前日譚 小春日和前 十二、無慙無愧ⅳ /萌え出づるⅲ

◉登場人物、時刻

⚫︎ 無慙無愧むざんむき

【南武方】

井手山主税助   南武家の重臣。本隊に参加。

井手山主水    主税助の弟。伏兵を率いる。

【戸田方】

戸田高雲斎    中堅國人衆。棟梁家の血に

         連なる。

佐奈田十郎    戸田軍の若近習。弓の名手。

         有能だが思い込みが激しい。


巳初みしょの刻 午前九時から午前十時



⚫︎ づるⅲ

????    主人公。今回は出番あります。

        数え年で八歳。棟梁家の庶長

        子(側室から生まれた長男)。

伊兵衛     村の中で主人公が侍身分である

        事を唯一知っている子供。

        数え十五歳。

        今回の石合戦で副将を務める。

悟助      主人公が参加する村の大将格。

        大柄で乱暴な典型的なガキ大

        将。総身に回りかねる知性。

        対戦相手の与兵衛とは仲が

        悪い。自分より大柄な主人公が

        気に入らない。


与兵衛     相手方の大将。腕力も知恵も悟

        助と良い勝負。


午正うませいの刻 正午から午後一時


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前日譚 小春日和前こはるびよりのまえ 十二、無慙無愧むざんむきⅳ /づるⅲ


庚戌かのえいぬ二年長月十六日 巳初みしょの刻 戸田高雲斎(戸田方本隊)


「殿っ!」

 近習の誰か、鋭い声が響く。

 随身の者ども*1がいつの間にか増えている。


 ………………ん?

 自分の思考に違和感を感じた瞬間、直ぐ近くから、何本もの槍が伸びてきた…………!


庚戌かのえいぬ二年長月十六日 巳初みしょの刻 佐奈田十郎(戸田方本隊近習)


「殿っ!」

 居るはずもない被官衆・軍役衆が、何処どこからともなく現れ、殿の廻りを囲んでいた。

 不覚にも、余りに自然に現れた為、気付くのが遅れてしまった!慌てて馬ごと敵との間に割って入る。


「何奴っ!」

 声と同時に下郎に斬り掛かる。

 賊は受け太刀するが、馬上から力任せにし斬る。体重をかけ過ぎて、馬上から落馬する。


 他の近習たちも異変に気付き、続々と殿の廻りに集結する。しかし、その合間を縫って正面から現れた三人の賊が、殿に槍を突き出す。


「殿っ!!」

 地面に片膝をついて見上げる、理由の分からない後悔と共に。

 自分が何か、してはいけない仕損しくじりをしでかしたという焦燥しょうそう


 馬の上、逆光のなか。

 黒い陰の殿は槍に突き落とされる様に、馬から堕ちていった。


 

丙寅ひのえとら三年神無月かんなづき十日午正うませいの刻 伊兵衛


 神事開始のかねの音がなり、進軍を始めて小半刻こはんとき*2。

 昼を過ぎ、河がそよそよと流れ、空には鳥が群れをなし、冷たかった風は多少なりともぬくまってきた。

 この河原で弁当を広げれば、どんなに気持ちが良いだろう。多少、草木がしげろうとも、気にならないだろう。もっとも中食ちゅうじき*3にはまだ一刻ほどもある。


 村の連中も野掛け*4気分だ。悟助も上手くもない唄をうたいながら菖蒲を振り回し、先頭を歩いている。


道 丘崖崖崖崖崖崖崖森森『神』河河河

 道道『小高い丘』崖森森 道 河河河

森森崖     崖森森森 道 河河河

林森森崖崖崖崖崖森林   道草草河河河

  林林林林林林林林   道 草河河河

            『御』河河河

   この辺り草場    道河河河

             道 河河河

 『御』=御厨みくりや(主人公)の保 

 『神』=神楽かぐら(敵方)の保


「おい、」

 …………隣の“のっぺら坊”が余計な事を言い出さなければ。

 束の間の平和を破ったやからは小走りで先頭まで移動すると、よりにもよって悟助に突っかかった。

「……何だ、ヨソ者?」

「お前は阿呆か?」

 、それはその通り。

「なにっ、何、言いやがる!」

 腕を振り上げ、叩きつけようとする悟助。

「一撃もらえば負けの大将が先頭を堂々と歩いてどうする?」簡単にけ、話を続けるのっぺら坊。

 …………どういう意味だ?

