前日譚 小春日和前 十八、日常ⅳ/無慙無愧ⅴ/萌え出ずるⅴ

◉日常ⅳ

〈南武方〉

田中次郎兵衛  南武家の先陣馬廻に参加す

        る軍役衆(雑兵)。


巳正みせいの刻 午前十時から午前十一時


◉無慙無愧ⅴ

〈戸田方〉

戸田高雲斎    中堅國人衆。棟梁家の血に

         連なる。


午初うましょの刻 午前十一時から正午


◉萌え出ずるⅴ

????    主人公。今回は出番あります。

        数え年で八歳。棟梁家の庶長

        子(側室から生まれた長男)。

伊兵衛     村の中で主人公が侍身分である

        事を唯一知っている子供。 

        数え十五歳。

        今回の石合戦で副将を務める。

悟助      主人公が参加する村の大将格。

        大柄で乱暴な典型的なガキ大

        将。総身に回りかねる知性。

        対戦相手の与兵衛とは仲が

        悪い。自分より大柄な主人公が

        気に入らない。


与兵衛     相手方の大将。腕力も知恵も悟

        助と良い勝負。筋肉教徒。

太助      御陵保ごりょうのほの大将


巳初みしょの刻  午後一時から午後二時


◉ 粉骨砕身ⅲの概要

 身動きの取れない南武甲斐の南武方本軍に追撃を掛けようとする戸田方先陣だったが、南武刑部大輔に合流した南武先陣残余に奇襲をかけられた。戸田先陣を構成した大久保党の面々は、本隊預かりとなった保坂平左衛門を除いて、一人残らず戦死した。


◉日常ⅲ の概要

 目の前で大久保党の全滅を見て、呆然と立ち尽くす保坂平左衛門。

 その同時刻、大久保党を襲った矢の雨は木花集落へ向けられた。南武刑部大輔は木花集落に向かった味方本隊を襲うであろう敵の先兵を滅ぼすつもりだった。

 しかし、そこにいたのは見境なく濫妨狼藉を働く飢えた百姓の群れだった。

 多くの者が抵抗も出来ず、矢の雨の中で消えていった。


◉萌え出ずるⅳの概要

 主人公の機転で伏兵を返り討ちにし、意気が上がる主人公たち三十一人。

 しかし、実際に敵の保(グループ)と対峙してみると、そこに居たのは二十八人の敵だけではなく、その横の丘の上に敵の援軍として緊急参戦する別保(御料保ごりょうのほ)の子供二十人が待ち構えていた。


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前日譚 小春日和前こはるびよりのまえ 十八、日常ⅳ/無慙無愧ⅴ/萌え出ずるⅴ



庚戌かのえいぬ二年長月十六日 巳正みせいの刻 田中次郎兵衛(南武方先陣)


 鳥が鳴く。

 冷たい風を切って、雄大な青空を泳ぐように鳥が行く。

 地面にへばりついてしか生きていかれない人間を、あわれむように鳥が泣く。


 山の上に居る。

 里山といって良い、大して高くない低山ではあるが、それでも地上よりは空に近い。

 空気は冷たいが、広大な空は慈悲に満ちていた。けがれのない、自由な空だった。


 ぁぁ、あんなに空は美しいのに、

 こんなに空は自由なのに。


 如何どうして、自分たちはこんな穢土ところにいるのだろう。

 如何どうして、自分たちはこんなに不自由なのだろう。



 空から地上に目を下ろす。

 …………そこには地獄がひろがっていた。




 点々と転がる赤黒い異物ナニか

 山の上から眺めるソレは、それが何なのか分からないほど、余りにも遠い。


 だが、ソレは。

 例えばそれは、目玉が飛び出して、からすつつかれるナニか。

 例えばそれは、矢に貫かれ、臓物と血反吐を内面よりあふれさせたナニか。

 例えばそれは、自らが既に失われた事にも気付かずに前へ進もうとしたまま、動かなくなったナニか。

 誰のものかも判らぬ腕や足。もう元が何かも判らぬ肉塊。


 手に取るようにわかる。

 何故ならばソレは、男の日常に余りにもありふれていたから。


 美しい大自然をけがすように、ソレらはった。

 こんな異物モノを軽々しく産み出してしまう人という生物は、自然にとっての異物なのか?

 自分たちは生きていて良いのか?

