前日譚 小春日和前 十六、日常ⅱ/粉骨砕身ⅳ /捲土重来ⅳ
◉登場人物、時刻
⚫︎日常ⅱ
戸田高雲斎 中堅國人衆。棟梁家の血に
連なる。
保坂平左衛門 大久保六郎兵衛尉の家臣・
親族衆で今回が初陣。
⚫︎粉骨砕身ⅳ
戸田高雲斎 中堅國人衆。棟梁家の血に
連なる。
大久保六郎兵衛尉 高雲斎家臣。
保坂平左衛門 大久保六郎兵衛尉の家臣・
親族衆で今回が初陣。
⚫︎捲土重来ⅳ
〈南武方〉
南武刑部大輔 棟梁家の宿老。大身の國人
衆。
前棟梁に妻を娶らせた
『当國棟梁之伯父』。
櫻井余呉右衛門 南武家の重臣。
先陣を務める。
田中次郎兵衛 南武家の先陣馬廻に参加す
る軍役衆(雑兵)。
南武甲斐 南武刑部大輔の子。南武家は
守護家の支族で「峡の国」南
部に一大勢力を持つ有力
國衆。
直情径行のきらいがある。
〈戸田方〉
戸田高雲斎 中堅國人衆。棟梁家の血に
連なる。
大久保六郎兵衛尉 高雲斎家臣。
保坂平左衛門 大久保六郎兵衛尉の家臣・
親族衆で今回が初陣。
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前日譚
叔父上たちが集落の陰に消えて、しばらく。
後方よりガヤガヤと音がする。
殿に許しを得て、物見に向かう。
山を廻り込んだ向こう側、
戦場で再編など、混乱する事が目に見えていたので、笠印、袖印*2に予め番号を振ってある。それを各所で叫んでいる。
少数だが鍛冶屋、矢師、軽食売りなど商魂たくましい商人・職人や傾城屋なども付いてきていて、少し離れた場所で臨時の市を成している。
私も
「
本隊馬廻の番号は
気難しい方、顔見知りで気さくに激励して下さる方。反応はさまざまだ。
再編が始まった頃。
これが終われば、正面から南武方とぶつかっても五分の勝負が出来る………………先陣の
おかしな一団がいる事に気がついた。
腹巻は一応しているが、所々欠けている。
槍や弓などは持たず、刀すら持っていない者もいる。
何より
不思議と周囲の空気が黒ずんで見える。
…………ボロボロの見た目と相まって、朝日の中だと言うのに
「おい!
声をかける。だが幽鬼の群れは反応しない。立ち止まるどころか、
今度はもう少し声を荒げ、声をかけようとする。
「おい!聞こ………………」
「止めておけ、無駄だ」
近くにいた歩弓侍の方が教えてくれた。
「奴らは今回の発端となった百姓衆だ。今朝方、救い
「しかし、隊より先に出しては危険では?」
「………………こっちの言う事なんか聞こえてない。無理に止めようとすれば、
精も根も尽き果てた感で言う歩弓侍。
絶句する私。
「略奪した食物を食って一息吐けば、理性のない獣から人に戻るだろう。
どうする事も出来ず、力無く雑兵どもを見送った。……その先、川向こう、大久保党の力強い姿が見える。大久保党は遠巻きに矢を射掛け、槍歩兵のみになっていた敵後備を敗走させていた。今は掃討戦に移っている。
(至 山地) (至寺倉)
道 道 川
丘丘道丘丘丘丘丘丘丘丘崖崖崖崖丘 道 川川
丘丘道道丘丘丘丘 丘道道道道道道道道 川川
丘丘丘道丘丘丘 道道崖丘丘丘崖 道 川
丘丘丘崖道丘崖 丘丘丘丘崖丘崖 道 川
崖丘丘道崖崖 崖崖崖崖丘丘崖林林 道 川
崖崖丘 (尾根筋) 丘崖崖林 道 川
丘丘丘丘丘丘崖丘丘丘丘丘丘丘丘丘林 道 川
丘丘丘丘丘丘崖丘丘崖崖崖丘丘丘林林『戸』 川
丘丘崖崖崖崖丘丘丘 丘崖丘 道 川
丘丘丘丘崖崖丘丘 丘 道 川
丘崖崖崖丘 「木花集落」道 川
(南武方)道
浅瀬小川小川小川浅瀬小川小川小川小浅瀬小川小
丘丘丘丘丘丘丘丘 「『後』落」道
丘崖丘丘崖丘丘崖丘崖「神『先』 道
丘丘丘崖丘丘丘崖崖丘丘崖 道
(尾根筋・戸田方目標)道道道道道道道道 川
崖崖崖崖崖丘丘丘崖崖崖崖林林 道 川
崖崖崖崖崖崖崖崖崖崖丘丘林 道道道道 川川
丘隘路隘路隘『南』隘路隘路隘林林川川川川川川
道川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川
