前日譚 小春日和前 十五、粉骨砕身 ⅲ

◉登場人物、時刻

【戸田方】

戸田高雲斎    中堅國人衆。棟梁家の血に

         連なる。

大久保六郎兵衛尉 高雲斎家臣。

保坂平左衛門   大久保六郎兵衛尉の家臣・

         家子いえのこ

         親族衆で今回が初陣。

保坂式部     保坂平左衛門の叔父。

佐奈田十郎    戸田軍の若近習。弓の名手。

         有能だが思い込みが激しい。


巳初みしょの刻 午前九時から午前十時

巳正みせいの刻 午前十時から午前十一時


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前日譚 小春日和前こはるびよりのまえ 十五、粉骨砕身ふんこつさいしん



庚戌かのえいぬ二年長月十六日 巳初みしょの刻 大久保六郎兵衛尉(戸田方先陣)


 やれやれ、大の男が子供の様に泣きじゃくりおって、困った奴じゃ。


 ……私はいつしか、この乱世に疑問を持たなくなった。そういうものだ、と、何も感じなくなった。

 或いはそれは自らの心を守る為に大事な事だったのかも知れないが…………無くしてはいけないものだったのでは無いか、と今でも焦燥に駆られる事がある。今更、取り返しもつかない。


 それでも、自分は老いて、もうこれ以上のものにはならない、と悟っても。

 跡を託せる若い者がいる事は、案外悪い気分では無い。自分の道を誰かが後ろから付いてきて、やがて自らの道を知り、追い越して行く。

 そうやって人々が歩いて行く先が、平和な世の中に続いています様に。


 その為に、後進が自分の道を歩ける様に厳しくしつけてやらねばな。その為にも、


 我が手柄となってもらうぞ、南武甲斐。



庚戌かのえいぬ二年長月十六日 巳正みせいの刻 保坂式部(戸田方先陣)

 

 兄上が若くして戦死して、もう十八年にもなる。その時、未だ幼い子供だった平左衛門も立派に育った。後見としての私の肩の荷も下りた。

 泣きじゃくる遠い背を見て思う。


 もう良いだろう。

 あとは大久保党と保坂の家の名を天下に示し、武家として確固たる地位を築くだけだ。その為には手柄が欲しい、南武甲斐の頸手柄が。


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


 大久保党が眼前の敵を見据え、総攻めの合図を今か今かと待っている。

 道は小川に向けてなだらかに下り、また敵のいる隘路に向けて、なだらかに上がっている。


 敵最後尾は隘路に入るのは無理だと判断したらしい、隊列を組み、此方こちらに槍先を向けてきている。乗り捨ててしまった馬は何処どこかへ去り、侍も歩者も徒士軍かちいくさになっている。いささか判断を決するのが遅かった、というべきか。

 総勢は百人弱。敵は馬を乗り捨てている為、その内、何人が主人たる馬上兵か不明だ。恐らくは兜頸かぶとくびは十人前後といった所か。

 敵は此方より数こそ多いが、弓兵も少なく槍歩兵に偏っている。木花集落の家屋を障害物として活用したいと考えている事だろう。


(至 山地)         (至 寺倉) 

