前日譚 小春日和前 十一、 無慙無愧ⅲ

◉登場人物、時刻

⚫︎ 無慙無愧むざんむき

【南武方】

井手山主税助   南武家の重臣。本隊に参加。

井手山主水    主税助の弟。伏兵を率いる。

【戸田方】

戸田高雲斎    中堅國人衆。棟梁家の血に

         連なる。

大久保六郎兵衛尉 高雲斎家臣。


巳初みしょの刻 午前九時から午前十時


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前日譚 小春日和前こはるびよりのまえ 十一、 無慙無愧むざんむき


庚戌かのえいぬ二年長月十六日 巳初みしょの刻 戸田高雲斎(戸田方本隊)


「えい・おう・えい、えい・おう・えい、」

 敵が突如とつじょとして、直推ひたおしに推してきた。槍と弓を使い、形振なりふり構わず推しに推してくる。此方こちらの兵も敵の敗勢からの突然の強気に戸惑いがちだ。

 ……どうやら如何様イカサマがバレたらしい。


「散会せよ!敵に当たる者と後方に下がる者に分かれ、交代で敵の薄い所に叩きつけよ!何としても敵の隊列を崩すのだ!」


 すすむも退くも、先ずは眼前の敵を何とかしてからだ。



庚戌かのえいぬ二年長月十六日 巳初みしょの刻 井手山主税助(南武方本隊先手)


「者どもッ、死ねやぁ!」

 徒士侍や槍軍役衆が一丸となって、敵を槍で牽制けんせいする。馬上の主人は弓兵と共に矢を放つ。

 敵は二手に分かれ、交互に押し寄せる。常に動いている為、寄せにくい。しかし、所詮は時間の問題だ。


 槍徒士の衆を先手さきてに立てて、果敢かかんに攻め立てる。少しでも列に遅れると、敵は集中的にそこを攻め、崩そうとしてくる。それを防ぐ為にも皆々、必死だ。

 敵に被官衆・軍役衆が居ないとあれば、此方こちらは二十騎弱、総勢七十人弱、敵は九十騎弱の馬上兵、敵の優勢に変わりはないが、相手に出来ない数ではない。


 それに馬上兵には棒立ちの時が最ももろいという弱点がある。前方に助走する空間のある騎馬兵ほど怖いものはないが、敵のふところまで寄せ切ってしまえば、槍でも弓でも簡単に仕留められる。ただの的だ。

 …………それを防ぐ役割の被官衆・軍役衆は敵方には今は居ない。


「推せ、推せぃ!寄せ切ればこちらの勝ちぞ!者ども、生き残る為には前に出ろ!」


 前列が更に長柄の槍で牽制しつつ、敵に寄せる。

 ……やはり敵の被官衆・軍役衆は出てこない。この後に及んで出し惜しみする理由もない、敵の徒士兵はやはり居ないのだ。

 死ぬ気で寄せよ、……この戦、寄せ切れるかどうかに掛かっている!



庚戌かのえいぬ二年長月十六日 巳初みしょの刻 大久保六郎兵衛尉(戸田方先陣)


 恐れていた事が遂に起きた。私はこれを恐れていたのだ。

 とはいえ、殿の博奕バクチは十二分にもうけが出ている。


 …………そして、ここで勝負から降りるのは余りに欲が無さすぎるというものだ。


 殿からの伝令に従い、本隊左手横より敵の本隊先手の右方に突入する。本隊に向かい槍を立てて寄せる敵。我ら戸田軍先陣の存在など、すっかり忘れておった様だ。

 …………大久保党三十二騎に横っ面をさらすとは良い度胸だ。戦場で我らほどのつわものを忘れればどうなるのか、きっちり教育してやらねば、の。


 確かに岩や石が其処彼処そこかしこに転がっておるが、それを避けて敵に突撃する事など、我ら大久保党には朝飯前だ。この程度の障害で行軍不能だと思われるとは、舐められたものだ。

 ……その代償はたっぷりと支払ってもらおう。


 敵右翼の大将と思わしき者どものくびを一撃のうちに斬り飛ばす。その後は混乱した敵の掃討に移る。


 見たか!鎧袖一触がいしゅういっしょくとはこの事だ!

 我ら大久保党、冥土の土産に見知りおけっ!!



庚戌かのえいぬ二年長月十六日 巳初みしょの刻 井手山主税助(南武方本隊先手)


 まずい、敵の先陣が左手より現れ、寸刻も保たずに右翼が崩れた。その勢いのまま、此方こちらに突っ込む様子だ。右翼が壊滅したせいで敵の本隊も勢いづいている。

 敵の先陣について、意識しなかった訳ではないが、荒地がはばむと高をくくっていた。まさかあれ程見事にあの荒地を駆け抜けるとは……

 これは私の仕損しくじりだ。右翼の者どもには申し訳がない。むくろ一人一人にこうべを垂れたい。

 ……しかし、今はこの後どうするかを考えねば。

 爪は小手の皮に包まれた手のひらに痛みを与えるほど。

 悔しさに突き破った唇は鉄の味を流している。

 全身で悔しさを感じながら。

 それでも頭は冷静に。


 一族。家。付き従う者ども。

 自分一人の問題ではないのだから。





 ……ここはこれまでか。

 これ以上戦っても、勝ち味は薄い。となれば、退ける余力のある内に退く。これは大前提だ。

 若に手柄をゆずるのは業腹だが、敵に被官衆・軍役衆のいない事をしらせれば、より勝ち易きに勝てるだろう。


「槍を殿しんがりに、繰り退きに退く。我らの意地にかけて、敵に背中は見せるなよ」


 次の機会にはそのくび挙げてくれる。それまで待ってろよ、高雲斎バクチうち



庚戌かのえいぬ二年長月十六日 巳初みしょの刻 井手山主水(南武方本隊先手伏勢)


 退かねが聞こえてくる。

 …………兄上にしては、随分と物分かりの良い。

 直ぐそこに、高雲斎のくびがあるというのに。


 伏勢は徒士侍ばかり六騎。九人の被官衆・軍役衆を付けて総勢十五人。


「えぇか?旗は挙げずとも良い。気勢も上げんな。こっちは小勢じゃ。敵に気づかれたら仕舞いや。夜這いの要領で、こそっと行ってもろうもんもろうて、こそっと帰ってこりゃええねん。高雲斎のくびや」


 いてもうたれや、高雲斎の奴を。ほんで井手山主水の名を國内中くにうちぢゅうとどろかそうやないかい。


「えぇか、一、二の三で行くからな。ほれ、一、二の三!」


 ……あぁ、武士もののふって、たのしいなぁ。


 

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【お願い】

 この作品に出てくる『夜這い』の文言は、いわゆる無理矢理の方ではなく、婚姻交渉の一形態としてのそれを表しております。あらかじめご了承下さい。


 エセ関西弁もどきで申し訳ありません。


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