 分からない。



 でも、きっと明日には忘れてしまう。

 きっと忘れてしまうほど、腹が減る。

 そうすれば明日の自分は、嬉々としてこれを繰り返すだろう。


如何どうして、お侍さまたちは。アシたちにこんなこといるのか…………」


 眼下の地獄から目を逸らしたくて。

 知らずつぶやいたそれは、何の力もなかった。

 




庚戌かのえいぬ二年長月十八日 午初うましょの刻 戸田高雲斎(戸田方本隊)

 

 あれから二日経った。

 誰にもその存在を知られずに、矢を射掛けてきた敵の伏兵は、初戦に破った南武方先陣だったようだ。南武刑部大輔が合流したらしい。


 バキリという音。

 さいが手の内で折れている。



 ……この二日の間、何とか野戦に持ち込もうとした。新倉の上流部から相手の裏手に別動隊を動かそうとしたり、木花集落や周辺の南武方集落を徹底的に濫妨狼藉や焼き働きをしたりもした。

 しかし、南武刑部大輔は牽制程度けんせいていどで大きく兵を動かさず、野戦に持ち込む切っ掛けがつかめない。


 そうこうする内に敵の援軍が新たに現れた。

 旗からすると、武者は七騎程度。総勢五十人弱。

 今は未だ大した数ではないが、数日でどれだけ増えるか分からない。

 領の四方に潜在的な敵を抱える我らとは違い、南武は我らくらいしか敵がいない。最低限の守備兵を残し、領兵のほとんどを動員出来る。

 それどころか、南武刑部大輔と棟梁家の関係からすれば、今この時に我が本領に棟梁家の討伐軍が発向している可能性すらある。



 (至 山地)         (至 寺倉)

 道               道   川

丘丘道丘丘丘丘丘丘丘丘崖崖崖崖丘 道  川川

丘丘道道丘丘丘丘 丘道道道道道道道道  川川

丘丘丘道丘丘丘  道道崖丘丘丘崖 道   川

丘丘丘崖道丘崖 丘丘丘丘崖丘崖  道   川

 崖丘丘道崖崖 崖崖崖崖丘丘崖林林 道  川

崖崖丘(尾根筋)『戸』  丘崖崖林 道  川

丘丘丘丘丘丘崖丘丘丘丘丘丘丘丘丘林『分』 川

丘丘丘丘丘丘崖丘丘崖崖崖丘丘丘林林 道  川

丘丘崖崖崖崖丘丘丘 丘崖丘     道  川

丘丘丘丘崖崖丘丘   丘      道  川

 丘崖崖崖丘      「木花集落」道  川

             (南武方)道  

浅瀬小川小川小川浅瀬小川小川小川小浅瀬小川小

丘丘丘丘丘丘丘丘    「木花集落」道  

丘崖丘丘崖丘丘崖丘崖「神」(南武方)道  

丘丘丘崖丘丘丘崖崖丘丘崖      道  

(尾根筋) 『刑』  道道道道道道道道  川

崖崖崖崖崖丘丘丘崖崖崖崖林林   『援』 川

崖崖崖崖崖崖崖崖崖崖丘丘林 道道道道  川川

丘隘路隘路隘路隘路隘路隘路隘林林川川川川川川

道川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川

道川川丘崖崖崖崖崖崖崖崖崖崖崖崖崖崖崖崖崖崖

道川川崖

道川川丘       

道川川川丘

道草川川川砂     この辺り、山地

道屋草川川川砂

『南』川川川砂

道屋草川川川砂

この辺り、

「渡の郷」


『戸』=戸田方本隊 『分』=戸田方分隊 

『南』=南武方本隊 『援』=南武方援軍

『刑』=南武先陣残余と南武刑部大輔

「神」=神社 屋=家屋(南武方、渡の集落)

隘路あいろ=人一人、馬一頭通れるのがやっとの狭い崖道


「落ち着いてやれ!先ずはふもとの関砦、堀と矢倉からだ!その他の設備は後で良い」


 今、我々は城砦の建設を急いでいる。

 周囲の山々に木を打つ高い音が響いている。

 

 ……否、我々だけではない。

 向山むかいやまの南武方の陣からも同じ音が響いている。

 向かい合った二つの音は調和する訳でもなく、りとて反発する訳でもなく、己が音を誇るように不思議な共鳴をみせている。


 