 道               道   川

丘丘道丘丘丘丘丘丘丘丘崖崖崖崖丘 道  川川

丘丘道道丘丘丘丘 丘道道道道道道道道  川川

丘丘丘道丘丘丘  道道崖丘丘丘崖 道   川

丘丘丘崖道丘崖 丘丘丘丘崖丘崖  道   川

 崖丘丘道崖崖 崖崖崖崖丘丘崖林林 道  川

崖崖丘   (尾根筋)  丘崖崖林 道  川

丘丘丘丘丘丘崖丘丘丘丘丘丘丘丘丘林 道  川

丘丘丘丘丘丘崖丘丘崖崖崖丘丘丘林林『戸』 川

丘丘崖崖崖崖丘丘丘 丘崖丘     道  川

丘丘丘丘崖崖丘丘   丘     『先』 川

 丘崖崖崖丘      「木花集落」道  川

             (南武方)道  

浅瀬小川小川小川浅瀬小川小川小川小浅瀬小川小

丘丘丘丘丘丘丘丘    「木花集落」道

丘崖丘丘崖丘丘崖丘崖「神」(南武方)道

丘丘丘崖丘丘丘崖崖丘丘崖     『後』

(尾根筋・戸田方目標)道道道道道道道道  川

崖崖崖崖崖丘丘丘崖崖崖崖林林    道  川

崖崖崖崖崖崖崖崖崖崖丘丘林 道道道道  川川

丘隘路隘路隘『南』隘路隘路隘林林川川川川川川

道川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川

(至 渡の郷)

『戸』=戸田本隊 『先』=戸田先陣

『南』=南武本隊 『後』=南武軍後備

「神」=神社

隘路あいろ=人一人、馬一頭通れるのがやっとの狭い崖道


 北の集落を抜けながら、小川の上流の浅瀬を目指す。何も馬鹿正直に真正面から襲う必要はない。

 …………慌てて敵は此方こちらを追ってくる。


 馬で村内を駆ける。

 右から樹の枝。顔を逸らす。

 見通しの悪い曲がり道を道なりに。

 左の物干し竿、馬の上で前傾姿勢を取り、頭を下げてやり過ごす。

 屋敷の生垣。馬と呼吸を合わせ、飛越する。


 苦労する。

 木花集落は回廊内の村としては中規模に当たる。それでも山間やまあいの村である事に変わりはなく、限られた土地を有効利用しようと道は狭く、家屋は密集していた。

 この集落を騎馬で抜けるのは、苦労する、

 ……振りをするのが大変だった。


(至 山地)         (至 寺倉)

 道               道   川

丘丘道丘丘丘丘丘丘丘丘崖崖崖崖丘 道  川川

丘丘道道丘丘丘丘 丘道道道道道道道道  川川

丘丘丘道丘丘丘  道道崖丘丘丘崖 道   川

丘丘丘崖道丘崖 丘丘丘丘崖丘崖  道   川

 崖丘丘道崖崖 崖崖崖崖丘丘崖林林 道  川

崖崖丘   (尾根筋)  丘崖崖林 道  川

丘丘丘丘丘丘崖丘丘丘丘丘丘丘丘丘林 道  川

丘丘丘丘丘丘崖丘丘崖崖崖丘丘丘林林『戸』 川

丘丘崖崖崖崖丘丘丘 丘崖丘     道  川

丘丘丘丘崖崖丘丘   丘      道  川

 丘崖崖崖丘     「集『先』落」道  川

             (南武方)道  

浅瀬小川小川小川浅瀬小川小川小川小浅瀬小川小

丘丘丘丘丘丘丘丘    「木花集落」道

丘崖丘丘崖丘丘崖丘崖「神」『後』  道

丘丘丘崖丘丘丘崖崖丘丘崖      道

(尾根筋・戸田方目標)道道道道道道道道  川

崖崖崖崖崖丘丘丘崖崖崖崖林林    道  川

崖崖崖崖崖崖崖崖崖崖丘丘林 道道道道  川川

丘隘路隘路隘『南』隘路隘路隘林林川川川川川川

道川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川

(至 渡の郷)

『戸』=戸田本隊 『先』=戸田先陣

『南』=南武本隊 『後』=南武軍後備

「神」=神社

隘路あいろ=人一人、馬一頭通れるのがやっとの狭い崖道


 集落を抜ける寸前、馬首ばしゅを返す。

 集落の北外れの道を今度は全速力で抜ける。

 敵には此方こちらが見えていない筈だ。

 行きに掛けた半分ほどの時間で集落を抜け、一気に浅瀬を渡り、敵の背後を突く。


 驚いた様ではあるが、敵は直ぐに体勢を立て直すと此方こちらへ槍を揃えて向かってくる。


(至 山地)         (至 寺倉)  

