前日譚 小春日和前 十、捲土重来ⅲ

◉登場人物、時刻

⚫︎ 捲土重来けんどちょうらい

【南武方】

井手山主税助  南武家の重臣。本隊に参加。

【戸田方】

戸田高雲斎   中堅國人衆。棟梁家の血に

        連なる。


辰正たつせいの刻 午前八時から午前九時

巳初みしょの刻 午前九時から午前十時


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前日譚 小春日和前こはるびよりのまえ 十、捲土重来けんどちょうらい



庚戌かのえいぬ二年長月十六日 辰正たつせいの刻 井手山主税助(南武方本隊先手)


 おかしい。敵が踏み込んでこない。二方向に敵を抱える事になるとは言え、ここまで優勢であるのに、少し慎重に過ぎるというものではないか?

 戸田高雲斎の性向からして、この期に及んで消極策を取るとは考えづらいが…………


(至 山地)         (至 寺倉)

 道               道   川

丘丘道丘丘丘丘丘丘丘丘崖崖崖崖丘 道  川川

丘丘道道丘丘丘丘 丘道道道道道道道道  川川

丘丘丘道丘丘丘  道道崖丘丘丘崖『先』  川

丘丘丘崖道丘崖 丘丘丘丘崖丘崖  道   川

 崖丘丘道崖崖 崖崖崖崖丘丘崖林林『戸』 川

崖崖丘   (尾根筋)  丘崖崖伏 『右』川

丘丘丘丘丘丘崖丘丘丘丘丘丘丘丘丘林『手』 川

丘丘丘丘丘丘崖丘丘崖崖崖丘丘丘林林 道  川

丘丘崖崖崖崖丘丘丘 丘崖丘     道  川

丘丘丘丘崖崖丘丘   丘     『南』 川

 丘崖崖崖丘      「木花集落」道  川

             (南武方)道  

浅瀬小川小川小川浅瀬小川小川小川小浅瀬小川小

               (至 渡の郷)

『戸』=戸田本隊 『先』=戸田先陣

『南』=南武本隊 『手』=南武本隊先手 

『右』=南武本隊先手右翼

 伏 =南武本隊先手左翼(伏兵)



 それにもう一つおかしな点がある。


 ……戦えてしまっている。

 我々は二十騎弱、総勢七十人にも満たない小勢。我が策成らずば、九十騎近くの騎馬兵、総勢五百名は下らないであろう敵相手では、鎧袖一触がいしゅういっしょく蹴散けちらされる事を覚悟していたのだが…………


 どういう事だ??一体、何が起こっている?

 


庚戌かのえいぬ二年長月十六日 巳初みしょの刻 井手山主税助(南武方本隊先手)

 

 相変わらず戦えている。

 おかしい。どう考えても道理に合わない。敵は、一刻も早く若の本隊に追撃をかけたいはずだ。ここで積極策に出ないのは、明らかに不自然だ。



 ? ??  ?!

 ……そういえば、先ほどから小半刻こはんとき*1に満たない時間だが戦っている。

 だが、敵の被官衆・軍役衆が追いついていない。進撃速度が早すぎて追いつかなかったにしろ、まだ現れないのは流石に遅すぎる。


 ……………………………………………………!


「異常な進撃速度」「出陣の用意が整っているようには見えなかったのに、いきなり戦場に現れた戸田軍」「踏み込まない高雲斎」「現れない敵の被官衆・軍役衆」「小勢で戦える程度の敵の軍力」



 ……もし、敵が被官衆・軍役衆を連れてきていなかったら。



 兵法上、そんなはずある訳ないのに、点と線とが一本の道理に繋がっていく。今、目の前の光景全てに説明が付いてしまう!


 そうか、そういう事か、戸田高雲斎。


 恐ろしい漢だ、博打打バクチうち

 そんな子供だましの策に自分の命と家の命運を全賭ぜんがけ出来るとは。

 俺には到底、真似ができぬ。


 ……この様な事が出来る御前おまえを、何が何でもここで斬らねば。


「分隊(右翼)、本隊、せぃ!敵には雑兵が居らぬ。槍と弓とで仕留めるのだ!」


 必ずここで仕留めねば。


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◉用語解説

*1【小半刻こはんとき

現在でいう三十分。四半刻しはんときとも言う。今回の「小半刻にも満たない時間」は十分弱を想定しています。



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