(至 渡の郷)
『戸』=戸田本隊 『先』=戸田先陣
『南』=南武本隊 『後』=南武軍後備
「神」=神社
山の向こうである為、確かな事ではないが、敵本隊は動いていない様だ。微かに見える敵最後尾が同じ場所にいる。
先陣が敵後備を片づけ、敵本隊に襲いかかるのが先か、我らが再編を済ませて、敵本隊に襲いかかるのが先か。いずれにしても後は
これは戦とは言わない、一方的な虐殺だ。
そして、必要な事だ。
そうだ……必要な事だ。
「えぇい、何をやっているのだ!全く進まんではないか!」
後ろから近習の声が答える。
「先程、落石で道が通れなくなっていると報告があった通りです!今、懸命に岩を
その報告も物見が行き来する事も出来ないので、前から伝言の様に伝わってきたものだ。
「何故、もっと早く
「作業できるのが一人か、多くて二人のみですので、時間がかかっているものかと!」
「役立たずがぁっ!」
……何故こんな時に落石が?行きは通れたでは無いか?敵の仕業か?もしや裏切りが?
…………まさか、こんな所で死ぬのか?大望を成す事も出来ずに。私は選ばれた者ではないのか?
嘘だ。そんな
私はこの國に平和をもたらす者の筈だ。
こんな所で死ぬ筈はない。死ぬ筈はない!
そんな事が許されるべきでは無いのだ!
「急げ!弓を先に!次は
歩槍侍と槍雑兵は一番先手で既に位置に着いている。後は弓兵を位置に着かせるのが最優先だ。残りの本隊馬廻りの歩兵は後で良い。
合流した南武先陣の生き残り十九騎、被官衆・軍役衆は一部、脱落兵が出たが七十九人。それに殿の護衛十騎を加え、総勢百八人。その内弓兵は二十人強だが、馬に乗っていない騎馬兵も弓隊に加わっているので、五十人強の弓兵がいる。
町屋川の上流から浅間山へ上がり、山を縦走する様に、尾根をぐるっと
急げ、急げ!
しかし敵の勢いは強い。中途半端な初撃では敵の勢いに引きずられて、勝機を失う。
有利な体制から一方的に攻撃する初手が必要だ。壊滅的な初手が。
その為には弓数が必要なのだ。
「弓は三列で並べ。横に
力強い声がする。
場違いな姿。
それでも反発の声が生まれないのは、報せを受けて駆けに駆けて下さった事が分かるからだ。
更に「御主らが
この御方をこそ、我らが
南武に仕えた我が家
……眼下では決着が付いてしまった様だ。
間に合わなかった。
我が後備は敵先陣に
……すまない。
我らも
我が
今はただ、
眼下の敵先陣は敵本隊に戻り、
川向こうの集落まで進んでいた敵本隊の先手も徒士兵ばかりではあるが、
その時、我らが
「目標、敵先陣。その
私を含めた弓隊が天に腕を伸ばしつつ、弓を引き絞る。
「構え、」
腕を下げ、弓を斜め上、中空の見えない的に狙い定める。
「
五十人強の弓武者たちが一斉に矢を放った。
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◉用語解説
*1【
部隊のこと。
*2【笠印、袖印】
敵味方の識別のために紙などで作られた識別票。笠や具足の袖に付けました。
*3【
馬を取り扱う商人のこと。
*4【
馬上の主人の弓や矢を運搬する非戦闘員。
当時の軍役を記した資料(後北条氏『着到帳』)を見ると「歩弓侍」と「弓持」が別項目で立てられています。「歩弓侍」の装備規定は「
こう言った戦闘補助員は他にも見られ、甲斐武田氏の『軍役定書』には「
*5【
戦国時代の技術で作られた絹糸はまだ細く、その生地で出来た服は裏の生地の色が見える程、薄い物でした。
その事を逆手に取ってワザと裏地の色を透けさせ、その変化を楽しむ当時のファッションを『重ね色目』と言いました。
『竜胆』の重ね色目は表地が
*6【
現代戦ですが、軍事用語では部隊の三割を喪失する事を『全滅』といい、部隊の五割を喪失する事を『壊滅』と言います。そして部隊員全員が皆殺しにされて、全戦闘力を喪失する事を『殲滅』と言います。
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