前日譚 小春日和前 九、無慙無愧ⅱ / 捲土重来ⅱ

◉登場人物、時刻

⚫︎ 無慙無愧むざんむき

〈戸田方〉

戸田高雲斎   中堅國人衆。棟梁家の血に連な

        る。

佐奈田十郎   戸田軍の若近習。弓の名手。

        有能だが、思い込みが激しい。


辰正たつせいの刻 午前八時から午前九時


⚫︎捲土重来けんどちょうらい

【南武方】

井手山主税助  南武家の重臣。本隊に参加。

【戸田方】

戸田高雲斎   中堅國人衆。棟梁家の血に

        連なる。


辰正たつせいの刻 午前八時から午前九時

 


◉戸田・南武合戦、現在の戦況

【戸田方】

⚫︎戸田本陣(戸田高雲斎が直率)

 七十八騎現存。八十一騎→七十八騎。

 現在まで殆ど反撃らしい反撃を受けていない。

 士気も高い。

⚫︎戸田先陣(大久保六郎兵衛尉の預かり)

 三十二騎現存。四十騎→三十二騎。

 南武先陣との戦いで傷ついている。士気は高いが、人も馬も潜在的な疲れが蓄積されている。それは戦闘時の興奮で覆い隠されているが、いつ噴き出すか分からない状態。

 古兵たちはそれに気づき、適度に力を抜いている。六郎兵衛尉は殿を矢面に立たせるのは良くない、本隊の前に出るべき、と考えているが、この状態でそれを行なって良いのかを迷っていた。

 保坂平左衛門は馬の怪我のため、遅れつつある。


【南武方】

⚫︎南武本隊(南武甲斐が直率)

 四十八騎現存。百四騎→四十八騎。

それぞれほぼ四人の被官衆・軍役衆がついて総勢二百四十人弱。六百二十人強→ 二百四十人弱。

 兵数減少の内、五十騎、三百人は「南武本隊先手」への分隊。

 南部甲斐のご乱行、負け続けている事もあり、士気は最悪。

 殆ど戦ってもいないのに被官衆・軍役衆が減っているのは、南武家に依存度が低い盗賊らが逃げたから。現在進行形で減少し続けている。

 南部甲斐だけではないが、いまだに全力で攻撃すれば、南武方の方が兵が多いことには気付いていない。

⚫︎南武本隊先手(井手山主税助の預かり)

 本隊から五十騎、総勢三百人を預かり、分隊。

 二十二騎現存。五十騎→二十二騎。

 それぞれほぼ二人強の被官衆・軍役衆が付いて総勢七十二人。三百人→七十二人。

 士気的には壊滅状態だが、戸田方にトドメを刺す役割が多い被官衆・軍役衆が居ないので、圧倒的に負けている割に実は討ち死にが少ない。

 被官衆・軍役衆も戦死者は少なく、追撃で追い散らされ、隊から離脱せざるを得なかった兵が多い。残った兵で反撃に移ろうとしている。

⚫︎南武先陣

(櫻井余呉右衛門の預かりだが、兵を掌握しきれていない)

 十九騎現存。三十二騎→十九騎。

 被官衆・軍役衆は合わせて八十七人。

 総勢、百六人。百九十三→百六人。

 しかし二手ふたてに分かれていて、櫻井余呉右衛門と左岸で戦った馬廻+後備の残存は本人と馬廻一騎、被官衆・軍役衆二人の総勢四人。

 先に右岸に渡り、寺倉で濫妨狼藉をしていた先陣先手は十七騎、ほぼ四人の被官衆・軍役衆がついて総勢八十三人。盗賊たちが全て離脱した。

 本隊残余、先陣先手ともに右岸に渡っており、一度後方に下がり左岸に渡る事で本隊との合流を目指している。

 なお、離脱した盗賊たちは寺倉の百姓衆に捕捉され、殲滅された。また、軍役衆の田中次郎兵衛はしぶとく生き残っている。

 現時点で戸田方に被官衆・軍役衆(歩兵)がいない事に気付いている唯一の南武軍。


 

