第9話 麻薬の冤罪は誰にでも有りうる

「ある少女から、あんたが大麻に関わっている聞いた。任意同行してもらう」

 男は、びっくりしてきょとんした顔をした。

「一応、警察で話を聞くだけだ」

 そのとき、娘の麻衣が口を開いた。

「わかった。その少女というのは、十六歳くらいの金髪の女の子でしょ。

 おととい、車道でマネキン人形みたいに手足をばたばたしていた」

 警官は、意外そうに言った。

「どうして知ってるんだ」

 麻衣は、一生懸命に話し出した。

「私、ちょうどその前に金髪のお姉ちゃんが、男と話してるのを聞いて、ボイスレコーダーに録音してたの。なんなら聞いてみる?」

 麻衣は、レコーダーをカバンから取り出しスイッチを押した。

 男と少女の話声が聞こえる。

「お前は、ドラッグなしでは生きられない身体なんだ。わかるな。

 しかし、警察に捕まったときはこう言うんだ。

『スイートハートに通っている福本通運の原口 正という男から、もらったと言うんだ。わかったな。復唱してみろ』」

 少女は、意志をもたないあやつり人形のような口調で言った。

「私は、スイートハートに通っている福本通運の原口 正から、大麻をもらいました」

 男は満足気に言った。

「そうだ。これでいいんだ。そいつは長距離ドライバーという過酷な仕事だから、麻薬に手を出しても不思議はないし、警察も信用するに違いない」

 亜子はもう、人間以下の麻薬関係者に仕える奴隷のような口調である。

「ねえ、今度はいつ、大麻くれるの? もう自宅で栽培しちゃおうかな」

「亜子ちゃん、あんたは、もう大麻なしでは生きられない、元の世界には戻れないんだよ。でも自宅で栽培はダメだよ。その代わり、俺たちのいいなりになってれば、いくらでも大麻をあげちゃうからね。あんたは大麻いい子でいるんだよ」 

 そこで、レコーダーの録音は終わっている。

 警官は、レコーダーを握りしめ、嬉しそうに言った。

「なかなか、手柄になりそうだぞ」

 もう一人の警官が、運送会社の男に尋ねた。

「原口 正さんでしたね。できたら、身分証明書を提示願います」

 原口は社員証を提示した。

「原口 麻衣ちゃんだったね。このレコーダー、警察に持っていきたいんだけど、いいかな?」

 原口は警官に言った。

「それだったら、私と麻衣の前で、このレコーダーの内容をコピー録音して下さい。

 その条件ならば、警察に任意同行します。ついでに麻衣ちゃん、警察は亜子という少女を補導したので、そのレコーダーの本人かどうか、麻衣ちゃんに確かめにいってほしんだけどいいかな?」

「はい、わかりました」

 警官二人と、原口親子は警察へと向かって行った。

 

 れいは、麻薬の恐ろしさを目の当たりに見たような気がした。

 そういえば昔、れいが高校のとき、外国製の睡眠薬を服用していた友人がいた。

 友人から紹介され、別のクラスだったがその子ー朋美の誘いで、買い物につきあったり、一緒に映画を見にいったりもした。

 朋美と朋美のクラスメートと三人で会うことになった。

 私と朋美のクラスメートとは、お互い初対面で名前も知らない間柄であったが、なぜかれいに、朋美の悪口を言い始めるのだった。

「ねえ、聞いてよ。朋美ってわがままで超自己中心、自分にとって機嫌のいいときや、都合のいいときは、遊びに行こうなどと誘ってくる癖に、こっちが話しかけても知らん顔。トイレについて来てなどとうるさいしね」