 道               道   川

丘丘道丘丘丘丘丘丘丘丘崖崖崖崖丘 道  川川

丘丘道道丘丘丘丘 丘道道道道道道道道  川川

丘丘丘道丘丘丘  道道崖丘丘丘崖 道   川

丘丘丘崖道丘崖 丘丘丘丘崖丘崖  道   川

 崖丘丘道崖崖 崖崖崖崖丘丘崖林林 道  川

崖崖丘   (尾根筋)  丘崖崖林 道  川

丘丘丘丘丘丘崖丘丘丘丘丘丘丘丘丘林 道  川

丘丘丘丘丘丘崖丘丘崖崖崖丘丘丘林林『戸』 川

丘丘崖崖崖崖丘丘丘 丘崖丘     道  川

丘丘丘丘崖崖丘丘   丘   『先』道  川

 丘崖崖崖丘      「木花集落」道  川

             (南武方)道  

浅瀬小川小川小川浅瀬小川小川小川小浅瀬小川小

丘丘丘丘丘丘丘丘 『後』「木花集落」道

丘崖丘丘崖丘丘崖丘崖「神」(南武方)道

丘丘丘崖丘丘丘崖崖丘丘崖      道

(尾根筋・戸田方目標)道道道道道道道道  川

崖崖崖崖崖丘丘丘崖崖崖崖林林    道  川

崖崖崖崖崖崖崖崖崖崖丘丘林 道道道道  川川

丘隘路隘路隘『南』隘路隘路隘林林川川川川川川

道川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川川

(至 渡の郷)

『戸』=戸田本隊 『先』=戸田先陣

『南』=南武本隊 『後』=南武軍後備

「神」=神社

隘路あいろ=人一人、馬一頭通れるのがやっとの狭い崖道


(至 山地)         (至 寺倉) 

 道               道   川

丘丘道丘丘丘丘丘丘丘丘崖崖崖崖丘 道  川川

丘丘道道丘丘丘丘 丘道道道道道道道道  川川

丘丘丘道丘丘丘  道道崖丘丘丘崖 道   川

丘丘丘崖道丘崖 丘丘丘丘崖丘崖  道   川

 崖丘丘道崖崖 崖崖崖崖丘丘崖林林 道  川

崖崖丘   (尾根筋)  丘崖崖林 道  川

丘丘丘丘丘丘崖丘丘丘丘丘丘丘丘丘林 道  川

丘丘丘丘丘丘崖丘丘崖崖崖丘丘丘林林『戸』 川

丘丘崖崖崖崖丘丘丘 丘崖丘     道  川

丘丘丘丘崖崖丘丘   丘      道  川

 丘崖崖崖丘      「木花集落」道  川

             (南武方)道  

浅瀬小川小川小川浅瀬小川小川小川小浅瀬小川小

丘丘丘丘丘丘丘丘  『後』木花集落」道

丘崖丘丘崖丘丘崖丘崖「神『先』   道

丘丘丘崖丘丘丘崖崖丘丘崖      道

(尾根筋・戸田方目標)道道道道道道道道  川

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丘隘路隘路隘『南』隘路隘路隘林林川川川川川川

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(至 渡の郷)

『戸』=戸田本隊 『先』=戸田先陣

『南』=南武本隊 『後』=南武軍後備

「神」=神社

隘路あいろ=人一人、馬一頭通れるのがやっとの狭い崖道


 ……我らは其れを正面から受けない。散開して距離を取り、犬追物いぬおうものの要領で敵の周りを回りながら、矢を射込み続ける。たまに矢が飛んでくるが、矢を射込み続けられている中で、弓を揃えて射るのは難しいのであろう。単発で避けるのは難しくなかった。


 見る見るうちに敵は崩れていく。

 半分ほど敵が倒れた時点で、敵は木花集落に紛れる為に逃げるが、追撃で更に数を減らし、組織的な抵抗が出来ない状態にまで討ち減らされていた。実質的に敵の後備は崩壊したと言って良いだろう。しかし、この後、百姓衆が濫妨取りする事を考えれば、念には念を入れて殲滅せんめつしておかなければな。


 それが終われば、後は隘路あいろで立ち往生している敵を遠矢で討ち崩すだけだ。鴨射かもうちよりも簡単だ。


 この戦は勝てる。いや、勝った。

 


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