしたんだって。本人はそれが原因でぐれて、暴走族に入ったりしたんだって」

 早川は納得したように聞いていた。

「スポーツ部にありがちの連帯責任ってわけか。まあ、いつの世にも暴力は破滅を招くがね。厚生省の体罰条令では、親が子供のお尻を叩いただけで当てはまるんだって。元市長の橋〇氏は、すべてあてはまると言っていたよ」

「最悪なのは、刃物ね。まだ、手の平の痛さを感じるだけ温かみがあったりしてね」

 れいと早川は、いつしか頷き合っていた。


「あっ、話は変わるけど、来月岸 慎吾のコンサートがあるそうね。初の一人芝居らしいわ」

「チケットが残ってると思ってるの? とっくに売り切れよ。ファンクラブに入会していなければチケットなんて手に入らないよ」

 れいは、今さらながらに慎吾の人気に驚いた。

 岸 慎吾は二十二歳くらいである。ということは、アイドルの分岐点でもある。

 浪速ボーイのリーダーではあるが、次から次へと十代のアイドルがデビューしてくる。あと五年後、岸 慎吾は、ベテランとして生き残れるのだろうか。

 ガラスのかけらが一瞬反射したかのような華やかさや、一時的なきらめきに憧れる若者は後を絶たない。


 ふと、早川が昔を懐かしむように言った。

「れいさん、慎吾兄さんって結構、苦労人なんだぜ」

 えっ、信じられない。浪花ボーイ唯一の優等生の慎吾が、歌もドラマも達者にこなす慎吾が、苦労人だなんて。

「慎吾兄ちゃんって、本当は漫才師になりたかったんだって。しかし、相方を約束していた親友が、自殺を図って断念したんだ」

「どうしてまた自殺なんてしたの?」

「その子の親が、いわゆるてんかんの病気だったんだけどね。ベテラン漫才師がそれをネタに笑い者にしていたんだ。それに悲観して、社会的弱者を標的にするような漫才に絶望したんじゃないかな。まあ、のちのその漫才師は、そういった団体から訴えられたらしいがね」

「つらい話ね。でも障碍者でも病気もちでも、そこから生じる孤独と絶望から、自殺を図るらしいわ。実際、画家とか落語家とか社会で活躍している人は、存在するものね」

「ところで、その自殺した親友の姉がジャパニーズ事務所に、慎吾兄さん履歴書を送り、採用になったけど、それから十年間苦労して、ようやく浪花ボーイのユニットが組めたんだぜ」

 瓢箪から駒とはまさにこのことだ。

 漫才師という最初の夢は破れたが、アイドルという新しい夢をつくってくれる人が存在していたのだから、慎吾は強運といえるだろう。

 

 スイートハート開店一周年記念であるせいか、求人が多い。

 やはり派遣切りなどで行き場のない若者が、増えてきているのだろうか。

 チェーン店を増やそうとするポジティブな働きもある。


「さあ、朝礼を始めます。今日は、本社から新しい提案がありました。学童保育らしきものをつくろうとする試みです。しかし、どのようにしたらいいのか、手探り状態です。そこで、君らの意見を聞きたいので、君らの理想を正直に書いて下さい。

 渡されたプリントには「コミュニケーション能力と基礎学力をまなぼう」と明記されているが、それに対する意見を書いてほしい」

 なるほど、いい着眼点だな。

 真の目的は、いわゆる就職の決まらない大学生を講師にするのが目的である。

 学園ドラマじゃないけれど、これからの将来を担う子供を放ったらかしにしておくわけにはいかないのだ。


 れいは、進化論反対という意見を書いた。

 進化論というのは、社会の教科書に出てくるアメーバから魚に進化し、両生類、ようやく陸の四つ足動物から、二足の猿、そして人間へと進化していったなどというダーウィンのでたらめ話である。

 最後に、ダーウィンは進化論の正反対の退化論を述べたが、どちらも頭でっかちの小学生のような、現実を伴わない理論だけの世界であると述べ、自殺をはかった。

 現在は、科学者も進化論を支持ている人は減少しているという。


 進化論的考えは、日本人に多くの悪影響をもたらした。

 適者敵存、突然変異、弱肉強食・・・そういた考えがいじめやリストラを産出してきたといっても過言ではない。


 しかし、この世は本当に弱肉強食なのだろうか?

 それだったら、きりんや像が存在するのは不可能である。

 きりんは首が長いから、すぐに敵に見つかってしまうし、象は鼻が長く、歩くのが遅いからすぐ敵に追いつかれてしまう。


 ペンは剣より強しというし、才に頼む者は才に溺れるともいう。

 有名人ほど、マスコミの標的にされ、一度ブラックイメージがつくともう這いあがれないし、金持ちは新手の詐欺に狙われて大金を不意にし、非正規労働者がなんと売春に走る時代である。何が強いのかわからない。

 やはり真の神に頼り、時代に合わせる人が長生きするのだろう。


 れいは提案した。

 小学生に、男子も含めてありあわせの材料で料理をつくることを提案したらどうだろうか。現在は、いろんなソースがあるので、味付けはそう難しくない筈である。

 包丁の使い方も教え、千切りや桂むきもマスターさせることは、将来に役立つはずである。

 れいは、さっそく提案書に明記して店長に提出した。




 

 

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