 それを、朋美本人を目の前にして長々と、愚痴り始めるのだった。

 女性が、初対面の人に愚痴をこぼすのは、余程ショックを受けたとき、誰かに自分の心の傷を聞いてもらうことで、絶望から発散しようとする。

 初対面の私に、愚痴を話すなんて、よほど朋美を持て余しているのだろう。

 そんな会話が十分ほど続き、三人は帰途についた。


 その翌日、れいは朋美に呼び出された。

 昨日会った朋美のクラスメートが、れいに激怒しているというのだ。

 もう顔も見たくないって言ってたよという。

 本当かな。朋美に疑問を抱きながらも、れいは朋美の明るさに魅かれて付き合っていた。

 やはり、朋美はクラスメートが言うように、自己中心だった。

 朋美の誘われるまま、映画やディスコにも行ったが、食べ方が気に入らないといって怒って途中で帰ったりする。まさに自己中心そのものである。

 だいたい、身近でない人を遊びに誘うような人は、浪費家で身近な人からよく思われていない人が多いというが、朋美も例外ではないのだろう。

 それとも彼女はやはり、外国製の睡眠薬で心身ともにやられているのかもしれない。れいは、朋美との付き合いは、ほどほどにすべきと痛感した。


 麻薬というと、戦争中に流行ったものだ。

 ジャズの発祥地ニューコリンズは、麻薬と売春の街だという。

 人はどうしようもない、恐怖にも似たストレスを抱えたとき、麻薬に走るという。

 日本は諸外国に比べ、恵まれた国である。実際、れいの友人の在日韓国人ー現在は日本に帰化したがー曰く「日本に生まれただけでも、相当ラッキーですよ」

 しかし、日本は若者の自殺率も多い。義務教育を受け、勤勉で義理堅い日本の若者が自殺するとは、もったいない限りである。


 就職氷河期が原因の一つだろうか。

 学歴だけがすべてでないということは、誰しもわかっている。

 しかし、小学生の頃から優等生で、塾や家庭教師までつけ、親に金銭的負担をかけてまで、偏差値競争に励んできた大学生が、企業を何社も落ち、内定も取り消され、将来の希望もない状態に置かれている。

 そんな人がふと、別世界に浸りたくなる気持ちもわからないではない。

 しかし、麻薬止めますか、人間辞めますかとはよく言ったもので、麻薬をするともう一般社会から相手にされなくなる。

 しかし、がり勉さんはちやほやされて育ってきたので、その恐ろしさを何もわかっていないのだろう。

 れいは、麻薬の恐ろしさを伝える必要があると思った。


「やあ、れいさんっていうの? また指名しちゃっていいかな?」

 いつも指名してくれる上客、福原通運のおじさんだ。

「この前は、大変でしたね。あんなところで会おうとは、偶然通り越して、運命の出会いなのかな?」

 れいは思わずうなづいた。

「これは僕の考え方だが、世の中は偶然の積み重ねではなくて、必然だと思っている。そうしないと、不幸な出来事に遭遇した場合、悲観しちゃうでしょう。

 これも、自分の人生を高めてくれ、そこから何かを得られ必然だと思ってるんだ」

 れいは話を戻した。

「この前の子、麻衣ちゃんっていうんですか? 可愛いお嬢さんですね」

 男は溜息をついた。

「実はあの子は僕の実の娘じゃないんだ。妻の連れ子なんだよ」

 目の前にいる温厚そうな男ー原口 正は子連れ再婚したというわけか。

「でも、家庭って難しいね。他人だったらなんとも思わないことでも、夫婦となるとうまくいかないこともある」

 れいは、それが何を意味するかわからなかった。

 浮気? 経済的なこと? れいには想像もつかなかった。

「僕は、このスイートハートにいるときだけが、唯一の心休まる時間だよ」

 そう言われると、れいは自分が救いの天使のように思えた。

「有難うございます。また起こし下さいませ」

 れいは、店長の言った「このスイートハートは日常とは離れた、別世界を供給する空間であり、帰るときはもう一度この空間に来たい」というフレーズが実感として胸にしみた。

 こういった場所は、生きてく上で必要不可欠である。

 スイートハートのような別世界に身を置くことで、自分に自信が得られ、ねたみそねみも解消することもあり得る。

 そうすれば、未来を悲観することもなく、新たな方向性を見出せるかもしれない。


「れいさん、原口さんのお気に入りだね」

 


 


 


 

 

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