第6話 れいの作詞力
「じゃあ、また明日ね」
れいはふと思った。
こうやって夢と笑いを共有でき、今日の続きの明日があるということは、幸せなことかもしれないと。
れいは部屋に着くや否や蛍光灯を点けた。
この瞬間、言いようのない淋しさに襲われるが、このことはれいが家族と一緒に生活していたという温存された過去があってからこそのことである。
早川はどうなんだろう。
いや、私は淋しいなんて気弱なことを考えてる余裕などないのである。
とにかく、岸慎吾のためにいい作詞をしなきゃ。
ふと、郵便受けを見ると、通信制作詞講座のDMが入っていた。
さっそく有名作詞家 秋元〇氏のコメントが目に付いた。
☆プロの作詞家としての心得
その一 現代の時代を閉じ込めたようなものを書け。時代遅れはダメ
その二 詩だけを聞き入っている人は少ない。仕事やドライブなど何かの合間に聞いている人が多いので、インパクトのある言葉がポイント
その三 二時間ドラマか映画が匹敵するくらいの、起承転結のドラマが必要
うん、その通りだ。マスメディアは地味、平凡、時代遅れはダメである。
勉強するために、さっそく報道番組を見よう。
そうだ、慎吾は今日、歌番組に出演するんだ。新曲披露だという。
まるで中学生に戻ったようなときめきが感じられる。
ふと、慎吾のために即効で詩をつくってみた。
「君はカメレオン天使」
ふと手を伸ばすと そこには羽根の生えた妖精が
遠くの蜃気楼の 向こう側
ここまでおいでと 手招きしてる
こんなに僕をビビらせて 天使の顔した君はカメレオン
スターのつもりの僕のプライド
ずたずたに引き裂き それでも気になるカメレオン天使
ああ 僕を魔法のじゅうたんに乗せ
君だけの世界へと連れて行って
君へのときめきは ステージのときめき以上
れいは、この曲がヒットしたら、慎吾とも会えるし、印税も入ってくること間違いなし。れいは、そんなひとりよがりの甘い空想に浸っていた。
突然電話のベルが鳴った。
「素藤れいさんですか? 私は早川の親代わりです。これから、早川君にお仕置きをしたいと思っていますので、ぜひ、見学にきてほしいんです。
そうしないと、これから早川君はどうなるか、私にも想像つかない次第です」
物言いは丁寧だが、なんだか脅しめいた気味の悪さが感じられる。
「実は今、素藤さんの住んでるマンションのちょうど、下の階にいるんですよ」
「あなたは誰? 私を脅してるの?」
「私は早川君の昔からの知り合いです」
「わかった。あなたファーストフードでぶつかったり、バイクでぶつけたりした人でしょう」
「あれっ、僕の存在をご存じなんですか? ちょっとした有名人になっちゃって光栄です」
「ふざけてる場合じゃないわよ。110番するわよ」
「別にしたかったらどうぞ。僕は別に、早川君を監禁しているわけじゃなく、抜け出したかったらいつでも抜け出せる、いわば軟禁状態ですよ」
「ということは、早川君の方から、あなたと接してるってわけなの?」
「まあ、半分はそうですね。今からご一緒しますか? すぐ下の208号室ですよ」
れいは、好奇心と怖いもの見たさに行ってみることにした。
ドアをあけると、なんと早川は縄でぐるぐる巻きにして、机の脚にくくられている最中であり、早川の不安な精神状態が伝わってくるようである。
「早川君、大丈夫?」
れいは、早川に駆け寄ろうとした。
そのとき、通せんぼのポーズをした男がいた。
「初めまして。僕は、早川君の幼馴染です」
早川は、ぐるぐる巻きにされたまま言葉を発した。
「おい、そんなことをして楽しいか? お前が俺をいくら苦しめても、過去は返ってこないんだ。お前、犯罪者に認定されたいのか」
れいは言った。
「あなたの目的はなんなの? 金銭なのかな。でも早川君には残念ながら資産なんてどこを探してもないわよ」
