第8話 れいと犯罪者一歩手前の隼人のストーリー

 夕方八時、店を出るとネオンがまぶしい。

 肌寒いけど、ネオンの光が心を温かくしてくれる。

 れいはふと、早川を軟禁した少年ー隼人のことを思い浮かべていた。

 きっと、隼人は疎外されたりつらい環境のなかで、生きてきたんだろうな。

 でも、いい人が好かれ、悪党が嫌われ疎外されるなんてことは、現実にはそうないのだ。

 いい人であっても、まわりと合わない人や、不都合な人は疎外されるし、また子供のような純真さ故に、悪党に騙されたり、言いなりになって奴隷の如く扱われている人もいる。

 しかし、その体験を活かして、教師をしている人もいる。

 れいは、少なくとも隼人が、犯罪者になったりしないことを祈るだけだった。


 人生は一寸先は闇というが、麻薬がそれにあたるだろう。

 れいは、二十代のとき過去三回、麻薬中毒にであったことがある。

 電車のなかで、赤いリュックサックを背負ってグルグルと一周し、れいと目と目があうと「婆あ、ぶっ殺したろうか」と叫んで去って行った二十五歳くらいの女性。

 なんでも、女性の場合、麻薬中毒は即、実刑らしい。

 なかには、卑猥なことを口走っている人もいるが、たぶん風俗嬢だろう。

 

 道の際を歩いていると、れいにぶつかってくるバイクがいた。

 ひったくりだなと思い、れいは身をかわした。

 すると、隼人がバイク少年にタックルした。

 バイク少年は降りて、隼人にすごんだ。

「隼人じゃないか。ついこの間まで俺のパシリだったくせに、なにをいい子ぶってるんだ。柄にもなく優等生にでもなる気なのか? 手遅れなんだよ」

「そんなことない、人生、やり直そうと思えば、いつでもやり直せるんだ」

「お前、なにをクリスチャンみたいなこと言ってるんだ。そこのけよ」

「いや、もう俺はあんたにこれ以上、罪を犯させたくないんだ」

 ひったくり少年は、あきらめ顔で言った。

「あのな、一度汚れた布は、もう元には戻らないんだ。どこまでも、堕ちていくしかないんだよ」

 そう言い終わらないうちに、ひったくり少年が、隼人の顎を殴ったのだ。

 なんと隼人はぐったりしたまま、無抵抗だった。

「もう一発殴れ」

 隼人は信じられない言葉を吐いた。

 ひったくり少年は、無言のまま去って行った。


 れいは隼人に駆け寄り、礼を言った。

「ありがとう。隼人君だったっけ。助かったわ」

 隼人は、軽く頭を下げた。

「俺、あと二年で二十歳だろう。少年刑務所行くの、まっぴらだものな」

「あなた、兄弟はいるの?」

「早川から聞いてるかな? 俺の親父は妹に痴漢しようとした男を、キックして相手は死んでしまった。その治療費を払うため、サラ金に手を出して取り立てに追われて自殺したんだ」

「悪いこと聞いちゃったわね。ところで、妹さんは元気ですか?」

「今、妹は家を出てしばらく連絡もないし、どこにいてなにをしているのかもわからないよ」

「女の子のことだし、変な道に入らなきゃいいのにね」

 そのときだ。道路の上に手足をばたばたさせている人形のようなロボットがいる。

 まさか、道路の上にロボットがいるわけもないし、れいと隼人は近づいてみた。

 なんと、十七歳くらいの女の子である。濃い化粧をして、意味不明のことをわめいている。隼人が思わず、叫んだ。

「あっ、彩名、お前どうしてこんなところに」

 れいはこの異常事態に、思わず叫んだ。

「とにかく、警察に通報した方がいいわよ。放っとくと死んじゃうよ」

 ちょうどそのとき、パトロールの警官が通りかかった。

「君たち、この子の知り合い?」

「はい、この子は僕の妹です。伊原 彩名といいます。僕は兄の伊原 隼人です」

 警官は、救急車を呼んだ。

「伊原君だったね。一応、参考人として警察に来てもらうけどいいかな?」

 隼人は、警官に連行された。


 れいは、電車で通勤しているが、いつも帰りはラッシュアワーにある。

 さすがに最近は、痴漢にあうこともない。

 痴漢冤罪を防ぐために、サラリーマンは吊革につかまり、足元はぴったり閉じている。若者は皆、スマホに釘付けになっている。

 れいは、二昔、小学生高学年の少女が、地下鉄のなかでなんと汁入りのカップラーメンを食べているのをみて仰天した。

 もし、ラーメン汁がこぼれたら、どう対処するか考えたことがあるのだろうか。

 まだ、焼きそばだったら手で拾って対処できるが、ラーメン汁が車内にこぼれることを頭に入れているのだろうか。

 それとも、家ではご飯を食べさせてもらってないのだろうか。


 ふと、れいは我にかえった。

 車内の吊り広告では、派手な週刊誌の見出しが目立つ。

「人気俳優Yと先日フライデーされたばかりのスポーツ選手Oが大麻疑惑」

 えっ、Yというと岸慎吾とゴールデンドラマに共演していた、イケ面俳優である。

 なかなかの演技派であり、歌手として紅白にも出場したことがあり、岸慎吾とは、食事にいったりする仲だという。

ということは、慎吾にまで大麻の魔の手が及んできているのだろうか!


 ベテランならともかくも、若手タレントは大麻の疑惑をかけられただけで、もう芸能界復帰は難しいだろう。

 さわやかさを売り物にし、ライバルがひしめくアイドル的役割の若手俳優にとっては、命取りである。

 そうだ。来月は慎吾のコンサートである。

 なんと、初めての一人芝居であるけど、チケット手に入るかな?

 現在のれいにとって、胸ときめく楽しみといえば、慎吾くらいだった。


 ふと、目の前にポリポリという音がする。スナック菓子を早食いするような音である。紺のカバンをもった、塾帰りの小学生の女の子。

 あっ、この前、地下鉄でカップラーメンを食べていた推定十二歳くらいの女の子である。

 誰かに注意されたのだろうか、さすがに汁ものは食べていない。

 そのときだ、女の子に駆け寄る中年男性がいた。

 なんと、スイートハートでれいを指名してくれた運送会社の男性社員である。


「あっパパ、今までどこへ行ってたの」

 男は、無言のままだ。

「ママも探してたのよ。パパのこと」

 いきなり、男は女の子を抱きしめた。

「久しぶりだな、麻衣。お前たちを捨てたわけじゃないんだ。それで今、ママはどうしてる?」

「ママは、深夜レストランで働いてるよ。それ以外、いつも寝てばかりいるよ」

 男は麻衣と呼ばれた女の子と、並んで車内に座っていた。

 何年かぶりに再会した親子だろう。れいは、温かいものを感じた。

「こんにちは。今度、こいつと一緒にスイートハートにお伺いしますよ」

「もちろん、いつでも大歓迎ですよ。ぜひまた、ご指名お願いします」

 れいは、笑顔で答えた。

 しかし、麻衣ちゃんは、男に全くといっていいほど似ていない。

 女の子は、父親に似るというが、例外なのだろうか?

 それとも、母親の連れ子だったりして。

 れいは、想像をめぐらしたが、れいにとっては別世界でしかなかった。

 ただし、れいがこの男を好きになったりしない限りは・・・


 男と娘の麻衣は、プラットフォームに降りた。

 とその瞬間、男が二人、親子の前に立ちはだかった。


 

 


 

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