 ……後、もう一推し、出来ていたら。

 この地を維持するのに不安は無かった。

 あの向山が取れていたら。


 今のままでは良くて五分。

 ……だが、流石にこれ以上の博奕バクチはオレにも打てない。そんなのは自殺行為だ。



 失った者たちの顔を思い出す。

 兵たちの笑顔や大久保六郎兵衛尉の訳知り顔。

 今まで失ってきた多くの者共も。


 済まない。

 御前達を無駄死にさせてしまったかも知れない。


 血の味がする。

 いつの間にか唇を噛み切っていた。



丙寅ひのえとら三年神無月かんなづき十日巳初みしょの刻 伊兵衛


「おい!どうすんだよ!相手はすっかりヤル気だぞ!此方こっちは三十一にしか居ないのに、相手は四十八人も居るんだぞ!しかも此方こっちは伏兵と一戦交えた後だ!」


 悟助が言う。

 声に威勢はいいが、言っている内容から肝を冷やしているのが丸分かりだ。大将がビクビクするなよ。デカい図体の割に、存外に意気地のない。

 そんな悟助大将の様子を見て、周りの者たちもソワソワし始める。


「繰り返すがこれは神事だ。御遊びなら兎も角、勝手に参戦など許される訳もない。乙名たちに言って裁定して貰おう」

 私は言う。

 どう考えても、彼らの主張には正当性がない。

 訴えれば勝てるだろう。


「アイツらそんなの待っちゃくれねぇぞ!乙名たちを呼びに行ったら、問答無用で襲いかかってくるに決まっている!間にあわねぇだろ!」

「掟を破って勝った結果など無効に出来る」

「それじゃ意味ねぇんだよ!どうせ与兵衛の奴、此処ここぞとばかりに『勝った、勝った』と言いふらすに決まってる!」

「悟助の面子メンツなど問題ではない。大事なのは『神事』としての体…………」



「勝てるぞ?」


 その時、私と悟助の言い争いを縫って、声が届いた。誰の声だ?周囲を見回す。

 相手方を見て微動だにしないのっぺら坊が、そこに居た。


「勝てるぞ?」

 自分の考えを確認するかのようにのっぺら坊が言う。



道林崖崖崖丘崖丘崖丘森林 道  河河河

道崖丘崖崖崖崖崖崖崖森森『神』河河河

 道道「小高い丘」崖森森 道 河河河

森森崖 『陵』 崖森森森 道 河河河

林森森崖崖崖崖崖森林  『御』草河河河

  林林林林林林林林   道 草河河河

             道 河河河

   この辺り草場    道河河河

             道 河河河

 『御』=御厨みくりや(主人公)の保 

 『神』=神楽かぐら(敵方)の保

 『陵』=御陵ごりょう(敵方援軍)の保



如何どうやってだよ!相手は此方こっちの倍近く居るんだぞ!」

 悟助が食ってかかる。


「あやつら、油断しておる」

 のっぺら坊の指差す先、相手方は此方こちらをニヤニヤしながらながめている。もはや勝ったと言わんばかりだ。

 

「だが、弓矢ならば兎も角、石ではあの高台から此方こちらに届かせる事は出来ない」

 ……確かに少し距離がある。全く届かない事はないかも知れないが、十投げて、一かニ届くか届かないかだろう。それくらいならば、避ける事も容易だ。


「そして、あの高台は存外に高い。急坂で此方こちら側に駆け降りるのも難しいだろう。ならば、向こう側の道から降りて回り込むしかない」

 誰も何も言わなくなった。


「つまり、ときがある」

 

彼奴あいつらの前まで、項垂うなだれて歩いて行く。如何いかにも降参です、と言った感じで。馬鹿大将はここで騒げ。わざと少し後方でゴネて他の仲間をなじっておれ。そして、相手の石が届く距離まで近づいたら……」


「一気に駆け出す。目標は敵の大将か、旗だ。他の者には目もくれるな。そうすれば後は援軍の二十人足らずだ。残った人数によって策を練る必要はあるが、正面からやっても勝てるだろう」


「でも、上手くいかなかったら如何すんだよ?!戦い始めちまったら、後で無効に出来ないだろ!」

 先程と正反対の事を悟助が言う。


「…………オレは勝てる方法があるから、勝てると言っているだけだ。好きにするがいい。…………でも良いのか?」


「っ何がッ!」


「……神事が大切なのは分かるが、それでも負けて死ぬ訳ではない。だが、此処ここで勝てば……」

 ゴクりと誰かが唾を飲み込む音がする。

「御前たちは英雄だ。二倍の敵を破った者達として、後々までの語り草になろう」


「……その好機、逃すのか?」

 七才の子供とは思えない、悪魔のような顔で笑った。



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 次回、前日譚の最終話です。


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