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前日譚 小春日和前こはるびよりのまえ 九、無慙無愧むざんむきⅱ / 捲土重来けんどちょうらい


庚戌かのえいぬ二年長月十六日 辰正たつせいの刻 戸田高雲斎(戸田方本隊)


 敵を蹴散らす騎馬武者の群れ。

 こんな光景は治承寿永じしょうじゅえい往古おうこ*1にも無かったろう。


 逃げる敵の背に向けて、躍動する馬より矢を放つ近習。重藤弓しげどうのゆみから放たれた矢は見事、敵の小札こざね笠錣かさしころを貫き、喉輪のどわを弾き飛ばし、くびの後ろから前へと貫通する。

 敵は己の喉から突き出た柳葉やないばやじりを見ようとして、頸を下に向けられず、その事が不思議でたまらない様な表情で、ドウとばかりに馬から転げ落ちる。

 遅れた徒士侍を馬上から太刀で斬り下げる。敵の被官衆・軍役衆は次第に散り散りになって逃げ落ちる。

 普段は被官衆・軍役衆任せで相手にしない敵の雑兵も、こちらの馬廻がいないので相手にしなければならなかった。

 だが、全体として想定以上に優勢だった。


 逃げる敵の向こうに横陣を敷いた敵の姿。

 逃げる敵はその脇を抜けていく。

 少し馬の足を抑えて速度を落とし、それでも勢いはそのままに、敵に討ちかかる。

 矢を放ち、敵を射落とす。

 やりで突く。太刀で斬り下げる。

 元々、敵の数が少なく簡単に討ち破ると、また追撃を始める。


 ……決して南武の兵が弱いわけでない。

「あんな大将の指揮で討たれる兵が哀れだねぇ」

 一度、相手に流れた勢いは、全軍の全力で持って反攻しないと変えられない。もしくは予想外の伏撃を加えるか。

 しかし、何を考えての事か、そのどちらも取らず、南部甲斐は逃げ続けている。戦う気がないのであれば、最初から兵を出すべきではない。戦場いくさばは死生の地、存亡の道なのだから。

「強将の元に弱兵なし」「一頭の獅子に率いられた羊の群は、一匹の羊に率いられた獅子の群に勝る」古来、指揮官の重要性を説いた教えは多い。

 我らとて同じこと、という事だ。オレも他山の石としなければな。


 ……しかし、刑部大輔ぎょうぶたいふと比べれば組み易し、とは見たが、こうまで容易たやすいとは。

 ベロリと舌舐めずりをする。

 これは回廊に橋頭堡きょうとうほを確保する、なんてケチ臭い事言ってないで、南武の本拠ごと、丸ごと頂いちゃおうかねぇ。

 敵が弱過ぎて、進撃に進撃を重ねている所為せいで後続の被官衆・軍役衆が追いついて居らぬのが、ちと気掛かりではあるが。

 そういう意味では、敵が弱過ぎるってのも痛しかゆしよ、の。


 ともあれ…………使番を呼ぶ。

「先陣に伝令せよ。此処ここときは掛けたくない。何としても刑部大輔が合流する前に、敵本隊を捕捉したい。本隊左方から敵先手に突っ込め。刻をかけずに敵先手を殲滅せんめつせよ!」

 復唱し、二騎で立ち去る使番。


 さて、敵の本隊が逃げ切る前に敵の先手を殲滅せんめつできるか…………



 ……しかし、戸田高雲斎の心に新たなバクチ心が頭をもたげた頃、この戦は新たな“転換点”を迎える。



庚戌かのえいぬ二年長月十六日 辰正たつせいの刻 井手山主税助(南武方本隊先手)


 一隊の抵抗によって時間を稼ぎ、その間に左右の展開を終えた。難事ではあったが、皆ようやってくれた。


(至 山地)         (至 寺倉) 