「何言ってやがる!どうせ敵はあの旗の下にしか居らんわ!ビクビクしやがって、くだらねぇ」

 その通りだ。ここには俺たちの他、誰もいない。

「……全員であのくさむらに石を投げ込んでみろ」

 おいおい。

「…………ヨソ者、てめぇ良い加減にしねぇと」

 そろそろ止めなければ。私が歩み寄ろうとした瞬間、

「もし、それで何も起きなければ、全裸でこの神事をこなそう。それで乙名おとなに何か言われても、恨み言は言わない」

 ……………………

「………………二言はねぇな。よし、お前ぇら。あのくさむらに石を投げ込んでみろ」

 村の衆が手頃な石を拾い、やれやれと投げ込もうとした瞬間、くさむらからガサガサと物音がして、やぁー!と何人か飛び出てきた。腕と頭に紅花染べにばなぞめの布。

 吃驚ビックリしつつも手の石を投げつける。元々、相手は少数で、何人かが一撃貰ったものの、無事討ち取った。悟助への一撃はのっぺら坊が防いだ。

「くそぉ」悔しがる相手方。

 声もない悟助。

「……何故なにゆえわかった?」

 私が代わりに問う。周囲の人間も耳を傾けていた。

「昔から雁行がんこうの乱れ*5は敵の伏勢に注意せよ、と言い伝えがあるのだ」

 双肌もろはだ脱いだのっぺら坊が答える。百姓にも中々ないであろう、鍛え抜かれた美事みごと身体からだ


 …………………………………………?

 何故なぜ、脱いだ?*6


「くそぉ、奴ら。だまし討ちとは許せねぇ!」

 気を取り直した悟助が悔しそうに気炎をあげる。村の衆も大なり小なり憤りを隠せない様だ。

 士気は逆に高まった。肝を冷やしたが、雨降って地固まると言って良いだろう。


 村の衆一丸となって進む。

 隊列真ん中に引っ込んだ悟助の代わりに先頭を進むのは、半裸ののっぺら坊だった。


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◉用語解説

*1【随身の者ども】

 護衛兵。徒士侍、被官衆・軍役衆など徒士立ちで貴人や大将の周りを守る者。


*2【小半刻こはんとき

 現在の三十分。四半刻しはんときとも言う。


*3【中食ちゅうじき

 いわゆる“おやつ”。現代語でもある「おやつ」の語源は午後二時から午後四時(不定時法により季節によって変動あり)のおやつの時間が「(昼)八つの鐘」の時間(御八つ)だったからとされています。

 中世当時は一日二食(朝・夕)だったため、“おやつ”は非常に重要でした。


*4【野掛け】

 現代でいうところのピクニック。野遊び。


*5【雁行がんこうの乱れ】

 後三年の役を題材にした「後三年合戦絵巻」での一番有名なシーン。大江匡房おおえのまさふさから兵法を習った(とされる)八幡太郎義家が「かりの群れの隊列の乱れ」から敵の伏兵を見破り、逆に殲滅せんめつする、という場面です。この場面の伝承地は現在「立馬郊」と呼ばれています(秋田県横手市)。

 ガンは現代でいうマガン、カリガネ、ヒシクイなど。晩秋から初冬にかけてロシアなど北方から日本に渡り、晩春から初夏にかけて北方へと去る渡り鳥。あの特徴的な隊列は、飛ぶ時に発生する空気の流れ(翼端渦流)を利用して、より少ない力で長い距離を飛ぶためと考えられています。


*6【何故なぜ、脱いだ?】

 リスペクト。


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