男は、早川と同い年くらいの平凡な容姿の十八歳の未成年者。
しかし、どことなく暗い陰が感じられる。
「僕の目的をお話しましょうか? でもその前に、なぜあなたがここに現れたのかを説明してもらいましょう。あなたは早川とどういった関係なのですか」
「ただの友人よ」
あえてバイト仲間だと言わないことにした。もし言ったら、店に迷惑がかかってしまう。
「ウソだ。単なる友人なら、こんな危険な場所にくるはずもなく、わが身可愛さに逃げ出す筈だ」
「ウソじゃないわ。本当よ。特別な関係など何もない、ただの友人よ」
男は、早川の方を向いて確認した。
「その通り。ただの友人だけどさ、れいさんは神に守られてるから強い部分があるんだ」
思わずれいは聖書の御言葉がでた。
「聖書の御言葉にあるでしょう。
『自己保身ばかり考えてる人は、自分の大切な命をうしない、神のために命をかける人は本当の命を得るであろう』」
男はキョトンとしたような怪訝な表情を浮かべたが、早川はなるほどと納得したような顔をしてれいを見上げた。
れいは、とにかくこの危険な事態を今の段階で食い止めねばならないと知恵を絞った。
「ねえ、あなた、ひょっとして精神異常者? それとも精神障碍者?」
少年は、少し呆れたように答えた。
「違うよ。あっわかった。アスペルガー症候群とでも言いたいんだろう」
「違うの? じゃあ、もうこの段階でいい加減、やめた方があなたの身の為よ」
れいは、少年を説得するように言った。
「実はね、私の部屋には、防犯装置がいっぱいあって、私が部屋から出たときでも、スマホで部屋の中を見ることができるんだけどね。そのスマホ、私の知り合いの刑事の息子がもってるの。だから、今この部屋の様子が丸見えなのよ」
少年は、度肝を抜かれたように聞き入っていた。
「私が合図をすると、この部屋の防犯ベルがけたたましく鳴ることになっているの。
そして私、外出するときは必ず行先を大きな画用紙で書いて、スマホ画面を見ることができるようにしているの。もちろん、この部屋番号も書いてあるわ。
そうしたら、さっき言った刑事の息子がこの部屋に駆け付け、あなたがやらかそうとしていた犯罪まがいもわかってしまうわ。それでもいいの?」
少年は、びびったような顔つきである。まさか自分の犯行が人に知られるとは思っていなかたのだろう。
「さあ、警察沙汰になったら、あなたは拘置所に入れられ、場合によっては傷害罪、監禁罪、私の証言ひとつで婦女暴行罪も成立するのよ。
痴漢の冤罪をかけられ、逮捕されたあげく今まで何十年も務めあげた会社を解雇され、一生を台無しにしたという、サラリーマンの話、聞いたことあるでしょう」
少年は黙ったままだ。
「あなた、拘置所ってただ、拘留されるだけのところだと思ってるでしょう。
世間をなめてはダメよ。私の知り合いで強盗二犯の冤罪をかけられ、拘置所に二週間ん拘留された人がいたわ。拘留されたその日に真犯人が捕まったにもかかわらず、規則だからあと二週間入っとけと強制的に入れられたの。
ごきぶりが出るわ、同質の反社会的に三食の飯を奪われ、生きた心地がしなかったと言ってたわ。風呂は週に一度、しかも十五分だけ。冤罪でもまるで犯罪者扱いよ。全く警察ってところは、普段から人間不信に陥っているから、冤罪でも犯罪者扱いされてしまうのかな?」
少年は、完全に顔をひきつらせ、びびった表情をしている。
れいの淡々とした物言いに、度肝を抜かれたのかもしれない。
「ひょっとして、今の時点で刑事の息子君は、私のスマホでこの部屋番号を見て、ここに来るかもしれないのよ。あなた、逮捕されて一生を台無しにしてもいいの?」
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