 道               道   川

丘丘道丘丘丘丘丘丘丘丘崖崖崖崖丘『先』 川川

丘丘道道丘丘丘丘 丘道道道道道道道道  川川

丘丘丘道丘丘丘  道道崖丘丘丘崖 道   川

丘丘丘崖道丘崖 丘丘丘丘崖丘崖 『戸』  川

 崖丘丘道崖崖 崖崖崖崖丘丘崖林林 道  川

崖崖丘   (尾根筋)  丘崖崖伏『手右』川

丘丘丘丘丘丘崖丘丘丘丘丘丘丘丘丘林 道  川

丘丘丘丘丘丘崖丘丘崖崖崖丘丘丘林林 道  川

丘丘崖崖崖崖丘丘丘 丘崖丘     道  川

丘丘丘丘崖崖丘丘   丘     『南』 川

 丘崖崖崖丘      「木花集落」道  川

             (南武方)道  

浅瀬小川小川小川浅瀬小川小川小川小浅瀬小川小

               (至 渡の郷)

『戸』=戸田本隊 『先』=戸田先陣

『南』=南武本隊 『手』=南武本隊先手 

『右』=南武本隊先手右翼

 伏 =南武本隊先手左翼(伏兵)



 だが問題はここからだ。

 敵は勝勢の勢いに乗って、我らに襲いかかる。

 我々は勢いに押されたかのように下がる。

 …………演技のつもりではあったが、兵たちのそれが本当に演技だったのか、正直に言えば自信はない。


(至 山地)         (至 寺倉) 

 道               道   川

丘丘道丘丘丘丘丘丘丘丘崖崖崖崖丘 道  川川

丘丘道道丘丘丘丘 丘道道道道道道『先』 川川

丘丘丘道丘丘丘  道道崖丘丘丘崖 道   川

丘丘丘崖道丘崖 丘丘丘丘崖丘崖  道   川

 崖丘丘道崖崖 崖崖崖崖丘丘崖林林『戸』 川

崖崖丘   (尾根筋)  丘崖崖伏 『右』川

丘丘丘丘丘丘崖丘丘丘丘丘丘丘丘丘林『手』 川

丘丘丘丘丘丘崖丘丘崖崖崖丘丘丘林林 道  川

丘丘崖崖崖崖丘丘丘 丘崖丘     道  川

丘丘丘丘崖崖丘丘   丘     『南』 川

 丘崖崖崖丘      「木花集落」道  川

             (南武方)道  

浅瀬小川小川小川浅瀬小川小川小川小浅瀬小川小

               (至 渡の郷)

『戸』=戸田本隊 『先』=戸田先陣

『南』=南武本隊 『手』=南武本隊先手 

『右』=南武本隊先手右翼

 伏 =南武本隊先手左翼(伏兵)

 

 騎馬兵が主体の戸田軍は我らの右翼の前の荒れた未整地には入りたくはないだろう。だから、この場合、戸田軍の行動は道から二方向に攻撃するものであるはずだ。


 ⚫︎これ以後、想定される戸田軍の行動   

 林林   道 この辺り荒地 川川川

 崖伏  『戸』→『右』   川川川

 丘林   ↓        川川川

     『手』この辺り荒地  川川川

      道         川川川

『戸』=戸田本隊  

『手』=南武本隊先手 『右』南武本隊先手右翼

 伏 =南武本隊先手左翼(伏兵)


 戸田方は二方向に敵を抱える事になるが、そもそも敵の方が数が多い。戸田方にとっては想定内であり、奇襲効果はないだろう…………………………

……直ぐ後ろに抱える事にになる伏勢は別として。



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from銀〇伝。


◉用語解説

*1【治承寿永じしょうじゅえい往古おうこ

「治承寿永の大昔の頃」の意。治承寿永はいわゆる「源平合戦」の時代。


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