前日譚 小春日和前 十三、粉骨砕身 ⅰ
◉登場人物、時刻
【戸田方】
戸田高雲斎 中堅國人衆。棟梁家の血に
連なる。
佐奈田十郎 戸田軍の若近習。弓の名手。
有能だが思い込みが激しい。
-----------------------
前日譚
逆光のなか。
槍に突き落とされる様に、馬から堕ちていった
山の
あの日、
その誓いを愚かな私は、守れなかった。
君がため 惜しからざりし 命さへ……
「……っぁぁぁああああっ!」
死のう。
落馬した体の痛みも消えた。元よりこれから死ぬる身であれば、意味などないが。
賊の一人が斬り掛かってくる。
大上段から振り落とされたそれを、
脇差を素早く抜き、賊の胴丸と帯の緩んだ
周りを見渡すと、最後の賊は一目散に逃げるところだった。
逃がさない、逃がしてなるものか!
…………弓がない。
周りの近習から
距離はわずかに二間*3。
最後の賊は胴丸の上、
殿、仇は取りました。この愚か者を御許し下さりますか?……今、
両膝を突き、脇差を抜こうとする。
しかし、脇差がない。……そう言えば、二人目の賊を刺して、余程深く食い込んだのか、抜けなくなって、そのままにしたのを思い出した。
不覚。
こうも未熟であるから、やってはならぬ
見回す。
この際、賊のでも良い。脇差は無いか?
その時、倒れている人が肩を痛そうに
…………バツの悪そうな顔をした、肩を
話しかけてくる。
「…………やぁ、」
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………えっ?
「殿っ!」
近習の誰か、鋭い声が響く。
この先の策を練っていたオレが物思いから覚めると、至近から三本の槍が伸びてきた。
これは避けられぬ……?!
人生は
周辺が落ち着く。…………
それでも生きている。
敵は近習の奮闘により、退けられたようだ。
全身に渡る身体の痛みも、絶体絶命の危機を脱した代償と考えれば、安いものだ。
…………あの近習、真っ白に燃え尽きてるけど、何だろう?
-----------------------
◉用語解説
*1【
馬上の主人の弓や矢を運搬する非戦闘員。
当時の軍役を記した資料(後北条氏『着到帳』)を見ると「歩弓侍」と「弓持」が別項目で立てられています。「歩弓侍」の装備規定は「
こう言った戦闘補助員は他にも見られ、甲斐武田氏の『軍役定書』には「
この時の戸田軍には護衛につく歩兵(作中名称の被官衆・軍役衆)が居ないので、当然これらの人々もいません。
*2【
「
*3【二間】
約3.6メートル。
中世の和弓は最大で400メートルほど飛んだそうです。ただし、最大射程の辺りではほとんど殺傷力は無かったと考えられます。
有効最大射程がどれくらいかは分かりませんが、仮に半分としても200メートル。
現代でも弓道競技の「遠的」は60メートル先の的を射るそうなので、いずれにしても二間の距離は「至近距離」と言って良い近さだと思います。
君がため 惜しからざりし 命さへ
長くもがなと 思ひけるかな
(後拾遺和歌集 百人一首歌 藤原義孝)
『貴方のためならば捨てても惜しくはないと思っていた命さえ、貴方と会う為ならば、出来るだけ長くありたいと思うようになりましたよ』
お読みいただきありがとうございます。もしよろしければ、感想、フォロー、評価お願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます